中編
ふーむ…どうやら、ここが道具屋みたいですのう…。
男の子を見失って絶賛迷子中の私は、とりあえず中腰でコソコソと隠れながら突き進み、ようやくそれらしい所に出ていた。
とはいえ、あくまでも"それらしい"だ。ここは異世界。油断はできない。
お店の外見はまさにゲームに出てくるザ・道具屋といったたたずまいのログハウスみたいな外見で、ぶら下る看板に袋の絵が描かれていた。
正面には木で出来た扉があり、あれを開けて入らねばならないのだが……姿を隠したままの私は明らかに不審者だ。
かといって姿を現すのも、どうもうまくいくとは思えない。
それなりの村ではあるけれど、いきなり扉が開いて知らないヤツが入ってきたらお店の人も警戒するだろう。
それに、そもそも言葉が分からない。文字も読めない。どうやってコミュニケーションをとれば…。
しかし、中にあるであろうブツをどうにかして手に入れねばならぬ。もしくは、ここは存在だけでも確認せねば……うむ。どうやって入ろうか。
しばらく近くの家の影から観察していると、二人組みの少女が談笑しながらお店に入ろうとしているのが見えた。
一人は看護士さんっぽい白いスカートの服装で、もう一人も色は同じ白だけれどもまるでゲームの聖職者見習いのような出で立ちをしている。
…ん?あれ?彼女たちの頭に何か…ふおおおおおおおおおおおおおお!!!
二人の頭にちょこんと乗っている、あのふわふわした長い耳は!まさか、まさか、まさかのう・さ・み・み!
うっわーーーーー!異世界だーーーーー!
と、驚愕している内に二人のうさみみ少女は道具屋に入っていってしまった。
おお!これはチャンスではないかい?
私はその二人のうさみみ少女に誘われるように、すすすっと後ろをついていく。
キィ、と小さく軋む扉を開けた先には…には…。
は?
一瞬何があったのか理解できなかった。
綺麗に磨き上げられたタイルの床。天井からは女神様のような女性が描かれたステンドグラス越しに明るい光が店内を照らし、白い壁の棚に飾られたそれは、袋…黒い袋、青い袋、赤い袋、大きな袋、中くらいの袋、小さな袋、袋、袋、袋、袋、袋、袋。
棚一面には袋がいっぱい。
何と言うか、袋だ。
うん。どうしようもなく、革の袋だねぇ……。
戸惑っていると、少し先でさっきのうさみみ少女達が一生懸命袋を吟味しているのが見えた。
そこへ店員さんと思しき男の人がにこやかに近づく。
あ。この雰囲気、覚えがある。
現代とも共通した雰囲気。私はそれほど興味がなかったけれど、友達がすごいいっぱい買ってたっけ。
うさみみ少女達の目が、ブランド物を探すときの友達の目に似ている。
もしかして…ここ、ブランド袋屋?
☆
リオンの村の中、『終の木』(ついのき)と呼ばれる巨大な木の中は人が住めるようになっているが、ここに住めるのはお金を持つ一部の者達だけだ。
態々くみ上げなくても、木の一部を開けば冷たい水が湧き出るので水を汲みに行く必要が無く、一年を通して気温と湿度が保たれる為に『終の木』に入りたい者達はたくさんいる。
では裕福ではない者達はどうするのか。『終の木』の周囲にある木やレンガで組まれた家か、幌を被せただけのような場所で生活するのだ。
そして森で大量の魔物から硬い木を得た少年、アルフィースは露天が出ている間をすり抜けて裏通りに入った。
手には硬い木を売ったことで得たお金で買った、クッキーのようなお菓子の詰まった布袋を持ってニコニコとした表情は、年齢通りの明るい少年を思わせる。
アルフィースが裏通りに入るとそこにはまるで長屋のような家々が続き、裸同然で鼻水を流しながら走り回って遊ぶ子ども達がいて賑やかだった。
裏通りとは言っても暗い印象は無く、むしろ大家族の住む家の庭といった雰囲気で騒がしい。
「お。アルじゃないかい。随分遅かったね」
いたずらをして年下の子を泣かせた男の子にゲンコツを落としながら、恰幅のいいおばさんがにこやかに話しかける。
「エバおばさん、ただいま。今日はちょっと臨時収入があってね。ほらお前ら、お菓子やるぞー」
