9話 ガイア
「はい、これでもう大丈夫よ」
「ありがとうございます」
ブラックウルフとの戦闘で負ってしまった怪我をエレナさんに治療してもらった俺は礼を述べる。そしてその手の上にはキラキラと輝く赤い宝石《輝石ブラックウルフ》があった。
そう言えば先程治療中にステータスを確認した所、またまたレベルアップしていた。その他にも一部変化があった。ボーナスポイントもSTR、VITに3、INTに2、DEX、AGIに1とSTR、VITを重点的に振ってみた。
《ユウキ・フジカワのステータス》
性別 男 年齢 17歳 種族 ヒューマン
Lv: 9 EXP 78/100%
HP 180/180
MP 9999/9999
STR 43
VIT 34
DEX 35
AGI 43
INT 46
《スキル》
【剣術Lv1】
【射撃Lv1】
【投擲Lv1】
《アビリティ》
ステータス、ストレージ、無属性魔法
《称号》
異世界人、女神の眷属、テイマー
まずスキルというものを習得したらしい。剣術、射撃、投擲がそれぞれLv1だ。スキルと言うのは習得している技能の事で、習得しているだけでその恩恵を受けられる。
例えば、剣術Lv1なら剣に分類される武器を使用した際に与えられるダメージ量が1.2倍になる。スキルレベルは最大でLv5まであるらしく。Lv2なら1.4倍、Lv3なら1.6倍と増えるらしい。ただ、そのスキルのレベルアップは通常のレベルアップよりも手間が掛かり、なかなかレベルアップしないとのこと。
Lv3のスキルを持っているだけで一目置かれる存在になれるという。
「因みに俺は鍛冶のLv4持ちだ。どーだぁ、スゲェだろぉ?」
と、ここぞとばかりに自慢してくるムトーがウザかった。同時に何で鍛治職人やめてあんな辺境で暮らしているんだ?とも思ったがそれなりの理由があるのだろうと思って聞くのは止めておいてやった。
スキルの話に戻るが、習得したスキルにはスキル技と言う物が存在している場合が多い。先ほどの様に剣術Lv1を例に出すと、《スラッシュ》と言う技が使えるようになる。これは剣を振るった時に振るった剣筋から透明の刃が5メートル程先まで飛んで行く技だ。スキル技は使用すると一定時間のクールタイムが必要となるらしいが、威力の低い技はクールタイムが短くて済むようだ。
続いて、称号にある《テイマー》。これはブラックウルフをテイムしたことで入手したようだ。効果は、テイムの成功率を5%上昇すると言うもの。正直しょっぱい効果だが、無いよりはマシと思うことにする。
「さて……ユウキの治療も済んだ事だし、依頼完了の報告をしにホルン村に戻るか」
俺の腕の治療が完了した頃を見計らって、ムトーが伸びをしながらそう言う。辺りに魔物の姿も無い。だからこそ、この場で腕を治療してもらったのだが。
「そうね。ルカも待たせてしまっている事だし……帰りに甘いものでも買ってあげましょうか」
「済まない。その前に、もう少しだけ時間をくれないか?」
エレナさんがムトーの意見に同意して村へ向かって歩きだそうとするので、俺は待ったをかける。
「どうした?」
「まだ何処か痛む所があるの?」
二人は俺がまだ戦闘による疲労とダメージで動けないと思ったのか心配そうな声を掛けてくれる。だが、安心して欲しい。怪我は治療で完治しているし、疲労も少し休んだので問題は無い。
「いや。村に戻る前に確認しておきたいんだ」
俺はそう言いながら二人の前で赤い宝石を小さく振る。それを見て合点がいったらしい二人はああ、と頭を縦に振って了承してくれた。
と、言う訳で早速呼び出してみる事にする。
「ていっ」
俺は輝石ブラックウルフを少し離れたところに向かって投げ飛ばし、それをフォーミングエッジの銃形態で撃った。
パキンッ、と言う乾いた音と共に宝石が砕け散り、カッ!と言う擬音がピッタリな光が発生する。その光の中から、そいつは現れた。
「ガオウ!」
ブラックウルフだ。見たところ先程の戦闘による傷は完治しているようだ。そしてやはりデカイ。戦闘中はそれどころじゃなくてあまり気にしなかったが、改めて目の前に立つとその大きさがよくわかる。なにせ俺と目の高さがほぼ同じなのだから。こんなのオオカミのサイズではない。
