シーズン2第2話「闇」
時は少し遡り────
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、」
深い森の中を駆け抜ける小さい影。
何かから必死に逃げるように走る影は草花を盾にして風のように走り抜ける。夕方に差し掛かったばかりの空は晴れ渡り、森の中にも明るい日の光が差し込んで道を照らす。
しかし木々の間から降り注ぐ日の光が今は邪魔だった。例えどんなにうまく隠れたとしても、この日の光が照らす明るい森の中では隠れる場所すら無い。
森は暗いもの────それは地球の常識。この世界では光を通す葉があり、光を反射する枝、そして光を放つ花まである。特に今いるこの地方の森は比較的光る花の多い場所であり、つまりは隠れるには最悪の場所でもあるのだった。
「──── クッ!」
もう何時間も走り続けているというのに、一向に離れる事の無い気配に苛立ち小さく罵りの声を上げながら滑る様に走る声は、まだ少年になったばかりのような幼さを残し、走る影の高さも精々10歳程の子供の高さ。
だが、少年がどんなに早く走ろうとも、後ろから追いかける気配が離れる事は無い……"普通"なら、疲労で走れなくなる筈の距離を少年は延々走り続けていた。
追って来る気配を確認しようと意識が後ろに逸れた瞬間、フッ、と木々の影さえ消え失せて開けた場所に出た……出て、しまった。
「あっ!?」
マズイと思った時にはすでに遅く、走っていた少年の足元に1本の矢が突き刺さり、矢に足をとられた少年が派手に地面を転がって明るい日差しの元に晒された少年の姿が露になる。
銀色の糸のような銀髪には葉が付いて、白いシャツと黒いズボンという格好は今はあちらこちらが切れて土に汚れている上に、よく見れば右の頬は打たれた様に赤く腫れていた。
「よくまぁこんな所まで逃げてくれたもんだ……だがな、坊ちゃん。俺らから逃げられるわけねぇだろぅ?」
後ろから厭らしい声が聞こえ、少年は地面に転がったまま荒い息でそちらを睨む。
少年……まるで少女にも見えるかのように整った容姿は、街へ出れば誰もが見惚れるかのようで、どこか蠱惑的な雰囲気を持つ。そして少年の美しさを決定付けるような、強い意志を表したその瞳は金色に煌き、端整な眉を吊り上げていた。
金色の瞳の先に映るのは、3人の男達。それぞれが革の鎧を身に纏い熟練の冒険者然とした出で立ちで、少年の細い体とは比べ物にならない。
「ははっ、睨まれちまったぜ。俺は魅了されなきゃならんのかなぁ」
「バカ言って油断するな……ナリは小さいが、中身は中身だ」
肩を竦めて嘲ながらも両手のナイフをチラつかせる男に、黒い貫頭衣を身に纏い、同じく表紙が布で作られた本を持つ髭面で目つきの鋭い男が釘を刺す。
はいはい、と気の無い返事を返すがその目は油断した素振りは無く、むしろ動きを誘っているかのようだった。
「……そうだな、中身は────化け物だ」
3人の男の中でも一際背の高い、他の2人とも明らかに違う気配を纏った男は、忌々しそうに吐き捨てるとクロスボウに矢を番えて少年に狙いを定める。
矢の先端が銀色に輝くのは、純銀の矢。
「……なんで……」
「あん?」
「……なんで!!ボクの村をっ、襲ったりしたんだ!」
震える声で叫ぶ少年を一瞬3人は呆けた様に眺め、互いに顔を見合わせた後、苦笑を漏らす。
「くくっ……何言ってんだ?……俺達は村なんざ襲ってねえよ。それどころか、俺達はその村の依頼で来たんだぜ」
「────え……」
両手にナイフを持つ男がニヤケた笑顔で放った言葉に、少年の心臓の鼓動が早くなり自然と右手が胸を押さえた。
「村に住み着く人の姿をした化け物を退治してくれってなぁ」
少年の金色の瞳が見開かれ────
「その化け物の名は……ナーレ・フォウ・リ・アーブゼクト・リイン────"吸血種"アーブゼクト・リインの名を受け継ぐ者」
髭面の男が手に持つ本を開き、その中に書かれた一文をなぞる。その目は、あまりにも冷酷にナーレを見据えたまま。
「つまりお前は、村に見捨てられたのだよ」
背の高い男の一言で、ナーレは絶望の淵に落とされた。
ナーレ・フォウ・リ・アーブゼクト・リイン。
彼は、国境沿いにひっそりとある村で産まれた。その村には名前など無い。何しろ、元々が何らかの事情で国から逃げた者達が住まう土地だからだ。国と国の境にある場所では、まれにこういった村が存在する。罪を犯した。税が払えなくなった。等と理由は様々あれど、ナーレの一族はその中でも特殊だった。
『闇の種族』
そう呼ばれる種族がある。闇を敬い、闇と共に暮らす種族。それだけを聞けば、まるで邪悪な種族であるかのような印象を受けるが、事実は異なる。極普通の人々なのだ。ただ、その属性が闇であるというだけの、只の人々。強いて違いをあげるとすれば、身体能力がやや高い事。だがそれは獣人とは比べるまでも無く、あくまでも"やや"という程度だ。
