4話 世界情勢
2/24:最初の部分など一部本文を訂正。
「魔法スゲェな……」
異世界に来てから一日が経過し二日目。朝早くに目が覚めた俺は、宛てがわれた二階の部屋にあるベッドに寝そべったまま、傷跡が綺麗さっぱり無くなった左腕を見て思わず呟いていた。
この腕の傷は昨日の晩、エレナさんの治療魔法《ヒール》で治してもらった。彼女曰く、「これでも元冒険者だからね。この程度ならどうという事はないわ」との事。流石異世界と言うだけあって魔法は一般的なものらしい。
あと治療してもらっている際にこの世界の事について色々と聞いてみた。
今俺が居るこの《アネモスの森》は『ヴァースランド』と呼ばれる大陸の南側に存在している。ヴァースランドは大陸と言いながらも実際は四方を海に囲まれた日本のような島国だ。面積も日本より少し広い程度で形は地図を見たところ、何となくジャガイモみたいだ。この大陸には《バルミア》と言う一つの王国が存在し、その国王が大陸全土を収めていると言う。
このバルミア王国にはエイレーネという一人の平和を司る女神が居て、有事の際は神託をくれたりと何らかの手段で王国の民たちを守ってきたと言う。そしてこの国にはその女神に付き従う六人の大精霊が居る。火、水、雷、風、土、氷と言うこの世界における魔法の基本属性をそれぞれ司っていて、この大陸の端に聖域を作り、そこを守護しているという。因みにアネモスの森は風の聖域に近く、アネモスとは風の大精霊の名前なのだという。
ついでに言うと女神自身も聖域を守護する役目を持っていて、光属性が担当だと言う。聖域は大陸のはるか上空にあって普通の方法ではたどり着けないとか。これらの聖域があるおかげでこの国は色々な災害から守護されているのだとか。でも完璧では無かったりするとも聞いた。
この世界における一年は一ヶ月辺り三十日で一月から一二月までの三六〇日らしい。時間も二十四時間と俺の元居た世界とほとんど変わりはない。一週間弱短いだけだな。因みに今日は十月の一六日だ。
話を戻すがエレナさんが使った《ヒール》は水属性の魔法で、これを使えば簡単な骨折程度なら治せるとの事。ただ、傷によっては傷跡が残ってしまうらしい。俺のは何とか跡を残さずに済んだようで助かった。
「……起きるか」
腕に異常が無い事を再度確認した俺はこのまま寝そべっているのもどうかと思い、ベッドから起き上がると簡単に身なりを整えて部屋を後にした。
下に降りると、エレナさんが朝食の準備をしているところだった。
「あら、おはよう。昨日はぐっすり眠れたかしら?」
「おはようございます、エレナさん。おかげ様で戦闘の疲れも残ってません。あと、昨日は治療してくれてありがとうございました」
エレナさんに挨拶を返した俺は、昨晩腕の治療をしてくれた事に何度目になるか分からない礼を述べた。
「大したことじゃないから良いのよ。そう何度もお礼を言われると何だかこっちが申し訳ない気持ちになっちゃうわ」
エレナさんは困った様に頬に手を当てて微笑みながらそう言った。確かに、あまり謙遜しすぎると相手もとっつきにくくて困ってしまうか。何事にも限度ってものがあるよな、自重しよう。
「まあ、それは良いとして顔を洗ってらっしゃい。表に井戸があるからね」
エレナさんにそう促された俺は分かりました、と一言告げて言われた通り表にあった井戸の冷たい水で顔をパシャパシャと洗い、若干の肌寒さを感じて足早に家の中へと戻った。
☆
その後、しばらくして朝早くから狩りに出かけていたらしいムトーが一頭の鹿を持って戻って来た。それと同時に起床してきたルカも交えて四人で朝食を頂く事となった。メニューは、若干固めのパンと煮込んだスープに山菜のソテーだ。ソテーの山菜の中には見た事もない物が含まれていたが食感、味ともに良く特に問題なく食べる事が出来た。
「ん?これは……おいユウキ、ちょっと来い」
食後、椅子に座って先程郵便配達の鳥のような生き物から届いた新聞のような物を読んでいたムトーが俺を呼んだ。
「何だ?」
「ちょっとここ見てみろ……って、お前文字読めたか?」
「何でか知らんが読むことは出来るみたいだ。書くのは無理だけどな」
ムトーの質問に適当に答えつつ、ムトーの指差す部分を見て読んで見る。
「なになに……『勇者召喚!打倒、闇の一族に意欲』だと?」
そこには確かに勇者召喚、と書かれていた。もしやと思い、さっと流し読みすると勇者の名前がしっかりとフルネームで載っていた。その名は……、
「サユリ・ヒメミヤ……」
「これってお前の言っていた一緒にいたって言う嬢ちゃんの事だよな。って事は、お前はやっぱり勇者召喚に巻き込まれた一般人って事か?」
ムトーの確認とも言える問いに俺は特に返事はしなかった。ただ一つ、俺の中にあったのは姫宮が無事だという事に対する安堵と、『打倒、闇の一族に意欲』と言う見出しの一文に対する新たな疑問だった。
「ムトー。闇の一族って言うのは何だ?」
「ああ、連中の事か。昨日、過去に二度遠くの土地からの侵略者が居たって話したよな?闇の一族ってのはその末裔で『魔族』と呼ばれる事もある。実は最近、その連中が再びこの国を侵略し始めたのさ」
