後編その1
地面に叩きつけられたミレフがピクリとも動かない。
「ミレフ…!」
最悪な想像がゼンの頭をよぎるが、僅かに息がある。しかし、一刻の猶予も無い。
脂汗を拭う事もできずに、ぐらぐらとする頭を振ってようやく立ち上がった。
人形は動かなくなったミレフに一瞥する事も無く、柵に取り付けてあった丸太ごと半壊状態だった門をさらに叩き壊すと、完全に壊れた門からは不死者の群れが這い出てきた。
それに向かって『亡者の叫び』から逃れられた術者が火炎の魔法を撃ち掛けるが、火達磨になったのは精々数体。
後から後から湧き出てくる不死者の群れの前では、篝火の灯りとしかならない。
「油だ!油を撒け!」
隊員の一人が叫んで大量の油が入った大鍋を通路にぶちまけて火を放つが、それでも不死者の群れは怯む事無く突き進み、さらにはその後ろからは巨大な人形が家々を破壊する。
少しでも侵攻を食い止めようと高い所から何本もの矢が射掛けられて人形に刺さるが、それでさえも人形につけられたオブジェのようにしかならなかった。
不死者は足を引き摺るように歩いている為速度はそれほどではないが、確実に隊員達に近づく。逃げ出したいのを我慢して矢を、魔法を撃ち掛けるが効果が見えない。
一体が燃えても三体が。三体が燃えても六体が現れて火の上を突き進む不死者の姿に、本能的な恐怖が蔓延する。
「くそっ!駄目だ!」
「火だ!とにかく火を!」
「うおおおおおお!」
奮闘する隊員を嘲笑うかのように人形が家々を破壊し、大量の不死者が村を飲み込もうとしていた。
「ガアアアアアア!」
途端、巨大な炎が数体纏めて不死者を炭へと変える。
ガタガタと足が振るえてダラダラと涎を垂らし、明らかにダメージを負いながらも炎を不死者に見舞わせたのは、ゼガンだった。
ただでさえ耳のいい魔狼にとって『亡者の叫び』は天敵のような攻撃だが、それでも立ち上がって不死者に立ち向かう。
力を溜めるようにぐっ、と低く屈み込んだゼガンのタテガミが大きく逆立つ。
バチバチと魔力の紫電がゼガンの周囲に飛び散り、目の色が紅く染まる。
「ゼガン!やめろ!」
その様子に慌てて隊員の一人がゼガンを止めようとするが、ゼガンは止まらない。
炎を吐き、不死者を屠りながら風のように駆け抜けて一直線に人形を目指す。
それは魔狼の持つ強力な攻撃方法だが、そのあまりにも強すぎる反動は確実にゼガンの体を蝕む。
耐え切れない血管がいくつか弾けた。だが、それにも構わず強力な炎を吐き続ける。
目前に迫った人形の目がゼガンを捉えた。
「ゴアアアアアア!」
ゼガンが目指すのは人形の胸から生えた女。この女さえ封じることが出来れば、隊員にもまだ攻撃方法があると魔狼の本能で理解していたのだろうか。
低い体勢から飛び上がり、今までで一番強力な炎が人形に向けて放たれる。
その攻撃に対して人形は無造作に左手を伸ばした。
人形の左腕が弾けて吹き飛ぶ────だが、女は無傷。
空中でかわせないゼガンに向かって振るわれた人形の右腕が命中して、ゼガンは数メートル吹き飛ばされた。
ボキボキと骨の折れる音がゼンの元まで聞こえる。そのまま地面に叩きつけられたゼガンがバウンドして転がるが、それでも、ゼガンは立ち上がる。