「わー!アル兄ちゃん!ありがとー!」
「おー!」
「いっぱいあるー!」
わらわらと、どこから出てきたんだといわんばかりの子ども達がアルフィースに群がった。アルフィースはニコニコとしながら整列だぞー。と声を掛けて子ども達にお菓子を配る。
「まぁまぁ。こんなに。一体どうしたんだい?」
「森で魔物を退治して、取れたものを売ったら少しはお金になってね」
「また森に行ってたのかい……危ないから、いくらアリエちゃんの為でも無茶だけはするんじゃないよ。一番悲しむのはアリエちゃんなんだからね」
「はいはい、わかってますよ」
いつものように気遣うエバの言葉に、苦笑しながらちょっと気まずそうに肩を竦める。
亡くなった母の友人だったエバは、母が亡くなった後もアルフィースとアリエ兄妹を我が子のように接してくれた。
今もあまり外に出れないアリエを世話してくれている。頭の上がらない相手だ。
エバに別れを告げて向かった長屋の奥に、こじんまりとした赤レンガの家があった。そこが兄妹の住む家だ。
玄関から入り、寝室の扉を叩く。
「ただいま、アリエ。お土産買って来たよ」
「お帰りなさい。兄さん…」
扉を開けて入ってきたアルフィースを笑顔で迎えたのは、ベットの上で絵本を読んでいた少女だった。"色素の薄い少女"それが彼女の第一印象だ。
顔立ちもアルフィースに似ていて、アルフィースと同じ髪の色、瞳の色を持ちながら全ての色が薄い。
腰まで伸ばした金髪がサラサラと金糸のように流れる姿も、まるでいまにも消え去りそうな儚げな少女。兄を迎える笑顔そのものも、また儚い。
まだ10歳にもなっていない少女は、本来ならば外で遊ぶ子供たちと同じように遊びたい筈だ。しかし、少女の体はそれが出来ない。
『精霊依存病』少女が産まれた時、そう診断された。
精霊に祝福された『精霊の依り代』とも呼ばれ重宝される事もあるが、また別な地方では人とは異なる『異能力者』として差別される事もある。
どちらも共通するのは、その力を利用しようとする者に自由を奪われるという事だ。
幸いアルベリア王国は成り立ちから精霊と関わっていてこの症状の研究も進んでいる為、どちらかといえば重宝される傾向にある。
この『精霊依存病』は『異能力者』の別名が示すとおり魔法とは異なる力を持つ者達の総称で、魔力を使わなくても魔法のようでありながら、魔法とは違う様々な力を振るう事が出来るようになるのだ。
例えば、相手の考える事が分かる。例えば、遠くのものが見える。例えば、ある程度未来を予知出来る。他には手を触れずとも物を動かせる、瞬間的にまったく別の場所に移動できる、魔力無しに炎の力を使えるなどがある。現代で言えば超能力と言える能力を持つもの達の事だ。
原因は不明。
だが、ハッキリとわかっている事が二つだけある。一つは、力を使えば使うほど存在が希薄になる事。
『精霊依存病』の名前の由来となったのも、まるで精霊のようにおぼろげな存在になるので精霊となる為の前段階に違いない、という迷信が名前の由来だ。
そしてもう一つは、長くは生きられないという事。『精霊依存病』になった者で成人した者はいない。
アリエも例に漏れず、すでに足が満足に動かなくなっていた。
「今日は森で偶然お金になる山菜を見つけて、ちょっと懐が温かくなってね」
もちろん、嘘だ。アリエに無用な心配をさせたくないから、気まずい想いを笑顔で隠す。
「お土産もあるぞー。はい、お菓子。それと新しい絵本も買ってきたよ」
「わぁ!ありがとう、兄さん…!」
絵本とお菓子を受け取り、ほんわりと微笑む笑顔の頬が扱けている。最近は特にあまり食べれていない。アルフィースは滲みそうになる涙をぐっと堪えて微笑む。
椅子に腰掛け今日あった出来事を話そうとした時、外の扉を叩く音に中断された。
「お客さんかな?絵本でも読んで、ちょっと待っててね」
にこやかにアリエに伝えるが内心は嫌な予感がする。
アリエから見えないように部屋を閉め、わずかに躊躇しながら外の扉を開けた先にいたのは、身長がアルフィースより頭二つ分は大きい、笑顔を貼り付けたような顔の男だった。