闇の魔法────それは、凄まじく強力な力。夜になれば、闇の魔法の触媒たる闇は無尽蔵にある。当然、それを狙う者達も。
ナーレの一族は"吸血種"とは呼ばれても、地球で言うところの『吸血鬼』とは違う。
血液を元に病原菌を調べたり、その血から血清を作り上げたりするいわゆる血液の医者に近い存在。しかし、その方法に『闇』系統の魔法を使うというだけで、恐れられ迫害された歴史を持つ。
ナーレの父親は"吸血種"を誤解し、その力を恐れた一部の人間によってナーレがまだ幼い時に討たれ、母親はナーレを守る為にその国を捨てて、放浪の果てに名も無き村にたどり着いた。それ以来、ナーレは母と二人でその村で薬師として生きてきたが……そこでの生活も、偏見との戦いだった。しかし、それでも母は文字通り命を削るようにして村人を助け、最後は自らも病に罹って死んだ。
命を懸けてまで助けようとした村人達の裏切りにガクリと膝から崩れ落ちるナーレを、ナイフの男が油断無い足取りで近づく。
<<Active skill "Recognition prevention(認識阻害)" Lv5>> ────Time out
「まぁ、悪く思うなよ……バケモノ。お前らは高く売れるんだから仕方な────」
ヘラヘラと笑っていたナイフ男の視点がある一点を捉えるとその言葉が止まり、笑っていた顔までもが凍りついたように止まった。
「……どうした?」
不審に思った背の高い男がナーレから視線を外さずに問いかけるが、応えは無い。
普段とは違うナイフ男の雰囲気に、髭面の男も思わずナイフ男を見ようとしてその動きが止まる。
ナイフの男の真横。
1メートルも離れていないそこに────"闇"があった。
全身が真っ黒の服装に、さらには頭からすっぽりと被った黒いフードという黒尽くめの存在。
いくらか日は翳り始めたとはいえ、まだ暗くなる時間ではない。だが、そこには顔までもが分からない程の闇が、ポツリと落とされていた。
いつの間にそこにいたのか、誰一人として気がつかない。
ナイフの男はもちろん、他の二人もまったく油断はしていなかった。二重三重に周囲を警戒しながらの追走だった為にここまで逃げられたが、それ故に誰もいないという自信はあった……筈……だった。
だが事実として、そこに"何者"かがいる。それも男のすぐ側で。
いきなり現れたのではない。
"ずっとそこにいた"のだ。だがそれでも"誰も認識できなかった"のだ。
一人が気が付いたことで、ようやく他の者も認識出来るようになる。そんな存在などあるわけがないし、そんな魔法なども聞いた事もない。そんな事が出来るのは……まるで、『本物の化け物』のようではないか。
髭面の男の全身を冷や汗が覆い、唾を飲み込もうとするが一瞬で咽が干上がり、それすらも出来なかった。
湧き上がる恐怖が、ジワリと這い寄る。
他の二人、特にナイフの男の恐怖は、より切実だった。
猛烈な恐怖が沸き起こり、そして……ナイフの男は、選択を誤った。
「うあああああああああ!!!!」
<<Passive skill "Auto guard(自動防御)" Lv5>> ────Success
雄叫びを上げ、"闇"を祓うかのごとくナイフで斬りつけようとした右手が────ナイフごとあっさりと、弾け飛ぶ。
骨が砕けながら千切り取れた右手の、あまりの現実感の無さに脳の反応が遅れた。
「えっ、あっ、?」
痛みを感じる間も無く、大量の血が右手のあった場所からボタボタと滴り落ちる。血が吹き出す事は無い。それは、血管すらも潰されたから。
そして────遅れた激痛が襲う。
「ガッ、ガアアアアアアアアア!!!!」
ナイフを取り落として左手で右手のあった場所を押さえ、蹲るナイフの男に一切構わず"闇"は静かにその場に佇む。
何をしたのか、何をされたのか、全く見えなかった。その事がより恐怖と混乱をもたらす。
「な……なんだコイツは……!!?」
背の高い男が"闇"に向けて矢を放つ。
<<Passive skill "Auto reflection(自動反射)" Lv5>> ────Success
確かにクロスボウから放たれた筈の矢は、"闇"に当たる事も無くその寸前で消滅する。次に現れたのは、背の高い男の目の前。しかも、矢の先は背の高い男に向けられていた。
「何っ!?」
間髪、倒れこむように身を屈めた背の高い男だったがその矢は右肩に突き刺さる。自分の右肩に突き刺さる自分自身の放った矢を確認するまでも無く、背の高い男の脳内に途轍もない警告が発せられた。
(この矢には毒がッ!!)
