だいたい全部兄のせい
「別れましょう、イアン様」
泣き出しそうになるのを必死に堪えて、私は大好きなその人に告げた。 脳裏に蘇るのは、彼と過ごした三ヶ月の発端。
私の兄はモテる。 顔立ちはそれなりに整っている程度だが、平民でありながら第六師団長にまで出世し、先の七人戦争の褒賞として爵位と領地を手に入れた。 性格は温厚篤実で女性に優しい。
そんなモテる兄が、ある日言った。
「妹に恋人ができるまで結婚しない」と。
お陰様で、私の元には毎日のように兄に恋したお嬢様方の手先がやってきて、あの手この手で私に恋人を作らせようとする。 それを見抜いて振ると、聞くに耐えない罵詈雑言を吐かしていなくなる。
そう、あれもこれも全部兄のせいだ。
「フィオナ、俺と結婚を前提に付き合って欲しい」
イアン様が私なんかに告白しなければならなくなったのも。
イアン・リッテンマーレ様は、現皇帝の従兄弟にしてリッテンマーレ公爵の長男という、本来私のような平民なぞと関わるはずもないお方だ。 そんな方が何故私に告白したのか。 我が家のバカ兄のせいである。
イアン様にはセレスティア様という、たいそう美しく優しく素晴らしい妹君がいらっしゃる。 聖女様とも呼ばれるセレスティア様は、なんと私の兄の恋人なのだ。 兄よ、なんでそんな素敵な恋人がいるのにあんなアホな発言をしたんだ。 おかげで私に恋人ができるまで結婚できなくなったセレスティア様のために、イアン様が犠牲になってしまったじゃないか。 申し訳ないことこの上ない。
イアン様は、仮初めの恋人に過ぎない私にとても優しく接した。 こまめに会いにきて、休日は必ずデートをする。 体の関係を迫ることもなく、たまに思い出したようにキスをするだけ。 恋人に見えるように振る舞うが、決定的な一線は決して超えない。
だがそれも、今日で終わる。
今日は、兄とセレスティア様の結婚式だ。 イアン様と付き合って三ヶ月。 ようやくこの優しい人を解放してあげられる。
寂しいなどと思ってはいけない。 兄妹でこの人に迷惑をかけ過ぎた。 今まで優しくしてもらったことが奇跡なのだ。 寂しいなんてそんなこと、図々しいにもほどがある。
「わかれ、る?」
「はい。 セレスティア様と兄さんは結婚しましたし、もう付き合う必要はないはずです」
好きです、大好きです、三ヶ月貴方の時間をもらえて嬉しかった。 そんなことを言えるはずがない。
「―――俺だけ、か」
「……? イアン様?」
ぼそりと呟かれた言葉を聞き取れなくて、名前を呼んだ。 応えるように顔を上げたイアン様は歪んだ表情をしていた。 どうしてそんな表情をするんです、貴方はもう自由になれるのに。 まるで、私と別れたくないかのような―――
「好きだったのは、俺だけか」
ばかな。
「い、イアン様は……私のこと、好きだったんですか……?」
「当たり前だ。 じゃなきゃ付き合わないだろ」
ばかな。
「セレスティア様のために付き合ってたんじゃ……」
「は? なんでセレスのために付き合うんだ」
そんな、ばかな。
「兄が私に恋人ができないと結婚しないって言ったから、付き合ってたんじゃないんですか……?」
「だから、なんでそうなる」
「……だって、」
だってみんなそうだった。 兄を結婚させるために私に近づいて、断ったら酷い言葉を浴びせてきた。
「他の奴と比べるな。 俺を、俺だけを見ろ、フィオナ」
見ています、ずっと前から。 断り続けていたその手の誘いを受けたのは、貴方だったからだ。 本当は、ずっと前から貴方が好きだったんですよ。
「あぁ、俺もだ。 愛してる、フィオナ」
囁かれた愛の言葉に、どんどんと現実味が薄れていく。 そんなわけがない、こんなにうまくいくはずがない。 きっとこれは、
「夢だと思われないように、既成事実でも作っておくか」
「……は?」
「覚悟しておけ」
「はぁ!?」
その後謎のスイッチの入ったイアン様に三日三晩かけて現実だと教え込まれたわけだが、なんなんだこの人体力どうなってんだ軍人だからどうこうのレベルじゃないだろいや別に誘ってるわけじゃなくて私もう体力ないですしやめましょう無理ですから本当に無理ですから頼みますからその不穏な手を退けて、だから誘ってるわけじゃないんですってば! 聞いてくださいよ人の話!