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これが出会いのチャンスですか?(現代ファンタジー 微エロ 微ホラー)

微エロ、微ホラー注意

これが出会いのチャンスですか?





 これが出会いのチャンスですか?


 真っ暗な穴を落ちていきながら、私はインチキ占い師の言葉を思い出していた。

 ――東の方角にある高い場所に、出会いのチャンスがある。それを逃せばあと十年チャンスはありません。

 そう言ったよね、おばちゃん。

 見料返せ。


◆ ◆ ◆


 完全な闇の中では目を閉じても開けても景色は変わらない。ここは暑くもなく寒くもなく、じめついてもいなければ乾燥もしていない。風は吹かないけど淀んだ感じはしない。体の下にあるはずの床、というか地面はつるつるして、革のソファのような手触りだった。

 ここってどこなの? 崖下の穴がこんなところに通じてるわけない。


 感覚が麻痺しているのかと不安になって、自分の腕をつねった。

 大丈夫、感覚はある。多分。

 私は自分の腕をつねったと『思う』、自分の腕が痛いと『思う』。どちらも、脳内で完結できることだけど。


 いつか、自動車事故で動けなくなった人の本を読んだ。声も出なければ手も動かせないその人は、読み上げられるアルファベットに瞬きで反応して明晰な思考を語った。

 そんな風に、本当は私は落ちる途中で大怪我をして、体と心が切り離されちゃっているのかもとも思う。

 また『思う』だ。

 われ思う、ゆえにわれあり、って真実よね。


「誰かいる?」

 知らない声が聞こえて、どきんとした。男の声。

「だっ、誰?」

 思わず叫んでいた。

「ここにいますっ! 助けてっ!」

 声がうわずった。

 知らない人の声がするってことは、ここは私の脳内じゃない。

「こっちは足をひねってて動けない」

 この人も穴に落ちたのか。

 救出の可能性にふくらんだ期待は、一気にしぼんだ。

 でも、一人よりはずっといい。


 平衡感覚に自信がもてないので、赤ちゃんのように膝と手をついて這いながら、声が聞こえた方へ向かった。下が滑らかでよかった。これが尖った岩だったりしたら傷だらけになっていた。

 私は進みながら、さっきの声に呼びかけた。

「どこですか?」

「こっち」

 私が目指していたよりも左の方から声がした。少し進路を修正して進むと、やがて何か柔らかいものが手に触れた。一瞬驚いて手を引くと、私の腕に別の誰かの腕が当たった。

「よかった……よかったっ」

 私はべそをかきながら誰かの腕にしがみついていた。


「ここに来るって、誰かに言ってきた?」

 私は黙って首を振り、相手に見えないことを思い出して口にだして言い直した。

「いいえ。一人暮らしだから。醍醐だいごさんは?」

「フィールドワークの計画書は置いてきたけど、ここに来る予定じゃなかったから、探されるとしても別の場所だろうなあ」


 醍醐さんは、民俗学の研究をする学者さんなのだそうだ。古い祭祀場の跡を調べていたら、うっかり積まれた岩を崩して中に落ちてしまったそうだ。真面目な研究に来た人に占いを信じて来たというのが恥ずかしくて、私はここに来た理由を適当にごまかしていた。


「ここってどこなんですか?」


「うーん……狐狸の類に化かされてるんじゃなければ、結界の中かな?」


「けっかいっ!?」


「昔この辺りで何度も神隠しがあって、戻ってきた人の話では結界の中にいたんだと。もともと俺が調べてた祭祀場は、その神を鎮めるために作られたものでね。まさか本当にあるとは」


「戻ってきた人がいるってことは、戻り方も分かってるんですか?」


「分かってるような分かってないような」


「どっちなんですかっ!」


 私は醍醐さんににじりよって、そう叫んでいた。


「……非常に」


 醍醐さんはそこで間をとって咳をして、再び続けた。


「訊きづらい質問をするけど」


「はい」


「村田さん処女?」


「はいいっ?」


 とっさに醍醐さんから大きく身を引いたら、勢い余って転びそうになった。手をついたところに醍醐さんの足があった。


「いっ! てててて……」


「あっ、ごめんなさいっ」


 足を押さえてうめく醍醐さんに、一応謝ったけど、超きまずい空気。




 仕方なく、自分から訊き直した。


「さっ、さっ、さっきの質問には何か意味があるんですかっ!?」


 真っ暗でよかった。私はきっと真っ赤になってるはずだ。


 彼氏いない歴=年齢かつ日々更新中の私に向かって、あのようなデリケートな質問をするとはなんという無粋な男だ、醍醐(何故か呼び捨て)。意味がないなんて言ったらもう一回ひねったトコ押すよ。




「あくまで伝承だからね。伝承が真実とは限らないよ」


 そう前置きをして醍醐さんは言いにくそうに続けた。


「ここで神隠しに遭うのは未婚の若い娘、つまり処女で、神の花嫁として異界に引かれたと言われている。ある時、戻ってきた娘がいたんだけど実はその娘は処女じゃなかったって話があって」


 醍醐さんはそこで話を止めた。




 しばらく沈黙が続く。


 闇の中で、聞こえるのは自分の呼吸の音だけ。あまり息が荒いと醍醐さんに聞こえてしまいそうだから、わざと口をあけてゆっくり呼吸した。


 やがて私は大きく深呼吸をしてから、気まずい沈黙を破った。


「醍醐さん、彼女います?」


「いない」


「結婚もしてないですよね?」


「独身です」




 インチキ占い師のおばちゃん、出会いのチャンスってこういうことですか?


