後、30日。
黒いパーカーに白に黒いレースのワンピース。白い肌色に栄える、真っ黒な髪が胸元で揺れる。
そんな少女を見て、男は叫んだ。
「死神…っ!来るなっ来ないでくれ……っ!」
「はぁ、四十代ぐらいのおっさんが、十代の少女に向かって叫ぶ図、ね。全く、情けない。」
まぁ、その少女が鎌を持ってることに気づいた人がいれば、感想は変わると思うけどな。
大抵の人には、アタシの持つ鎌が見えていないから、意味がない。
だって、鎌が見えるのは、死期が近い人だけだから。
「俺は、まだ死にたくないんだ!来ないでくれ!」
「ったく、うるさいおっさんだな。
お前は、事故でこれから一週間後に死ぬんだから、どう足掻いたって無駄なんだよっと。」
アタシは、右手に持った鎌を一振りした。
おっさんが膝から崩れ落ちる。アタシは、白目むいて気絶した。
「さーて、帰ろっと。」
おっと、その前に。記憶消しの呪文、唱えておかなきゃね。
「アナタの命、頂きました。どうぞ幸せに、最後の時をお過ごしください。」
最後におっさんを一瞥した後、右手の指を鳴らした。
……パチンと張りのいい音は鳴らず、スカッと変な音がしたが、この際気にしない。移動できればどうでもいいのだ。
「……ワープ!」
シュッと天界まで、一瞬でワープ。
人間が言う天界とやらにアタシは住んでいる。
つっても、造りは人間界でいうアパートやマンションみたいなもんだがな。
「神のじいさん!」
「おぉ、アリス。もう帰ってきたんかい?」
そこには、いつも通りの白装束で、ソファーの上に寝そべっているじいさん。絶対、仕事サボってたな。
「あぁ。手っ取り早く、おっさんの命を狩ってきたよ!」
そう、アタシは死神だ。
生死を司る神、だとか、冥府での魂の管理人だとか言われているが、実際はそんな大層なモノではない。
アタシ自身は、神の雑用係だと思っている。
「アリス!口の悪さをどうにかできんのか!まったく、お前の性別は女だぞ。」
「うっせー、じじい!次の対象者は?」
「これ、アリス!はぁ、お前は死神らしさがこれっぽっちも無いな。少しはターニャみたくできんのか!」
ターニャとは、近くに住んでる女神んとこの死神だ。可愛らしくっておしとやかで、じいさんウケもいい。
「イマドキの子は、これが普通なんだよ!二週間前に命狩ってきたガキも、こんな言葉遣いだったし。」
「二週間前の……あの子は、まだ中学生だったろう?
事故で死ぬとは……可哀想にな。」
肩を落とし、しんみりと言うじじいは、いつもより老いぼれて見えた。
「生きている限り、誰もがいつしか死ぬんだろう?別に、いつ死のうが変わんねーだろうが!」
死神が命を狩った後、後には魂とその入れ物……体が残る。
完全に死ぬと、魂だけ天界に昇ってくる。
その魂を神が浄化し、それにより、ヒトやモノは記憶を無くし、まっさらな魂へ生まれ変わる。
そして、その魂を天使が転生させる。
偶に神がうっかり浄化をし忘れて、記憶を持ったまま転生してしまう人間なんかも居るが、大抵の魂はこうして生と死を繰り返している。
対して、天界に住むモノは大抵死なない。人間がどうして死を嫌がるのかなど、アタシには分かるはずがない。
「どの位生きられるかは、個人差はあるが必ず死ぬ。そんなことは皆、分かっとるんだ。
だがな、アリス。やりたいことが、まだ残ってるのに、死にたいなんて思う奴は居ないんだよ。」
急に説教臭いことを言い出したじじいに、アタシは何故だか腹が立った。
「そんなん知らねーよ!」
「……そうさな。お前は、命の大切さを学んだ方がいいかもしれん。」