アルフィースは思わず溜息を付く。
その事に気を悪くした風もなく、皺一つ無い青い神官服を身に纏い、くすんだ茶色の髪と紫に近い青い瞳を持つ40代と思われる男はにこやかに微笑む。
「ごきげんよう、アルフィース君。早速で申し訳ないですが、例の件を考えてくれたでしょうか?」
「その件はお断りしたはずです」
「ですがね、『精霊の依り代』の御家族の負担はやはり容易ではないでしょう。その点、我々は最後までしっかりと手助けすることが出来ます」
「負担には思っていません」
「とはいえ、我々であれば御家族の方にも少なからず支援金を用意できますし────」
硬い声で断るアルフィースに構わず、男は教会がいかに精霊の依り代を大切に保護しているか説き続ける。
男は聖ルセラオン教の神父で、精霊の依り代となった子供達を集めていた。
つまりは、妹であるアリエを渡せというのだ。
聖ルセラオン教は創造神ルセラオンを崇拝する宗教だが、元々は帝国に本拠地を置くルセラオン教会の分派で、ルセラオン教会が唯一神として他者を認めないのに反し、聖ルセラオン教はそれ以外の神も"ルセラオンの使い"であるとする教義を持ち、アルベリア王国創成期に出現した『精霊の巫女』をも、"ルセラオンの使い"であるとしていた。
それ故に、『精霊の巫女』の後継者とも考えられている『精霊の依り代』となった子供達を引取っているのだった。
アルベリア国内では特に宗教の制限は無いが、まるで『精霊の巫女』を下に置くこの教えに賛成する者は少なく、どちらかといえばカルト的な目で見られている。
「とにかく、お断りします!」
毎回のように同じやりとりに、アルフィースはぐったりとする気持ちを押さえて強く扉を閉めた。
「我々はいつでも待っていますよ」
扉越しに男の声が聞こえ、ゾッとする気持ち悪さを忘れるように鍵を掛ける。
「兄さん…どなただったの?」
部屋に戻ると、不安げな表情を浮かべるアリエに何でもなかったと微笑む。
「それより、そう言えば今日も森で不思議な事が────」
その時、けたたましく村の鐘が鳴らされた。
「これは…!」
魔物の襲来を知らせる鐘。しかし、今まで何度かあった鐘の音とはまるで違う、狂ったように叩く音にアルフィースは冷たい汗がにじむのを感じた。
☆
それまで伏せていた魔狼の二匹が唐突に立ち上がった。
二匹の瞳は森に向けられ、強い警戒を表すように尻尾の毛が逆立つ。
「お、おい。どうした?」
尋常ではない様子に、近くにいた警備隊の一人の男がうろたえるが二匹は構わず森を睨みつける。
二匹がここまで警戒をあらわにする事は初めてだった。
ヒタヒタ……。
言い知れぬ恐怖を感じていた男の耳に、足音が聞こえた。
ヒタヒタ。ヒタヒタ。
その音は森から。
ヒタヒタ。ヒタヒタ。ヒタヒタ。
裸足で地面を歩く音。
ヒタヒタ。ヒタヒタ。ヒタヒタ。ヒタヒタ。
一人ではない。
ヒタヒタ。ヒタヒタ。ヒタヒタ。ヒタヒタ。ヒタヒタ……。
何人も、何人もが裸足であるくような音が聞こえた。同時に、何かを引き摺るような音も聞こえる。
ゴクリと唾を飲み込み、男も森を睨みつけるが何も見えない。横には同僚がいる筈だが、そちらを見る余裕すらなく男は森を凝視し続ける。
「カハァッ」
小さな笑い声と共に、視界に突然老人が現れた。
「えっ、」
理解できなかった。視線は一度も逸らしていない。しかし、左目と左腕の無い老人が男の視界に現れるまでその存在を認識できなかったのだ。
「にんゲん、わレの、ようブんと、なレ……」
意味が、理解できない。老人が手を伸ばしてきているのに、男は反応できなかった。
まるで脳の中から視界をかき回されるように目の前がぼやける。
「ガアアアアアアッ!!!」
「チッ、!」
突然男の視界が炎で赤く染まった。
「おい!逃げろ!」
「…え…?」
いきなり目の前が赤くなって後ろに引き摺り倒されても尚、男は何が起きているのか分からない様子だった。
「まずい、魅入られてる。すぐに後ろに下がらせろ!」
呆然とした男を連れ去るようにして下がらせ、代わりに数人の他の警備隊の者が出てきた。