血で片目が開かなくなって満身創痍だがそれでも闘志を失わず、人形を睨み付ける。しかし、やはり受けたダメージはあまりにも大きく、ガクリと体勢が崩れた。
人形が苛立つように右腕を振るって近くにいた不死者を数体纏めて掴むと、そのまま弾けた左腕のあった場所に不死者を突っ込む。
瞬間、人形に埋め込まれた亡者の腕が他の不死者を取り込んで歪な左腕が復活した。
取り込まれた不死者の、人形の肉の一部に変わりながらも呻く姿に隊員の間に動揺が広がる。
人形の周囲にいる不死者は、どんなに人形にダメージを与えたとしてもそのまま人形の再生部品として使われるのを理解したのだ。
胸から生えた女が再び『亡者の叫び』を放つ体勢に入る。
「デカブツが、調子に乗るなよ…」
ゼンが胸元から取り出した、親指程の大きさの紅い石に魔力を込めた。
魔力を込められた紅い石は小さく明滅を繰り返し、それがまるでカウントダウンをするかのように明滅の間隔が短くなっていく。
「こいつでもくらっとけ」
紅い石の明滅が止まった瞬間ゼンの目の前に赤い炎の槍が出し、それと代わるように紅い石から光が消えた。
ゼンの使ったのは貴重な精霊石で、石に封じられた精霊の力を1度だけ解放する事ができる。
精霊の力による攻撃は魔法による攻撃の威力を遥かに上回り、現状村に1つしかない今、村の切り札とも言えるものだった。
ゼンから放たれた炎の槍は、まるで意思があるかのように高速で人形を目指し、ゼガンに止めを刺そうと向かっていた人形の頭に突き刺さる。
「みんな伏せろ!」
ゼンの叫びに慌てて他の隊員達が伏せたのと同時に、爆音が空気を弾き飛ばした。
突き刺さった炎の槍は爆音と共に弾けて、粘着性のある炎の玉となって人形の周囲にいた不死者へと降り注ぐ。
粘着性のある炎は不死者が燃えた後も燃え続け、その上を通ろうとした不死者も次々と巻き込まれ、その場はまるでマグマが吹き上げたかのように赤く染まった。
「た、隊長!」
一人の隊員が上げた叫びは歓喜の叫びでは無い。悲鳴に近い叫びだった。
頭を失った人形だが、胸から生えた女がニタリと笑う。
────馬鹿な…!
頭を失った筈の人形が動き出し、声も出ない恐怖に愕然とする。
退くか、特攻か。二つの天秤がゼンの脳裏を過ぎる。だがそれはゼガンとミレフを見捨てるという事だ。それに、まだ消えた魔族が発見されていない。退いたとしてもその先に魔族がいれば全滅もありえる。しかし、このまま戦っても全滅は必至だ。
迷ったのは瞬時。
腹は決まった。やはり『仲間』を見捨てるわけにはいかない。それに何より、自分達がここにいるのは時間稼ぎだ。
「皆────」
ゼンが最後の指示を出そうとした時、それは突然起こった。
リーンゴーン、リーンゴーン、リーンゴーン……
教会の鐘の音のような音が響く。
あまりにも場違いなその音に一瞬唖然としたゼンの足元が光った。
ゼンだけではない。
ゼンがいた場所を中心に巨大な魔方陣のようなものが出現して、他の隊員も飲み込む。それはゼガンまでも。
「何だこれは!」
誰かが叫んだのと同時だった。ふわりとした風がゼンの頬を撫でる。
「…え…?」
風を感じた途端、視界が開けて体の奥底から力が湧き上がり、さっきまでの恐怖が薄れた。
何だ…?何が起こった…?
