転生した子
アリスが転校してきて、数日が経った。
そして、今日は土曜日。母さんが出張から帰ってくる日だ。
「隆太郎、お母さん今日帰ってくるんだよね?」
朝食を食べながら、アリスが不安そうに聞いてきた。
「ああ、夕方には帰ってくるはずだ」
「どうしよう……私のこと、どう説明すればいいかな……」
アリスがソワソワしている。
「とりあえず、白金アリスとして紹介するよ。留学生で、うちにホームステイしてるって」
「そうだね……それしかないよね……」
アリスが不安そうな顔をした。
「大丈夫だよ。母さんは優しいから」
「うん……」
でも、アリスの表情は晴れなかった。
※ ※ ※
夕方、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー!」
母さんの声だ。
「おかえり、母さん」
俺が玄関に出ると、母さんがスーツケースを引いて立っていた。
「隆太郎、元気だった? ちゃんとご飯食べてた?」
「ああ、大丈夫だよ」
「そう。良かった……あら?」
母さんの視線が、俺の後ろに向いた。
振り返ると、アリスが緊張した顔で立っていた。
「こ、こんにちは……」
アリスが小さく頭を下げた。
「あら……この子は?」
母さんが驚いた顔で聞いてきた。
「えっと、白金アリスって言って、アメリカからの留学生なんだ」
「留学生?」
「ああ。それで、ホームステイ先を探してて……」
俺が説明しかけると、母さんが眉をひそめた。
「ちょっと待って。なんでうちに?」
「その……学校の先生に頼まれて……」
「学校の先生に?」
母さんの声が厳しくなった。
「隆太郎、私に相談もなく、女の子を家に泊めてたの?」
「あ、それは……」
「しかも、一週間も?」
母さんの言葉に、俺は言葉に詰まった。
その時、アリスが前に出た。
「あの、すみません。私が勝手に……」
「いいえ、あなたは悪くないわ」
母さんがアリスに優しく言った。
「でも、隆太郎。ちょっとリビングで話があるわ」
「は、はい……」
※ ※ ※
リビングで、俺と母さんとアリスが向かい合って座った。俺の母親である宮本百合子と目が合っている。
「それで、詳しく説明してくれる?」
母さんが真剣な顔で聞いてきた。
「えっと……アリスは、アメリカからの留学生で……」
俺が説明を始めようとした時、アリスが俺の手を握った。
「隆太郎……」
「朝日?」
「もう、いいよ」
アリスが真剣な顔で言った。
「これ以上、嘘をつきたくない」
「でも……」
「百合子さんには、本当のことを話したい」
アリスがそう言って、母さんの方を向いた。
「あの、百合子さん……話があります」
「話?」
「はい。実は私……白金アリスじゃないんです」
アリスの言葉に、母さんが困惑した顔をした。
「どういうこと?」
「私の本当の名前は……太刀川朝日です」
その言葉に、母さんの顔が凍りついた。
「太刀川……朝日……?」
「はい」
「でも、朝日ちゃんは……亡くなったって……」
母さんの声が震えていた。
「はい、一度死にました。でも、生き返ったんです」
アリスがそう言って、自分の経緯を話し始めた。
駅のホームで突き落とされたこと。
真っ暗な場所で声を聞いたこと。
気づいたら、この姿で生き返っていたこと。
全てを話した。
母さんは、ただ黙って聞いていた。
アリスが話し終わると、母さんは深く息を吐いた。
「信じられない……」
母さんが頭を抱えた。
「そんなこと、あるわけない……」
「百合子さん……」
「だって、人が死んで生き返るなんて……しかも、全く違う姿で……」
母さんが混乱している。
「百合子さん、本当なんです」
アリスが必死に訴えた。
「私、太刀川朝日なんです。隆太郎の幼馴染の」
「でも……証拠は?」
「証拠……」
アリスが少し考えて、母さんを見つめた。
「百合子さん、覚えてますか? 私が小学生の時、隆太郎のお誕生日会をしたこと」
「誕生日会……?」
「はい。隆太郎が10歳の誕生日の時、私と百合子さんと三人で、ケーキを作ったんです」
アリスの言葉に、母さんの表情が変わった。
「でも、その時私、卵を落として床を汚しちゃって……百合子さんに怒られると思ったら、一緒に笑ってくれたんです」
「それは……」
「百合子さんが言ったんです。『失敗は誰にでもあるわ。大事なのは、そこから学ぶこと』って」
母さんの目が見開かれた。
「その後、三人で床を拭いて、新しいケーキを作り直したんです」
「朝日……ちゃん……?」
「はい。私です、百合子さん」
アリスの目から、涙が溢れた。
「本当に、私なんです」
母さんが震える手で、アリスの頬に触れた。
「本当に……朝日ちゃんなの……?」
「はい……」
その瞬間、母さんがアリスを抱きしめた。
「朝日ちゃん……朝日ちゃん……!」
母さんが泣きながら、アリスの名前を呼んだ。
「良かった……生きてて良かった……!」
「百合子さん……」
アリスも泣きながら、母さんを抱きしめ返した。
俺は、その光景を見て、胸が熱くなった。
※ ※ ※
しばらくして、三人は落ち着いて話をしていた。
「でも、信じられないわ……本当に、朝日ちゃんなのね……」
母さんがまだ信じられないという顔をしている。
