プロローグ 起死回生
近くの街にてお父さんに頼まれた仕事を熟していた、死ぬほど世間知らずな無職の俺。
名前は甲高隆真。
二十歳ながらも無職で、知識を身に着けなさすぎて外に出歩くなんて碌にしない。
それ故に、家族のことを大事にしている。
頼まれた仕事と言っているが、実際は腰を痛めたお父さんの代わりとして自ら赴いているというだけ。
それを過保護と言う人は、何処かしらに居るかもしれない⋯。
だが俺は、過保護と言われたって家族の心配はするし、肩代わりだってする。
それはきっと、生まれながらの類稀ない考えなんだろう。
ただ、家族のために職を持とうと思ったことはない。
この世界はこことは違う世界のように、多種多様な職があるわけではない。
殆どが、命をかけるような仕事ばかり⋯。
そう、両親に教わってきたからだ。
勿論心の奥底では、「家族のためにお金を稼ぎたい」とか、「家族に活躍してるところを見せたい」とか、成長した考えを持ち合わせているのだが。
それでも家族は、「離れないでほしい」という選択をしたのだ。
だから俺は、その選択を受け入れ、温かい空気の中を家族と共に過ごしている。
そして俺には、姉と弟がいる。
名前は姉が渥美、弟が勝真。
つまり俺の家族は、両親入れて五人というわけだ。
性格は、姉が意地っ張りでツンデレな性格、弟が泣き虫で抑え気味な性格。
この世界では割とありふれている性格みたいだ。
もちろん友達も、一人だけいる。
名前は「八宮煉瓦」。
今は絶賛引きこもり中なんだろうが、昔は持ち前の想像技で俺の心を圧倒していた、唯一無二の男だ。
引きこもった理由について彼は何も言わないが、親がいなかったから恐らく家族内でのトラブルが引き金になったんだろうと思う。
明日にでも様子、見に行こうかな。
俺の家族はそんなに喧嘩が頻発してるって訳では無いが、強いて言えば姉弟ゲンカだろうか。
弟である勝真が姉の渥美を挑発し、怒号が飛び交うくだらない論争喧嘩勃発。
仲裁役として俺が真ん中に立つような構図が殆ど。
その光景は、まるで龍と虎が睨み合っているような感じだ。
勿論俺から姉や弟に喧嘩を売ることはないし、向こうから喧嘩を吹っ掛けられても反抗なんて一切しない。
なにせ、姉も勝真も大事な家族の一員だから、傷なんてつけた日にゃ命を投げ売るぐらいの覚悟はある。
―北西の街 サンドロープ―
気付けば空は真っ暗。
星が空一面に光って、綺麗に見えている。
ひんやりとした風が身体に当たって、心地が良い。
そんな、落ち着いた夕方の雰囲気を楽しみ、家のある方向へ鼻歌交じりで歩いた。
「ん?⋯なんか、焦げ臭いな?」
ふと、辺りの匂いに違和感を感じた。
火でバチバチと何かが燃やされているかのような、煙たく焦げ臭い鼻が曲がるような匂いがしたのだ。
しかも、よくよく目を凝らして奥を見てみると、まるで火がそこにあるような光が薄っすらと見えた。
誰かが火を使って遊んでいたのか、バーベキューをしていたのか、今の俺にはさっぱりわからない。
ただ一つ言えることは、ここの周辺は森で囲まれていて、人は滅多に通らないような静かな場所。
火なんて使うような人は来ないし、「放火魔が居る〜」だとか、そういう変な噂が立っているわけでもない。
ただ単に、そういう噂が俺の耳に入らなさすぎるだけかもしれないが⋯。
でも確実に、今俺が向かっている方向に匂いは集中している。
そして、一つだけポツンと建っている、何の変哲もないような家族の住処が、そこにはある。
「⋯!!」
変に、嫌な予感がした。
喉の奥を針が突き刺してくるのと同じような、痛みを伴うような予感が。
今向かっているのは、沢山の木に囲まれ、ポツンと建っている我が家。
その家にはお父さんがいて、お母さんがいて、姉がいて、勝真がいる。
この世で一番大切な家族の皆が、そこには居る⋯。
もし、誰かがこの森で火遊びをしたっていうんなら。
誰かがこの家を燃やそうと企てていたっていうんなら。
この光景を見て察する出来事は、唯一つ。
大切な家族が、一瞬で、跡形もなく、燃えて死んでしまう⋯⋯。
怖くなった俺は、さっきまで歩いていた道に戻ろうかと思ってしまった。
だが、前へ進むか後退りするかの選択肢に押しつぶされ、身動きができなくなった。
前に進むしか俺に残された選択はないっていうのか⋯?