狼狽するゼンの目の前で、ダメージを受けたはずのゼガンが何事も無かったかのようにスックと立ち上がる。
怪我をしたはずの体はついたままの血の跡以外に異常が無いように見え、ゼガンも戸惑っているのかぐるりと首を廻らせた。
驚愕する隊員達だが、その隊員達の元に不死者が迫る────だが。
未だ消えていない魔方陣に不死者の一体が触れた途端、不死者が光の粒子となって"消滅"した。
他の不死者が目の前で消滅しても、知能の無い不死者はひたすらに前を目指すが、魔方陣に触れて次々と消えていく。
その現象を目の当たりにした隊員の一人が棒立ちになっている後ろから、不死者が迫る。
「先輩、危ないっ!」
弓矢を持つ初陣の若い隊員がその事に気づき、せめて牽制になればと不死者に向かって矢を放つ。
放たれた矢は"キラキラ"と輝きながら不死者に突き刺さり、刺さった矢を中心に不死者の体がごっそりと消滅した。
「……はぁ?」
矢を放った方も助けられた方も、ポカンとして顔を見合わせる。
「あれ?お前、いつのまにそんな力を?」
思わず、戦闘中にもかかわらずに普通の調子で話しかけ、話しかけられた方も「いやー、どうやらオレ強かったみたいです」と笑顔で返す。
「馬鹿を言ってないで前を見ろ!」
「「は、はいぃぃ!!」」
ゼンの叱責の声に二人はもちろん、ポカンと見ていた他の隊員も慌てて体勢を整え、弓矢を持つ他の者が恐る恐る矢を放つ。
放たれた矢はさっきと同じようにキラキラと輝きながら不死者に突き刺さり、刺さった場所を中心にごっそりと消滅させ、さらにはその後ろにいた不死者まで崩れ落ちた。
「うおおおおお!な、何だこれ!」
「す、すげぇ!」
「よっし!お、俺も!」
次々と放たれた矢は、ことごとくキラキラと輝きながら不死者を倒していき、矢を射掛ける者達から歓声があがった。
効果がまるで無かった筈の矢が、絶対の威力で不死者を駆逐する。
「おおおお!俺つえー!!!」
「勝てる!勝てるぞぉ!」
「お、おい!剣でもいけるぞ!」
弓矢隊を見ていた剣士隊の一人が剣を振ってみれば弓矢と同じようにキラキラと輝き、試しに不死者を切った途端、不死者は白い炎に包まれて消滅した。
絶望が、希望に。恐怖が、歓喜へと変わる。
次々と上がる歓声に呆気に取られていたゼンだが、黒い風が駆け抜けるのを見てハッとした。
重症だった筈のゼガンが再び人形に迫る。しかし、魔方陣はそこまで届いてはいない。
「ま……!」
止め様としたゼガンだが、それは再び起こった。
リーンゴーン、リーンゴーン、リーンゴーン……
鐘の音が鳴り響き、まるでゼガンの行動を先読みでもしたかのようにゼガンの目指す最短ルート上に巨大な魔方陣が出現する。ゼガンの障害となる筈だった不死者は数十体、音も無く消滅した。と、同時に人形までへの最短ルートが出来上がる。
迫るゼガンを捉えようと伸ばしかけた人形の腕がいきなりガクンッ!と、止まった。原因は人形の全身に絡みついた光の鎖。
人形の怪力でも身動きができなくなった事に、初めて女の顔に動揺が見えた。
しかし、瞬時に女は『亡者の叫び』を放とうと口を開く。だが、声が出ない。
なにしろ何時の間にか女の口に赤いバッテンが張り付いたからだ。
慌ててそれを剥がそうとするが、剥がれない。
「ガアアアアアア!!!」
人形の目の前に降り立ったゼガンが、最後のチャンスとばかりに渾身の力を込めて炎を放つ。
ゼガンの渾身の炎が放たれる直前、人形の体が僅かに光った。
炎が、白い炎へと変貌を遂げた炎が人形に襲い掛かる。
「うおっ!?」
「な、なんだ!?」
「うわわわわ!」
視界が白一色に染まり、隊員達も思わず目を手で覆った。
「……?」
手で覆っても尚眩しい光が収まり、恐る恐る隊員達が見たのはゼガンの前から門を過ぎた遥か向こうまで続く、長く抉れた地面。
凄まじい熱量を示すように、地面の一部がガラスのように変化している。そしてその延長線上にいた人形はもちろん、不死者の群れさえも跡形も無くなっていた。
さっきまでの戦闘が影も形も無くなり、静まり返るその場はまるで全てが夢だったかのように思うが、残っていた不死者がいる事から夢ではないと分かる。
「…あ!ミレフ!」
ハッとしたゼンが倒れたままのミレフを見つけて駆け寄ると、ゼガンもミレフの側に寄ってきてクーン……と鳴きながら倒れたままのミレフに鼻先を押し当てた。
呼吸が荒いが、辛うじて生きている。魔狼のずば抜けた生命力の賜物だろうが、危険な状態なのは変わらない。
助けなければ……!