その大きさと迫力に後ろでムトーとエレナさんが小さく唸り声を上げてしまうくらいだ。同時に警戒もしている模様。ブラックウルフは俺をジッ……と見つめていたかと思うと、ぺたりとその場に伏せてしまった。
「ん?どうしたんだ?」
気になった俺はブラックウルフのステータスを調べてみる。すると敵対していた時と表示されるステータス情報が変化していた。
《ブラックウルフ》(名称:未設定) 主 ユウキ・フジカワ
種族名:オオカミ(変異個体) ランク C+
性別 ♀ 信頼度 1
EXP 0/100%
HP 2984/3000
STR C+
VIT C-
DEX C-
AGI B-
INT C
《アビリティ》
武装化、化身
こいつメスなのか、とか武装化や化身って何だ、とか色々と気になる所があったがこの情報を見てすぐにコイツがどうしてその場に伏せたのか理解した。
「そうかお前、腹減ってるのか」
俺がそう言うとブラックウルフは「クゥン」と小さく返事した。そこで俺はストレージを開いてある物を取り出す。それはコイツと戦う前にエンカウントしていたホーンラビットから手に入れた肉だった。ムトーがこれは美味いし、そこそこの値段で売れるからと絶対に獲り忘れるなと狩る度に口酸っぱく言っていたのだ。
俺が取り出した肉をチラリと一瞥する。直後、顔を持ち上げて尻尾をパタパタと左右に振り始める。その反応を見るだけでわかる。コイツは今、「それちょーだい」と考えているに違いない。
「それ、くれるのかい?」
「ああ、やるよ。元々ウサギを食おうとしていたんだろう?」
この時、明らかにムトーでもエレナさんの声でも無かったのに俺は一切違和感を感じること無く、ごく自然に会話してしまっていた。どうしてこの時おかしいと感じなかったのだろうか?案外俺は大物なのかもしれない。
俺は手に持っていたウサギ肉をポイッとブラックウルフの前に投げる。すると、ブラックウルフはその大きな口を開けて肉をパクリと咥え、咀嚼し始める。
そしてものの数秒でバスケットボール一個分はありそうな肉の塊を食べきってしまった。
「もう一つくれないか?食うのは久しぶりで腹が減っているんだ」
「あいよ。もう一つな……………ん?」
そこで更に肉を催促されたので俺はストレージからもう一つ取り出そうとして、そこでようやく違和感を感じた。俺は一体誰と会話しているのだろうか、と。
背後を振り向いてムトーとエレナさんに視線を送る。……ダメだ、絶句したままつっ立っているだけだ。
となるとその声の主となりうるのはたった一人、いや一匹だけだ。にわかには信じ難いが、この世界はファンタジーだ。しゃべれる獣が居ないとも限らない。
俺は平静を装いつつ、ブラックウルフに語りかけてみる。
「なあ、肉……欲しいか?」
「欲しいと言っているだろう?焦らされるのは好きじゃないんだ」
俺の質問に若干不満そうな声音で返答するブラックウルフ。なるほど……しゃべれる獣か。犬や猫でもごはん、とか単語でしゃべるのが稀に存在するがここまで流暢に喋られるとは。
「お前喋れるのかよ」
俺は思わずそう口にする。だって今までガウガウ言っていたんだぞ?それが肉をくれ、焦らされるのは好きじゃない、って人間のように会話してくるんだぞ?無理もないだろう。
「さあね?気がついたらアンタとの会話が成立していた。多分、アンタの下僕になったからだろうね。ともかく、その手に持っている肉をくれるのかくれないのかどっちなんだい?さっきから涎が止まらないよ」
「あ、ああ。悪かったな、ほれ」
催促するブラックウルフに俺はどもりながら謝り、肉を差し出す。ブラックウルフはそれを受け取るとそれをガツガツと咀嚼し、飲み込んだ。そして、食後に口周りを簡単に毛づくろいすると俺に近づいてきた。
直後、ブラックウルフは俺にのしかかってきた。
「ハッ!ユウキ!!」
放心していたムトー達がその様子を見て、正気に戻ると俺を助けようと近寄ってくる。が、その心配は杞憂だった。
「うおっ!ちょ、やめろって…くすぐったいだろ……ハハハ」