そう言ったじじいはおもむろに、紙を一枚取り出した。
「ここに、ある男の住所が書いてある。この男は、二週間前にお前が狩った子供の祖父だ。
こやつは事故で、後一ヶ月で死ぬ。こいつの元へ行ってこい。」
「はぁ?いつもなら、二週間の猶予がある奴が対象だろ?そのじいさん、極悪人なのか?」
二週間、死期の近い奴を監視して、一週間をきったら命を狩る。
もし、人の世にあまりよくない奴ならば早めに狩る。それがアタシの主な仕事だった。
「違うわ!こやつと最後の一ヶ月を過ごしてこい。そして最後、お前が命を狩るんだ。」
「一緒に過ごす!?」
「あぁ。そいつの孫のフリでも何でもいい。人間を体験しろ。ほれ、行ってこい!」
「ちょ!おい、じじい!」
アタシは文句を言う前に、無理矢理ワープをさせられてしまった。
「ったく!信じらんねー!これだから頑固老人は困るんだよ!」
アタシはブツブツと文句を言いながら、余命一ヶ月のじいさんの家へ向かっていた。
「……ここか。」
着いた家は絵本に出てくるような、赤い屋根の二階建て、庭付き一軒家だった。
早速、インターホンを鳴らそうとしてから気づいた。
「鎌持ってたら、流石にバレるかな……?」
今回の目的は、人間の気持ちを分かるようになることらしいし、死神だとバレたら、逃げられる恐れがあった。
仕方がないので、鎌を一振りして、黒いバレッタに変えた。ピン留め代わり髪に付けてみる。
多分、使い方を間違っているが、気にしない。
アタシは、窓を鏡代わりに使い、確認した。
「曲がってないよな…?よし、行くか。」
アタシは、バレッタに軽く触れてから、インターホンをならした。
「はい。どちらさまで……愛梨か?」
家から出てきた老人は、幽霊でも見たかのような顔をして言った。
愛梨……あぁ。この前、命を狩った孫の名前か。
「いや、違う。……そうか、愛梨は……死んだんだったな。」
じいさんは夢から覚めたような顔をすると、目頭を抑えた。
「おい、じいさん?大丈夫か…?」
「あぁ、大丈夫だよ。キミは…誰だい?」
「アタシはアリス。今日から一ヶ月世話になるよ!
っていうか、なりたい。……いい?」
「そうかい、そうかい。一人暮らしは暇でねぇ。ちょうどよかった。」
「アタシが誰だか聞かないの…?」
「この年になると寂しくてねぇ。小さなお友達が増えるのは、大歓迎だよ。」
「ヘンなじいさん。」
まぁ、変に聞かれても答えられないし、ありがたいかもね。
「でもアタシ、ちっちゃくないからね?」
アタシがそう言って笑うと、じいさんも笑い返してくれた。
その時、家の中から声が聞こえた。
「じいさん?…誰だったんだ?」
「あぁ、昴。何、お友達さ。」
「友達……?」
答えつつ出てきたのは、高校生ぐらいの男の子。髪は茶髪に染まってる。あれだ、ちょっと不良でチャラいけど、イケメンってやつ。
昴と呼ばれたそいつは、アタシを見ると、こう言った。
「何だ、ガキじゃん!」
「は!?あんただってガキじゃん!」
「年上に向かって失礼だろ!ちーび!」
「ちっチビじゃないし!」
「はん!その背丈で何いってるんだか!」
「150cmはあるもん!」
「十分チビじゃねーか!」
「そんなことない!」
「どうだか。あれだろ?好き嫌い多いんだろう?」
……図星だ。
「う、うるさい!何だよ、イケメンの癖に、口悪い!」
「………は?」
昴の目が点になった。
あれ?アタシ今なんて言った?
……口が滑った。
しょーがないじゃん!タイプだったんだから!
「じいさん、家入ろ!」
アタシは、赤くなった顔を隠すように家へ駆け込んだ。