男を後ろに引き摺り倒したのは、他の者達とは違って銀色の鎧を身に着けた騎士のような男である。
「ゼガン!ミレフ!気をつけろ、そいつは魔族だ!」
騎士の男からつがいの魔狼に指示が飛び、魔狼の二匹は承知したとばかりに口から業火を吐き出す。最初に老人に攻撃を仕掛けたのはこの炎だった。
老人はうっとおしそうにその炎を弾くと、ニタリと笑って虚空に消える。
「消えた…」
「ま、魔族…!?」
「油断するなよ!やつらの攻撃はこれからだ!」
その声に集まった僅かな警備隊の者達に動揺が走り、その目は一斉に言葉を発した銀色の鎧を纏う騎士風の男へと集まった。
「ナビツ殿、魔族で間違いないのですか…?」
警備隊の年若い一人が恐る恐る尋ねる。未だ成人していないと思われる若い顔立ちの少年は、実戦経験もほとんど無いらしく傍目から見てもわかる程に怯えていた。
「ああ、間違いない…だが、我々がいるのだ。どうにでもなる」
動揺など微塵もないように堂々とする騎士の姿に、不思議なことにそれだけでいくらか若い少年の緊張が解けた。
「すぐに村長と警備隊長にこのことを知らせてくれ。それと、急いで門を閉めるんだ」
「はいっ!」
さっきまでの怯えきった表情から少しだけ落ち着きを取り戻した少年の後姿を見送り、視線を門の向こうに戻す。
男の纏う銀色の鎧は、アルベリア王国でも選りすぐりの精霊騎士団に所属するものしか着れない。
騎士の男の名は、精霊騎士団第三部隊第二小隊隊員隊長ナビツ・クレセリム。この場にナビツがいた事は、彼らにしてみれば幸運な偶然だった。
任務中に偶然馬車が壊れた商人の一家を発見し、この村まで送り届けた時だったのだ。元々ナビツ自身がこの村出身だったこともあり、ついつい長居したのは幸か不幸か。
ナビツは警備隊の者に指示をしながら油断無く森を見つめる。
「まずいな…」
呟くナビツの青い髪が風で揺れる。その風に乗ってすさまじい腐敗臭がここまで来た。むせ返りそうなほどの腐敗臭。それが意味する事を考え、表情が硬くなる。
巨大な鉄の門が閉まる直前、森から出てきた"もの"達が目に付いた。
木と木の間、草むらの間、いたるところから村を目指して押し寄せようとする、大量の人々。
「やはり、死霊使いか…!」
いや、人々"だった"もの。体のあちこちが腐り、体の一部を落としながらも進む不死者の大群が閉まる門の向こうに見えた。他にも、魔物だったものもいる。
ズズン、と音を立てて門が閉まったが、果たしてこれがいつまで持つのか分からない。
もうじき日が暮れる。戦力としては精霊騎士団第三部隊第二小隊5人と、村の警備隊およそ100人。死霊使いと対峙するには圧倒的に人が足りなかった。
ナビツは顔を寄せるゼガンの頭を撫でながら、『精霊の巫女』に祈る。
アルベリア王国建国の際に現れ、その力で多くの人々を助けた少女。精霊術による回復は幾人もの人々を瞬時に癒し、その力は失われた魔力すら回復させたという。
そして、世界を滅ぼそうとしていた魔神との戦いで、その身を犠牲にして散った少女。アルベリア王国のものであれば誰もが幼い子供の頃によく聞かされた、おとぎ話の一節。
アルベリア王国では国としての宗教は無いが、『精霊の巫女』を崇拝するもの達が多い。
「『一人でも多くの人を救え、それには自分も含めろ』…か」
彼の尊敬するこのアルベリア王国の女王の言葉。
それを思い出しながら、ナビツは覚悟を決めた。
☆
不死者達との戦いが始まる寸前に、何とか避難の指示を出す事が出来た。だがそれ以外は絶望的だった。
ゼンは作業に奔走する隊員達を指揮しながら、重い溜息を吐く。
確かに精霊騎士団の騎士5人は重要な戦力にはなるが、逆に言えば魔族とまともに戦えるのは彼ら以外はいない。という事は、今門の向こうで蠢く多数の不死者の相手を警備隊の者達だけでしなくてはならないという事。
門の上では数人の隊員が必死に不死者に向かって矢を射掛けているが、不死者に矢は効果が薄い。何しろ死んでも動いているような連中が、今更たかが矢の数本当たった所でどうにかなる筈がなかった。