ブラックウルフは俺にのしかかったと思ったら俺の顔を舐め回し始めたのだ。それこそ飼い犬が飼い主に甘えるかのように。
因みに俺は過去に犬を飼っていた事があり、顔を舐め回されることはよくあった。ある日気になって調べてみた所、犬が人間の顔を舐めるのは甘える行為であると同時に服従の意を示す行為でもあるという。
オオカミがそれに当て嵌るかは微妙なラインだが、この様子だとそう見てもおかしい点は見当たらない。
「何だよ、驚かせるな……」
ムトーが胸をなで下ろすのが見えた。さっきから心配をかけてしまって申し訳ないと心の中で謝っておいた。
取り敢えず何とかブラックウルフから解放されて立ち上がると、ブラックウルフが口を開いた。
「アンタはアタシと戦い、そして勝利した。更には空腹に飢えていたアタシに餌まで与えてくれた。本来なら他の仲間達と共に果てるはずだったアタシを救ってくれた。だからアタシはアンタに感謝し、服従する。これからはアンタに付き従うよ」
そう言うなり、彼女は俺の前で伏せた。これは先程の空腹から来る伏せではない。完全に服従していることを示すコイツ自身の俺への態度の表れだ。
それを理解した俺は、彼女の首元に手を差し伸べてその漆黒に染まった体毛を撫でる。
「ああ。よろしく頼む……と、そうだな。せっかくだし名前を付けようか」
よろしくと言った後にブラックウルフと呼ぼうとしたが、それはあくまで暫定的に付けられたコイツの仮称でしかない。そこでせっかくなので名前を付けてやろうかと思った。
「う~む、どうするか。……ラッシュ、と言うのはどうだ?」
「その心は?」
「昔家で飼っていた犬に色が似ているから」
家で昔飼っていた柴犬と色が似ているんだよな、コイツ。あいつもびっくりする程艶のある黒い毛並みをしていた。因みにラッシュの由来は世界名作劇場のフランダースの犬から。名付け親は親父だ。
するとフン、と不満そうにブラックウルフが鼻を鳴らす。お気に召さなかったようだ。
「何だか適当に付けられたようで嫌だね」
「ん、それもそうだな」
確かに、少々適当だったかもしれない。安直すぎるのもアレだしな……それだと候補として考えていたシュバルツとかネロとか黒を意味する言葉も却下だな。
どうしようか……そう思ったときにふとある名前がひらめいた。これなら気にいるかもしれない。
「なら、《ガイア》はどうだ?」
「ガイア?」
「ああ。俺の故郷…とはちょっと違うが、とある神話に登場する大地を司る女神の名前でな。戦っている際に、お前がその脚で大地を踏みしめて走る姿が印象的だったからどうかと思ったんだが……」
このガイアと言う名前だが、決して戦闘中に踏み台にしてしまったからとか、ザフト製の機動兵器と何となく似ていたからとかだからではない。……多分。
「ガイア、か。いい響きだね、気に入った。じゃあアタシは今日から《ガイア》だ」
ブラックウルフ改め、ガイアがそう言う。すると、ガイアの首元が光り、何かが現れる。見てみるとそれは赤色の首輪だった。金属製のタグがついており、そこには「GAIA」とアルファベットで書かれていた。
ステータスを確認すると、ブラックウルフと書かれていた所がガイアと改められており、さらに親密度が1から2に上昇していた。
「それじゃあ改めて、よろしくな。ガイア!俺の事は勇気でいいぞ」
「分かった。よろしく、ユウキ」
と、新たなる仲間と絆を結んだところで蚊帳の外になっていたムトーとエレナさんの事を思い出す。
「ああ、ゴメン。勝手に盛り上がっちまって」
「いや。俺達には入り込めるような話じゃなかったしな……」
「不思議な出来事の連続だったものねぇ……」
謝る俺にそう返事をする二人の視線はどこか遠くを見つめているようだった。この後俺達は依頼完了の報告をする為にホルン村に戻るのだが、その際にガイアが乗って行けと言うので三人で乗った所、すごい速さで村のすぐそばまで走られて、ムトーは危うく落下しそうになるのであった。
群れを率いていただけあって、姉御口調なガイア。
次回は話が少し飛んで、物語が本格的に動き始めます。
お読み頂き、ありがとうございます。
感想等、お待ちしております。