ミレフを助ける方法を思考するより早く、ミレフの体にふわりと光が灯った。
「……え……」
光が消えたと同時に、ミレフがムクリと何事も無かったかのように起き上がって尻尾をパタパタさせながらゼガンにじゃれ付く。
「だ、大丈夫なのか……?」
驚きの連続過ぎて思考が追いつかないが、兎にも角にもミレフの体を見てみれば、ミレフの体についた血液の跡以外は怪我の跡すら見えない。
そのことにホッとして一息つけば、湧き上がるのは疑問。
何が起こったのかサッパリ分からない。ただ、確かな事が一つだけある。『奇跡』が起こったという事だ。
神か精霊か分からないが、"誰か"が起こしてくれた奇跡。
ゼガンは思わず天を見上げる。
空には月が浮かんでいた。
「────まさか、な」
ふと思いついた事を苦笑と共に消し去り、残った不死者の掃討に移る。
「ありがとう────」
そう、呟きを残して。
その呟きを聞いたものはいない。
☆
センターに入れて祝福をクリック。センターに入れて祝福をクリック。センターに入れて祝福をクリック。センターに入れて祝福をクリック……。
支援支援。
『聖域』を出して皆を回復しつつ、祝福のオンパレードテンコ盛りアンド聖属性付加ー。
たまに隠密の再発動をしつつ、ゾンビと戦っている皆さんを支援。
お、狼が大きいゾンビに向かって何かスキルを使うみたいだ。
私は何とか動くようになった足を必死に動かして狼を追いかけつつ、『聖域』の効果範囲から抜け出す寸前で再度"貯めていた"『聖域』を放つ。
この『聖域』というスキルは、効果範囲にいる人達を纏めて回復する回復スキルの中でも上位のものだけど、同時にゾンビといった暗黒属性を持つ者にはダメージを与える優れもの。
その分使うスキルポイントは半端無い。私は2秒で回復できるがな!(自慢)
後問題なのはその詠唱時間だけど、それは"貯めておける"のを利用して即座に発動できるようにストックしてあるのだ。
まあ、詠唱とか言っても本当に唱えているわけじゃないんだけどね。スキル名をクリックしてただ発動時間を待っているだけだから、声も出していないけど。
しかし、この『聖域』は広範囲すぎて、他の人が攻撃しているモンスターを奪ってしまう『横殴り』というMMO上ではマナー違反になりかねないけど、この場合は仕方ないよね…と自分を誤魔化す。
を。いよいよ狼がスキルを使うぞ。
大きなゾンビだからきっと力が強いと思うから『光の牢獄』で行動を制限しつつ、変なスキルを使われないように『沈黙』を使っておこう。
ボス戦の基本だね!…って…あー…れ?何か大きなゾンビの胸の所の女ゾンビに赤いバッテンがついたぞ?あっちが本体か。
この『沈黙』というスキルは『敵を沈黙させてスキルを封じる』というものだけれど、以外な使い方で分身とかする敵に使うと、なんと本体が分かってしまうという"仕様"があるのだ。
敵の忍者とかによく使ったねぇ…と、懐かしんでいる場合ではない。
スキルを使おうとする狼に合わせて、司祭のスキル『光の剣』(攻撃力2倍)プラス枢機卿のスキル『増幅』(スキル効果5倍)を重ね掛けする。2倍×5倍だー!
あ。まぶしっ。
白い光が収まるのと同時に目を開けると、あらかた片付いていた。
ホッと一息…する間も無く、即座に周囲を見回す。バトルの後の、この気を抜いた瞬間にいきなり横からモンスターが湧いて死んだりする者が多いのだ。
負傷者がいたら即回復が回復役の任務です。
む!負傷者…負傷動物?発見!生きてました小さい方の狼!回復回復ー!