「隊長、防御柵の設置終わりました!」
「うむ…では、火を焚け」
ゼンの指示を受けた隊員が門の前に設置された囲いに火を放つ。その火は次々と松明に燃え移り、門の前にぐるりと設置された鋭い木で出来た柵を照らす。
不死者を倒す為には、燃やすしかない。しかし、この場に火の魔法が使えるものは精々10人いるかいないかだ。さらに不死者に確実にダメージを与えられる者となると、3人いるかどうか。
魔狼であるゼガンとミレフの2匹に期待するしかないが、焼け石に水になりかねない。にもかかわらず、門の向こうにいる不死者の数は分からない程だ。
さらには魔物だったものが不死者となっている。これは最悪といってもいい。ただでさえ強力な魔物が、さらに不死者となった事で途轍もない怪力を発揮するのだ。
ゼンの思考を遮るように、激しく門を叩く音が聞こえる。
離れて立っているゼンの体にもビリビリと衝撃が伝わる程の勢いで叩かれる門が、いつまでも耐えられるとは思えない。
だが、ともゼンは思う。自分の成す事は、村人を1人でも多く逃がす事だ。
すでにレムセレスには村の後方から村人達を逃がせと指示してある。そして、そのまま逃がした村人達と隣の街へ行けとも指示してあった。その中にはゼンの娘も入ってる。
「ふ…、孫の顔も見たかったが…何より、アイツの花嫁姿が見れなかったことが悔やまれるな────」
苦笑を浮かべるゼンの言葉は砕け散る門の音に掻き消され、周りの隊員達には聞こえなかった。
村の正面の門が破られてそこから飛び出した魔物の不死者。
巨大、という言葉が相応しく思える巨体。およそ5メートルはあろうかという人型の魔物。
シルエットだけは人型に見えるが、その実態はまったく違う。どす黒い体のあちこちが蠢いている正体は死に切れなかった人や他の魔物。
人や魔物の死体をツギハギして作られた、魔法で動く"人形"──その黒い泥のような目が矮小な人間を見下ろす。
「キィーーーーーヤアァァァァ!!!」
そして、外見からは想像できない女のような金切り声を上げて、両手を滅茶苦茶に振り回した。
巨大な丸太を振り回したような攻撃は、木の柵を容易く粉砕して破片を辺りにばら撒く。
「…このぉ!」
火の魔法を使える者の一人が炎の玉を人形に向かって放ち、その炎の玉は確かに人形の顔に命中した──── 筈だった。
炎に包まれた顔に、何の反応も示さずに人形が腕を振るう。
魔法が直撃した油断から棒立ちだった隊員は逃げることも出来ずに、凄まじい力で吹き飛ばされた。
人間の体が野球のボールのような勢いで宙を舞い、民家の壁に叩きつけられる。
「おのれっ……!」
他の隊員が吹き飛ばされた者に駆け寄るのを確認する間も無く、剣を構えたゼンの横をするりとすり抜けた者があった。ゼガンとミレフだ。
獣の咆哮の代わりに二匹から炎が放たれ、さっきの魔法よりも遥かに強力な衝撃が人形を直撃した。人形は真っ黒い血のような体液を撒き散らしながら後ろにぐらりと体勢を崩す。
「やった!」
「まだだ!」
門の上にいた隊員の歓喜の叫びをゼンが否定する。
ゼンの叫びで急停止したゼガンと、続けて攻撃を仕掛けようとしたミレフの運命が分かれた。
体勢を崩した筈の人形の濁った目が鈍く光る。ぐじり、と二匹の攻撃を受けた胸の辺りが盛り上がった。
「いかん!逃げろ!」
ゾワリとする危機を感じ取ったゼンの声は、人形の中から現れた腐った女の叫びによって掻き消された。
『亡者の叫び』が痛みを伴ってその場に広がる。
「ぐああああああっ!!!」
その声で何人もが耳を抑えてうずくまった。
一瞬呼吸が止まり、脳を直接叩かれたような痛みでぐわんぐわんと視界が歪んで、猛烈な吐き気が襲う。
最悪だ。相手は『死霊使い』であると騎士から聞いていた筈なのに、人形の外見で油断した事にゼンは気付いた。
ミシリ、と音を立てて人形の胸の辺りから下半身が埋まったままの女が這いずり出す。亡霊の魔物の中でも厄介な、『叫び女』だ。
死を呼ぶ叫びは体を麻痺させ、生きとし生けるものを同じ亡霊に引きずり込む。
動けなくなったゼンの視界に、倒れて泡を吹きながら痙攣するミレフが映った。