家族の死に様を想像して、家さえも燃やされて消えゆく情景を見つめろっていうのか⋯?
見殺しにしろっていうのか⋯⋯!?
どうしようもない焦燥と嘆きが、頭を狂わす。
「一体⋯、誰がっ⋯!!」
涙混じりで掠れている、情けない一声。
ぎゅっと握って解けることのない、誰に振るうかもわからない拳。
失う怖さに揺れ動き、徐々に痛くなってゆく心臓。
重荷に耐えられなくて、自責の念に飲み込まれる醜い頭。
涙ぐらいしか浮かべられない、ワンパターンすぎる表情。
迷いが生じて、悔しさと悲しさが混ざったような複雑な感情が襲ってくる。
だとしても、俺は前に進むしかない。
遣る瀬無い気持ちを抱えても、家族は家族。
俺の中に、家族の死を拒む理由は、決してないのだ。
バチバチと音を立てる火花の音。
近づくにつれ地獄を見るかのように明るくなる前の景色。
恐れ続けて、でも一歩一歩、慎重に着実に進んでいる。
本当は、今すぐにでもその場から逃げ出したい。
家族を失ったことへの負の感情が、死ぬことによって全部チャラになるかもしれないから。
でも、俺は家族の一員で、その死に様を見届けなければいけない義務がある。
神様とやらに課せられた、なんとも屈辱的な責務だ。
それを全うするためには、一生分の覚悟を決めなければならない。
どんなに悲しかろうが、どんなに恐ろしかろうが、宝物のように大切な命を絶対に見捨ててはならない。
道徳心の欠片もないような悪人とは、まったく違うのだから。
「―――ぁ⋯?」
――一足、遅かった。
残酷にも、目の前にある家には、龍のような炎が広がっていた。
その無残な光景を見て、俺は情けない呻き声を漏らした。
そして、徐々に沸々と湧き上がる感情と共に、家族全員の名前を呼ぶ。
「⋯⋯お、父さん⋯⋯⋯?お母⋯、さん⋯⋯⋯?姉、ちゃん⋯⋯!おとう…と⋯⋯!みんなぁぁっ⋯⋯!!」
そう叫んでも、誰も返事をくれない。
いや、そんなの疾うにわかっている。
わかっているけれど、呼んでしまっている。
炎の奥底で、まだ誰かが生きていることを、期待しているせいだ。
「そんな⋯。一体⋯⋯、一体、誰が⋯⋯っ?」
誰がやったかなんて、全くわからない。
なんの目的でやったかなんて、全く理解できない。
何も知らないまま、只々泣き叫ぶしかなかった。
家族のことを心配することも出来ないで。
一人頼まれていた仕事を鼻歌交じりに終わらせて。
結局見殺しにして。
家族のことをどうとも思っていない証拠だ。
家族を愛していると、思い込んでしまっていたんだ、きっと―。
俺は最低な男だ。
この世で一番大切な存在を、死なせてしまった人間だ。
心の底から落胆し、空を仰ぎ見て、地獄に落ちたいと、そう懇願してしまった。
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夜が明け、朝日が街を照らす時刻。
近くの木に凭れて寝ていた俺は、涙でぷくっと晴れた瞼をゆっくり開け、憂鬱そうな目を世界にお披露目した。
お披露目なんて笑えない冗談、死んでもしたくないのだが。
そして、目の前にあるオンボロな炭小屋を見て、吸い込まれるように中に入った。
なにもない筈なのに、殺風景なリビングを見渡してボーッとする。
そして、ふと近くにあるキッチンに足を運ぶ。
そこで俺が手にしたのは、まだ焦げていない、先の尖った調理用ナイフだった。
気づいた頃には、この思考に目覚めていた。
悲しさと寂しさ、虚しさに耐えきれず、現実逃避まっしぐら。
そして俺には、それを止める自我も勇気もなかった。
ズタボロで黒焦げ、穴だらけ過ぎてあちこちに陽の光が差し込んでくるぐらいの、殺風景過ぎるキッチンで。
俺は、誰も居ない内に、ひっそりと自殺を図った。
今の俺には、他人を信用する気力がない。
誰かがこの家を覗きに来たら、他人事のように「生きろ」と言われるだけだから。
俺が、空しくなるだけだから。