必勝の筈の策が自らを窮地に陥れる。
倒れこみながら咄嗟に背につけた、クロスボウの矢を纏めている筒の下をスライドして零れ落ちる解毒剤の1つを取り出して口に銜えた背の高い男の目に、その光景が飛び込む。
<<Passive skill "Spell canceller(スキル阻害)" Lv5>> ────Starting
髭面の男が何らかの魔法を放とうとしていたのは気配でわかった。
詠唱の始まりの声も聞いた────だがその声は途中で途切れる。髭面の男の頭の半分を巻き添えにして……。
ドサリ、と髭面の男の体が倒れ、手にしていた本も地面に落ちてパラパラと捲れ、パタリと閉じられる。
「ち、ちっくしょお!!俺の手が……俺の手がぁ!!」
激痛でのた打ち回るナイフ男が全身に脂汗を流しながらも、足元に落としたナイフを残された左手で掴む。
「くそったれぇ!!」
血を流しながらも、ナイフを振るう。
絶対に当たる間合い。
事実、ナイフ男は今までこの間合いで外した事は無かった。
<<passive skill "Evasion up(回避率増加)" Lv10>>
<<passive skill "Evasion rate up(回避率追加)" Lv10>> ────Starting
例え左手を失っていたとしても、外す事は無い程修練を重ねてきた間合い────しかし、ナイフは何の手応えも返しては来ない。何度も何度もナイフを振るう。狂ったように、めちゃくちゃに振り回す。
"闇"が動いた気配すらなかった……それでも、掠りもしない。そればかりか暴れる事で噴き出し始めた、辺りを舞うナイフ男の血でさえ"闇"に染み一つ作ることが出来なかった。
ナイフを振るう一撃一撃が、自らのプライドをズタズタに引き裂くかのような幻視。
敵わない。さっさと逃げればよかった。何故逃げようと思わなかったのか、何故戦おうと思ったのか────何故……相手の力量さえも読めなかったのか。
<<passive skill "Existence concealment(存在隠匿)" Lv10>>
後悔は、文字通り後から来て、後悔した時には全てが終わっている。
<<Passive skill "Auto guard(自動防御)" Lv5>> ────Success
乾いた音。軽く手を打ち合わせるような音がしただけで……ナイフ男の残った左手も吹き飛んだ。
まだだ!まだ……!
吹き飛んだ左手の勢いを利用して、"闇"の咽元に喰らいつこうとする。
歯の奥に仕込んだ毒が、最後の切り札。
────しかし。
<<passive skill "Evasion rate up(回避率追加)" Lv10>> ────rate up Lv 2/10 Starting
喰い千切らんばかりに伸ばした首は、あっさりと虚空を過ぎ去る。ガチリ、と毒の溶ける音を聞きながら、切り札がまったくの無駄だったと悟った。
全ては、"闇"に挑んだ段階で終わっていたのだった。
「ちくしょお……ちくしょお……ち……くしょ……お……」
明らかに致死量の血を撒き散らしたナイフ男の動きが緩慢になっていき、自らが作った血溜りに膝から崩れ落ちたまま動かなくなる。顔からはまったく生気が感じられなくなり、やがて……二度と動かなくなった。
(馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!)
背の高い男は、混乱の局地だった。
吐く息すら煩く感じ、何も聞こえなくなる。
二人がなすすべも無く殺された。
自分もあっさりと返り討ちになった。
馬鹿な。
その言葉だけが繰り返される。
この三人ならばどんなことも出来た。
街の警備隊はおろか、城の熟練した兵士にすら遅れは取らないと自負していた……が、結果はこのザマだ。
顔が引きつり────殺される。その言葉が脳裏を過ぎった、そんな時。
『────』
<<Active skill "Search(探索)" Lv5>> ────Starting
"闇"が口を開いた。
何を言ったのか、まるで分からない。
だが、次の瞬間……背の高い男の呼吸が止まる。
"闇"の……目が、見えた。
紅い、紅い目。
その目には、何も映っていない。
今まで戦っていた筈の自分達すら映っていないその目に、今度こそ恐怖した。
パッシブの鬼さんの登場。
実は何もしていないという……。
スキル解説やその他もろもろの続きはまた後で~。
後一枚のイラストがうまく描けない…っ。
ちなみに。
この半年程どうしてたんですか?というメールが何通かあったので、簡単に。
小学校でお仕事してました。というか、今もしています。
子供たちのぱわーに圧倒されっぱなしです。
あと、うちのおじいちゃんが入院してしまったので、ちょっと介護もしてます。最近ようやくちょっとだけ余裕ができました。
そんなところですねー。
では、また。