────…ハイテンション過ぎて少し疲れた…あ。スキルポイント全快。
他に負傷者はいませんかっと、キョロキョロしていた私に一瞬『声』が聞こえた。
…え?
突然の事に驚きつつ、よく耳を澄ませる。
この世界の言葉は分からない筈なんだけど、確かに聞こえた。誰かの『声』が。
それは耳に直接じゃない。
ハッとしてもしやと思って"会話ログ"を開く。
目の前にある半透明のウィンドウを操作して出した会話ログには、確かにあった。
あちこちの店を巡った際に見た、この世界の言葉であろう文字が表示されている。
どうやってこの会話ログにその言葉が表示されていたのか分からないけれど、今までいたこの場での他の人達の会話はログに表示されていない事から、何か特別な事態が起こっていると感じた。
この文字を見ていると、何故か胸が締め付けられる。
そして、もう一度『声』は聞こえた。か細く、今にも消えそうな感じで。
ログにもう一度表示された言葉。
今度は理解した。
言葉を理解したんじゃない。言葉に乗せられた、ログには表示されない"感情"を理解できた。
私はその『声』がした方へ駆け出す。
だって、その声は、確かに助けを求める声だったから────
☆
「はっ、はっ、はっ、はっ、…」
荒い息をつきながら、ふらつく足で歩くアルフィースの足元にボタボタと赤いものが落ちる。
「ぐうっ…!」
躓き、その場に倒れこむ。そのまま意識を奪おうとする痛みを、唇を噛み締めることで堪えて必死に前へ進もうと手を伸ばす。
「ア…アリ…エ…」
視界がぼやけて進む先が本当に正解なのか分からない。
しかし、それでもようやく立ち上がって前に進む。
赤いものはアルフィースの血だった。
腹部から出た血がアルフィースのズボンを濡らし、地面に線を引いて刻一刻とアルフィースの命が削られる。
アリエが、あの神父によって連れ去られた。
一瞬の油断。
魔物の襲来を知らせる鐘を聞き、避難しようとアリエを背負って家を出たアルフィースの目の前に神父が現れ、いきなりアルフィースの腹にナイフを突き立てた。
崩れ落ちるアルフィースから、「兄さん!」と泣き叫ぶアリエを奪って逃げた神父を追って来たのだった。
もうすぐ、裏通りから出る。
近くの家の壁に体を寄りかからせながら、ズリズリと這うようにしてようやく裏通りから出たアルフィースが見たのは、銀の鎧を身に着けた騎士達に囲まれる神父。
こちらに背を向ける神父に違和感があるが、それよりも何よりも、アリエの姿が無い。
霞ながらもようやく動く視線だけを動かして近くを見ると、倒れているアリエが映る。
何が起きたのか、これからどうなるのか、一切の疑問の全てを置いてアルフィースはアリエの元に這い寄った。
もう、痛みの感覚が薄れてきた。目も、ほとんど見えない。音は、いつから聞こえなかったのか分からない。
それでも、アルフィースはただひたすらにアリエを目指す。
ゆっくり、ゆっくりとアリエに近づくが、アリエが動く気配は無い。
「ア…リ…エ…?」
ようやく、アリエに手が届いた。
「アリエ…」
アルフィースの血塗れの手が、アリエの真っ白なシミ一つ無い肌に触れるがやはり動く気配が無い。
────命の、気配が無い。
アルフィースの視界がさらにぼやける。
何もしてやれなかった。父と母が亡くなった時からせめてアリエだけは守ろうと決意したが、むしろアリエの存在がアルフィースを助けていたと言えた。
「ごめんな…」
ポタリと、雫が落ちる。
「兄ちゃん…何も…して……やれな……────」
アルフィースの瞳から光が、急速に消えて行く。
銀色の騎士達と神父の戦いの喧騒を聞く事無く、二人の兄妹はその短すぎる生涯を閉じた。
二人に、奇跡は起こらなかった────
────まだ。