そこに人形が近づく。
「…がっ、み、れ…」
叫び声も出せないまま、必死に目を開けようとするがもう上下の感覚も無い。
ゼガンも必死に立ち上がろうとするが、優れた聴覚が逆にアダとなった。
動けない者達を嘲笑うように続けて放たれた女の叫びに、再び膝をつく。
人形が、動けないミレフを掴み上げる。
そしてそのまま、まるで無邪気な子供がおもちゃを投げつけるように、ミレフを地面に叩き付けた。
☆
やっぱり油断できないよ異世界。
袋の絵は袋屋でした。
よく考えれば当たり前だよね。
そして葉っぱの絵はハーブ屋。見たことの無い葉っぱはどう見ても不思議草にしか見えないけれど、お茶にして飲んでるのを見たので多分そうだと思う。
杖の絵は占い師?の館。何かいかにも占い師です、といわんばかりのお婆さんが水晶を覗き込んでいました。
巻物の絵は本屋。ハタキをパタパタ振る犬耳お姉さん萌…ゲフンゲフン。
ペンの絵は郵便局?。手紙を受け取って集めているし、代筆らしきものをしていた。
箱のような絵は荷物を送る所らしい。黒い猫がいたし。
をぃ。
をぃをぃ。
道具屋はどこだ…。
ウロウロと歩き回ってみてもどれがどれだか分からない。
うおー…と家の影でしばらく悩んでいる間に、通りに誰もいなくなりました。
あ、あれ?
いつの間にか誰もいない。キョロキョロと辺りを見回しても、さっきまでいた人影が全くありません。
あ。そういえばさっき鐘が鳴ってたような…時計が無いから時間の感覚が曖昧だけど、太陽の感じから午後六時ぐらいだと思うんだけどね。
店じまいの時間だろうか?よくこういう世界だと、暗くなる前に店じまいしちゃうんだよね…って、まだ肝心の店を見つけてないじゃーん!
途方に暮れても、店はどんどん閉まっているわけで…むぅ…こうなったら…原点に戻ってみよう。
迷子の基本は迷った時点でその場から動かない事だよね。
散々動き回ったけどな!
えっと…確か、大きな噴水のある広場を背にして歩けば正面に出れる筈…を。遠くの方では喧騒が聞こえる。酒盛りでも始まってるのかな。
異世界モノの定番、酒場イベント!何か新しいイベントがあるかもしれない。おらワクワクするぞー(ヤケ)
てくてくと歩いているけれど、ホントに人っ子一人いなくなったねー。
でも、声が聞こえる方向ではすごい大勢の人がいるみたいだ。
さて。この木の角を曲がれば門が…みえ…みえ……………………………………………………え。
意気揚々と道を曲がった瞬間に見えた光景に、一瞬意識が飛んだ。
ばいおはざーど……。
そんな単語が頭の中をぐるぐると周り、体が硬直する。目の前の光景はゾンビ。ああ、うん。ゾンビだ。私は確か異世界に来たはずだけど、いつのまにかゾンビゲームの中に来てたようです。
私の目の前で起きている事がまるで映画の中に潜り込んでしまったように現実感が無い。パニックになりすぎて、頭の奥がジンジンと熱くなっていく。心臓が痛いくらいに激しく鼓動して苦しい。足がガクガクと震える。
目を逸らしたいけれど、心に急ブレーキをかけて必死に何が起きているのか理解しようとした。
ようやく目を向けることができて見えたのは、破壊された門だった。途轍もない力で破壊されたのか、内側に大きくひしゃげてそこからゾンビが溢れている。
何人もの人達が必死に溢れるゾンビを押しとどめようと奮闘しているけれど、ゾンビは圧倒的に数が多い。更には何だか大きなゾンビまでいる。
その中にあの狼がいた。狼もあちこち怪我をしているらしく、毛並みに赤いものが沢山混じっている。
…あ…小さい方の狼がいない…。
ザワリとした気持ちが広がる。
別に狼と交流があったわけでもないけれど、村を守っている姿を見たからか、胸が締め付けられるのを感じた。
視界が滲む。
へたり込みたいのを堪え、ギリッ、と歯を食いしばる。
ここでヘタレてる場合じゃない。私には、出来る事がある。この世界に来て、出来ることがある!
うおおおおおおおおおお!!!さぁ、全力支援を開始しよう!!!
だからお願い、足ようごけーーーー!!!