手がブルブルと震えて仕方がない。
死にたくないとまだ心がどよめいている。
だが、そんなのは衝動的な身体の抵抗に過ぎない。
今更怖がってても、遅いのだから。
「―――っ」
鋭利な刃の先が窪みができている胸囲にゆっくりと近付く。
その度に恐れや怯えが増えていく。
それで自殺を止めるのは甘えだと自分に言い聞かせて、目を細めつつ刃を近付ける。
少しずつ少しずつ、怖さを抑えて。
楽になることだけを考えて。
俺はなにも悪くない。
家族も悪くない。
誰も何も悪くない。
だからきっと自殺することも悪いことじゃないんだ。
今死んだら楽になれるし、死んだ家族に会えるし、いい事づくしだ。
命を投げ売ることが誰かのためになるわけじゃないし、自分のためになるわけでもない。
誰も人一人の死なんて望んじゃいない。
それは周知の事実ではある。
ただ、自分が天国に行って、幸せになれるんなら。
家族が幸せに思うんなら。
俺は喜んで、死を受け容れる。
思い込みを重ね、そっと息を殺して、ぎゅっと握ったナイフを胸の窪みに当てる。
―その時だった。
「誰か〜!誰かそこに居ますか〜!居たら返事して下さい!!」
綺麗で濁りのない女の人の声がした。
こんな時に、邪魔しに来たのか?嫌がらせか?
なんとかバレないように、さっきよりも喉を潰す勢いで息を殺す。
「あれ⋯?誰も居ないのかな⋯?あの火事からだいぶ時間も経っちゃったし、皆あの火に飲まれて⋯?いや、ないことを信じよう!誰かしらは居るっ!ってことで、お邪魔します。」
あぁもう、邪魔が入る⋯⋯。
頭に亀裂が入るほどの怒りを顔に込める。
さっき厄介だと自分で警戒したばっかりなのに、なぜこうも早く邪魔が生まれる⋯!
怒鳴ろうとする自分を正当化しつつ、声を上げた。
「ちょっとあんた、何なんださっきから。うるさいんだよ⋯!あぁ、生存者はいるよ!あんたのすぐ近くに!だけど俺は今心が沈んでんだ、だからしばらく助けはいらない。一人でいい⋯!助けようとしてんなら帰ってくれ!ほっといてくれ!!もう、楽にしてくれよ⋯!!」
喉に空洞が開くぐらいの訴えをぶつけた。
近くにいるその人には、俺の気持ちなんて一ミリも伝わりやしないんだろうが。
思わぬ怒鳴り声で驚いたのか、声がしばらく聞こえなくなった。
少し、言い過ぎただろうか。
「わ、悪い⋯。少し言い過ぎた、言い過ぎたよ。ただ少し、人に見せられないような状況に陥っているんだ。だから思わず⋯⋯、ご、ごめんな⋯!!」
すると、しばらく間を開けて。
「こちらこそ、ごめんなさい。私は大丈夫です⋯。人がいるなら、良かったです。無事なら、良かったです。」
声色を落として、悲しそうにそう言い残したその人は、俺の元から去ろうとしている。
姿は見えないが、さっきの怒号に怯えて逃げようとしているのは確かだろう。
怖がられることは、意外と少なくなかったからな。
顔も声も、強面の役人みたいだと、周りの子供に言われ、恐れられてた。
そのことを思い出して、ひっそりと泣き雫を飲んだ。
俺は今、彼女に酷いことをした。
自分の死を優先させ、遠ざけようとして、助けようとしていただろうに⋯。
俺の慈悲の無い無責任な嘆きで、彼女の善意を台無しにしてしまった。
―俺は悪い人だ。
会話中に弱めていたナイフの握りを強くし、離れていた刃渡りとの距離をもう一度縮め、彼女が居ないうちに死のうとした。
「⋯わけ、良かったわけ、ないですよ、良いわけ無いですよ⋯!死ぬのはこの世で一番後悔する行為、それを止めるために私はここに居るんじゃないの⋯?その人が死のうとするのを止める、それ以外に私に出来ることはないはずよ⋯!!私っっ⋯!!」
詰まった息をどっと吐き出すような声が聞こえた。
俺が逃げていたと思っていたその人は、まだ近くにいたんだと、その声で気付いた。
でも、きっと彼女ではどうすることも出来ない。
死ぬことはずっと恐れているが、俺は確かに死のうとしている。