 私が求めていたのはこういうチャンスじゃなくて、もっと永続的かつ常識的なお付き合いのチャンスだったんだけど。


 話している限りは感じの良い方ですが、顔も知らない男の人との初体験が本当にチャンスですか? むしろピンチじゃないですか?


 私、美人じゃないけど、明るいところで顔を見た男の人が逃げ出すほどのブスでもないと思うんだ。




「ちょっと、考えさせて下さい」


「伝承が真実とは限らないからね」


 醍醐さんがさっきと同じことを言った。




 ずいぶん考えた。


 ここが本当に結界の中だとしたら。このまま一生出られないとしたら。


 どちらにしても醍醐さんと、その、アレするしかないわけですよ。


 ある意味アダムとイブ? イザナギとイザナミ? そりゃ違うか。




 もし醍醐さんとアレして外に出られたら、それはもちろん恥ずかしいし気まずい。


 でも知り合いでもなんでもない行きずりの相手だ。ひと夏の思い出っていうか、アバンチュールっていうか、ラブアフェアっていうか。とにかくそういう名前をつけて、過去の人にしてもいいわけよ。




 すごーく低い確率だけど、そのまま醍醐さんとうまくいっちゃったりなんかするかもしれないし。そうなったらそうなったでアレしてもいい相手になるわけじゃないですか。




「……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


 とうとう心を決めた私は、そう言って醍醐さんの前で正座して、醍醐さんには見えない頭を下げていた。


「こちらこそよろしくお願いします」


 醍醐さんが言った。声の位置が移動して、醍醐さんも頭を下げてくれたことが分かった。




「もうちょっと近くに来てくれる?」

「このあたりですか?」

 あてずっぽうで伸ばした手が布越しのぬくもりに触れた。

「おっと」

 醍醐さんが自分の手で私の手をつかみ、少し離れた場所にあてがった。

 どこに触ったとは言われなかったけど、位置的にかなりきわどいところを触ってしまったらしい。真っ暗でよかった。

 頬に、熱い息がかかった。とっさに身を引きそうになったけど、大きな手で頭の後ろを掴まれて逃げられなかった。


 気付いたら、私は醍醐さんの胸にすがりつくようにして唇を受け止めていた。ヒゲがちくちくして痛い。

 キスと一緒に、硬い胸が押し付けられる。醍醐さんの手は何かを探すように私の背中を上下する。

 醍醐さんの手が、背中から前に回ってきた。

「まっ、待ってっ」

 体を離そうと、さっきまですがりついていた胸を手で強く押す。

「途中で止めると恥ずかしくなるから」

 そんなささやきと一緒に、醍醐さんの手が服の下にもぐりこんだ。

「いやいやいやいやっ」

 私は奇声を上げながら首を激しく振り、硬いものに激突した。


 鼻の奥がつんとして、何かが流れ出す感触があって――

 フラッシュを焚いたみたいに爆発的に明るくなった。


 気付くと、私たちは崖の下に溜まったクッションのような落ち葉の上にいた。

「醍醐、さん?」

 醍醐さんの顔は、こちら側の頬を押さえた手に隠れてほとんど見えなかった。どうやら私が激突したのは醍醐さんの頬骨だったらしい。

「村田さん、大丈夫?」

 顔を押さえたまま、醍醐さんは私を気遣ってくれた。

「私は平気。私たち……出られたんだよねっ!?」

 醍醐さんが手を離してこちらに顔を向けた。


 うぉぉぉっ、やったっ!

 超 イ ケ メ ン で す っ!


 醍醐さんがくすっと笑った。笑顔も素敵。


「村田さんのこれのおかげでね」

 醍醐さんが手を伸ばし……私の鼻の下をぬぐった。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


 鼻血垂れてる顔見られたっ! 最悪っ!


◆ ◆ ◆


 鼻血を止めた後、拾った枝を杖がわりにした醍醐さんと一緒に人里をめざした。醍醐さんの頬に青アザが浮き上がり、腫れた鼻が私の視界を狭くしはじめた頃、町の明かりが見えてきた。


 それからどうなったかというと。

 私はあのすごーく低い確率をモノにして、そのまま醍醐さんとうまくいっちゃったのだ。ピース。

 十年に一度の出会いのチャンスは伊達じゃなかった。見料返せなんて思ってごめんなさいおばちゃん。


 醍醐さんは、自分の専門はあくまで民俗学で超常現象じゃないからと、引き続きフィールドワークや昔の資料を基にした研究を続けている。次の研究テーマは処女の血に関する伝承だそうだ。

 醍醐さんは、処女だった(過去形に注目)私の血に結界を破る力があったのではないかという仮説を立て(鼻血くらいで破れる結界でよかった)、各地の伝承に現れる処女の役割を整理し同様の例を捜すといっている。醍醐さんの話は難しくて私にはよく分からないけど、資料を読む彼の知的な横顔を眺めているだけでうっとりしてしまう。


 醍醐さんには内緒だけど――私は、あの結界で最後に見たものの正体をずっと考えている。

 一番最初に醍醐さんに近づいた時、手に触れた何か。爆発的な光を避けるように、醍醐さんの背中から外れてするすると闇の奥へ消えた、柔らかい紐のようなもの。


 私は、醍醐さんはもしかしたら生き餌だったんじゃないかと思ってる。

 ここにいる醍醐さんが疑似餌だったらどうしよう、と思わなくもない。

 でもまあいいか。イケメンだし。とも思ってる。


end.(2012/08/24サイト初出)

作中に登場する自動車事故で動けなくなった人の本; ジャン=ドミニック・ボービー「潜水服は蝶の夢を見る」

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