魔族……ね。俺はムトーに詳しい話を聞いてみる事にした。するとムトーは昔、自分の婆さんから聞いたと言う話を聞かせてくれた。
何でも闇の一族と呼ばれる連中の祖先は元々このヴァースランドの住人だったらしい。だがその祖先たちは邪悪な思想を持っていて後に大きな罪を犯し、女神の逆鱗に触れた。その罰で祖先たちは今の連中が住んでいる荒廃した大地《ヘルベン》へと飛ばされたらしい。だがそこで、女神ですら想定外の事態が発生した。ヘルベンには知能を持った強力な魔物が棲んでいたという。
その魔物の名は、《エムルバルン》。連中はエムルバルンに服従し、魔の力を与えられた。そこで自分達を追放した女神やヴァースランドの住人に復讐しようと考えた。まあ、唯の逆恨みだな。その話を聞いたエムルバルンはヴァースランドを乗っ取る事を画策し、己の力を使って魔物の大軍を作り上げた。そして女神と大精霊達による守護の穴を見つけてそこから侵入、侵略を開始した。
突然の出来事に当時の人々だけでなく女神や大精霊も慌てたと言う。そこで異世界からこの窮地を救ってくれるであろう勇者を召喚。激闘の末にこれらを撃退することに成功した。それからしばらくは平和な日々が続いたが、数百年の時を経てエムルバルンと連中の子孫である闇の一族達は再び侵攻を開始した。
そこで女神は再び勇者召喚を行い、異世界からの助っ人を呼び出したらしい。その二代目の勇者は仲間達と共に、侵略してきた闇の軍勢を撃破。それだけでなく、自らヘルベンへと乗り込んでエムルバルンに挑んだという。死闘の末、女神より託された退魔の剣の力でエムルバルンを彼の地のとある場所に封印して戦争は終結し、再び平和が訪れたそうだ。それが約千年程前になると言う。
勿論、これはムトーの婆さんが小さい彼に話した内容なので結構省略されている。流石に全編とまではいかないが、これらの話をもっと細かく纏めた書物が王都にあるとか。かなり長そうなのであまり読む気は起きないな。
「なるほど。そこでまた勇者召喚を行い、闇の一族と戦わせようと。そしてその勇者が姫宮で、俺は巻き添えってか?ハッ、泣けるぜ」
俺は自嘲するように言った。いきなり異世界に来させられて、その上命の危機に晒されたんだ。こんな態度をとったって誰も咎められる訳ない。フォーミングエッジが無ければ俺は……ん?
「待てよ?なら何故巻き込まれただけの俺の傍にフォーミングエッジが?」
もしあの場に落ちていたのが唯のナイフや剣とかだったならまだ辛うじて何かの偶然で片付けられるだろう。だがフォーミングエッジは俺の想像上の武器だ。ムトー曰く、「見たことのない武器」であるフォーミングエッジが俺のすぐ傍にあった。巻き込まれた俺に気付いた女神が慌てて対応した?それとも……?
「なあ、ユウキ。何をブツブツ言ってるか知らんが、ここでいくら考えてもわかりゃしないぞ?」
一人で思考を巡らせていると、ムトーがそう声をかけてきた。……確かにここでウダウダ考えたって現状は変わらんし、何かが分かる訳でもないか。取り敢えず、この事は置いておいて今は姫宮の事を調べよう。
俺はそう決意すると、再び新聞モドキに視線を移す。内容を見ていくと姫宮は事の次第を聞いて、勇者として戦うことを決意したとある。勇者は目的を達成すると、ここに留まるか元の世界へと帰還するか決められるとある。姫宮はこの条件を見て、戦う事を決意したのだろう。もちろんこの国の人を助けようとも考えて、な。
「ふむ。勇者さんはしばらく王都で戦闘訓練を積むそうだ。しかしスゲェな……この勇者さんのスペックは」
「スペック?」
「ああ。ここに載っているが、何でも勇者特有の光属性に加えて火、水、氷、雷、土、風の基本六属性全てに適性がある上に魔力量も四桁とブッ飛んでいるそうだ」
ムトーが指差す所を読んでみると確かにそのような記述がなされている。中でも強調されているのが現魔力量三二〇〇という部分だ。一般人と宮廷魔術師、それぞれの過去最高の魔力量が比較資料として載っている。一般人の過去最高はおよそ四〇〇~五〇〇、宮廷魔術師でも一〇〇〇位だという。そう見ると、如何に姫宮のスペックがチートなのか見てわかるだろう。と言うか、『現』魔力量?それってつまり今後成長の余地があると言う事なのだろうか?
「勇者さんがこれだけのスペックを誇るなら、同郷のお前さんはどうなんだ?」
そこでムトーがふと気になったのかそんな事を聞いてきた。
「さぁな?むしろこっちが知りたいわ。はぁ、自分のステータスが見れればな」
俺がそう言った直後だった。目の前に透明な四角い枠が出現したのは。
「ッ!?」
突然の出来事に俺は思わず座っていた椅子から転げ落ちてしまった。
「お、おいおい!どうした、ユウキ?」
ムトーがそう言いながら俺を引き起こしてくれる。どうやらムトーには見えていないらしい。俺はムトーの問いに答えることも無く目の前の四角い枠を凝視する。そこには日本語と数字で色々な事が書かれている様だったが、気になったのは枠の一番上の文字だ。
そこには、《ユウキ・フジカワのステータス》と書かれて居たのだ……。
ヒロインの高スペックっぷりにびっくりの勇気ですが次回はもっとびっくりすることになります。
お読み頂き、ありがとうございました。