止められるはずの心を閉ざして、生を拒絶している。
昨日感じた絶望が全身に流れ込んできて、それらが全て呪縛になって解くことができない。
俺の心のどっかが「死ね」と言ってきている。
身体がそれを受け入れて離れないから、どうすることも出来ないんだ。
「誰かはわからないが、ありがとう。そうやって言ってくれたのは、最初でも最期でもきっと、あんたが、君が初めてだろう。その恩は天国に行っても、忘れないよ⋯。だから、どうか許してくれ⋯⋯!」
嗄れ声でそう言い放ち、ナイフを思いっ切り胸に刺そうとした。
その時だった。
「死なないでってぇ⋯っ、言ってんでしょうが!!」
今までの声とは違い、焦りと怒りが入り混じった真剣な声色で怒鳴ってきて、俺の前に現れたと思ったら、ナイフを俺から離そうと引っ張ってきた。
死なれたら困るとしても、そんな極度に優しい人間なんて存在するはずがない。
世間知らずだからただのイメージだけど、この世には大事なものをサッと盗んだり、憎んだ相手をサクッと殺したり、人を上手い具合に利用して騙したり、ましてや昨日の様に俺の唯一無二だった大切な命を軽く燃やしたりするような奴がそこら中にわんさかいるに違いない。
でも、彼女は⋯、この女性は⋯⋯、すごく優しい。
死なれたら嫌だと、困ると、行動と言動、そして目で訴えてきているのだ。
「ど、どうして、こんな俺なんかを⋯!」
「さっきも言ったでしょう?ほっとけ無いからですよ、死のうとしてる人をね!」
「⋯⋯」
俺は本当に馬鹿なことをした。
死こそが他人の迷惑だということに気づかず、自ら死んで責任から逃げようとしていたのだ。
家族でさえもそんなことは一切望んでいないはずなのに、勝手に自分を責め立てて⋯。
そんな俺が、一番馬鹿だ。と、結局自分を責めてしまう俺なのだが。
家を燃やして家族を殺した奴を憎んで恨んでも、その憎悪だけが残るだけで家族の魂は戻らない。
自暴自棄になったって、全て関係ないと割り切ったって、その思考はきっと悪の思考に過ぎない。
つまり、家族を殺した奴と同類になってしまう。
それは絶対に嫌だ。
ここで踏みとどまっておいて本当に良かった。
今はただ、この女性に感謝するしかないな。
俺は近くにそっとナイフを置いて、女性に目を向けた。
「ありがとう。君が止めてくれたお陰で、だいぶ落ち着いたよ。自分の愚かさにも気づけたし、解決策?みたいなのもわかったし。」
「良かった、それだけで大丈夫です。それより⋯、さっきは怒鳴っちゃって、本当にごめんなさい!」
「良いんだよ。俺も君に怒鳴っちゃったから、お互い様だ。」
「有難う御座います!」
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ここから始まったのが、「殺人識別」という仕事。そして、俺の第二の人生。
彼女が止めてくれなかったら、きっとその仕事だって生まれなかっただろうし、沢山の人でさえも救えなかった筈だ。
まぁこの時点ではまだ、その発想には至ってなかったし、正直命をかける仕事なんてしたくなかったが。
彼女から貰った命と勇気を、きっと無駄にしたくなかったんだろうな。
自分が謙遜しがちな男だとつくづく思うよ。
これから始まる新たな物語を、ちゃんと家族に見届けてもらいたい。
もしかしたら昨日や今日のように、死ぬ寸前まで追い詰められるようなことが起きてしまうかもしれない。
でも、その度に誰かに支えてもらって、立ち上がって、前に進む。
そんな人生でも十分良いと思う。
変なところで死んでしまえば家族の皆に睨まれるに違いない、怒られるに違いない。
寂しいと思う場面もあるかもしれないが、俺にはちゃんと仲間がいるし、きっと家族四人が上で見ているはず。
そのことを絶対に忘れないで、しっかりと自分の道を踏みしめ、突き進む。
それこそが俺の熟すべき責務だということを、心の底から理解した。
つづく