「はい。見た目は変わってしまいましたけど、中身は太刀川朝日です」
「そう……」
母さんが深く息を吐いた。
「でも、これからどうするの? 朝日ちゃんのご両親は……」
「それが……」
アリスの表情が曇った。
「会いに行けないんです。この姿で会っても、信じてもらえないと思うし……」
「そんな……」
「だから、白金アリスとして生きることにしたんです」
アリスがそう言うと、母さんは悲しそうな顔をした。
「辛いわね……」
「はい……でも、隆太郎がいてくれるから、大丈夫です」
アリスが俺を見て、微笑んだ。
「隆太郎……」
母さんが俺を見た。
「お前、朝日ちゃんのこと、ちゃんと守ってあげなさいよ」
「ああ、もちろんだ」
「約束よ」
「約束する」
俺がそう答えると、母さんは少し安心したような顔をした。
「分かったわ。じゃあ、朝日ちゃん……いえ、アリスちゃん。これからもうちにいていいわよ」
「本当ですか!?」
アリスが嬉しそうに声を上げた。
「ええ。でも、条件があるわ」
「条件?」
「隆太郎と同じ部屋で寝るのは禁止」
母さんの言葉に、俺とアリスの顔が真っ赤になった。
「か、母さん! そんなこと……」
「あら、してないの?」
「してない!」
俺が慌てて否定すると、母さんはクスクス笑った。
「冗談よ。でも、一応ね」
「は、はい……」
アリスが恥ずかしそうに答えた。
※ ※ ※
その日の夜、俺は自分の部屋で考えていた。
母さんに、全てを話した。
そして、母さんは信じてくれた。
これで、アリスは安心して暮らせる。
コンコン
ドアがノックされた。
「隆太郎、起きてる?」
母さんの声だった。
「ああ、起きてるよ」
ドアが開いて、母さんが入ってきた。
「話、いい?」
「ああ」
母さんが俺の隣に座った。
「隆太郎、朝日ちゃんのこと……好きなのね」
「……ああ」
「そう」
母さんが優しく笑った。
「朝日ちゃんは、いい子よ。昔から、隆太郎のこと見守ってくれてた」
「うん、知ってる」
「大切にしてあげてね」
「ああ」
母さんが俺の頭を撫でた。
「お前も、大人になったわね」
「母さん……」
「でもね、隆太郎」
母さんが真剣な顔になった。
「朝日ちゃんは、今とても不安定な状態だと思うの」
「不安定?」
「ええ。一度死んで、生き返って、見た目も変わって……誰だって混乱するわ」
母さんの言葉に、俺は頷いた。
「だから、隆太郎がしっかり支えてあげないと」
「分かってる」
「本当に?」
「ああ。俺、朝日を絶対に一人にしない」
俺がそう言うと、母さんは満足そうに笑った。
「そう。それなら安心ね」
母さんが立ち上がった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、母さん」
※ ※ ※
翌週、学校。
アリスが転校してきて、一週間が経った。
アリスは順調に学校生活に馴染んでいた。いや、馴染みすぎていた。
「アリスちゃん! 一緒にお昼食べよ!」
「アリス、今度カラオケ行かない?」
「白金さん、この問題教えてください!」
毎日、クラスメイトたちがアリスの周りに集まってくる。
特に男子の数が多い。
「おい、お前ら。アリスは俺の彼女だからな」
俺がそう言っても、男子たちは聞く耳を持たない。
「分かってるよ、隆太郎」
「でも、友達として話すくらいいいだろ?」
「そうそう」
この野郎ども……。
「隆太郎、焼きもち焼いてるの?」
アリスが俺の腕にしがみついてきた。
「焼いてねぇよ」
「嘘。顔に書いてあるよ」
アリスがクスクス笑った。
「もう、隆太郎は可愛いんだから♡」
「可愛いとか言うな……」
※ ※ ※
昼休み。
俺とアリスは、いつものように屋上でお弁当を食べていた。
「ねぇ、隆太郎」
「ん?」
「百合子さんに本当のこと話せて、良かった」
アリスが嬉しそうに言った。
「ああ、母さん優しいからな」
「うん。百合子さん、信じてくれて……本当に嬉しかった」
アリスの目に、涙が浮かんだ。
「でも、私の本当のお母さんとお父さんには……会えないんだよね」
「朝日……」
「分かってる。仕方ないって。でも、寂しいな……」
アリスが俺の肩に頭を乗せてきた。
「お前、本当に俺にベタベタだな」
「だって、隆太郎のこと大好きなんだもん」
アリスの言葉に、俺の顔が少し赤くなった。
「なぁ、朝日」
「ん?」
「学校生活、楽しいか?」
俺の質問に、アリスは少し考えてから答えた。
「うん、楽しいよ。でも、時々複雑な気持ちになる」
「複雑?」
「うん。みんなが『太刀川さん』の話をする時」
アリスの表情が曇った。
「みんな、私のことを覚えててくれてる。それは嬉しい。でも、私はここにいるのに、誰も気づいてくれない」
「朝日……」
「ごめんね、変なこと言って」
アリスが首を振った。
「でも、隆太郎と百合子さんが知ってくれてる。それだけで十分幸せだよ」
アリスが笑顔を浮かべた。
その笑顔が、少し無理をしているように見えた。
※ ※ ※
放課後。
俺とアリスは、一緒に帰る準備をしていた。
「隆太郎、今日はまっすぐ帰る?」
「ああ、特に用事ないし」
「じゃあ、スーパー寄ってもいい? 晩御飯の材料買いたいの」
「おう」
俺たちが教室を出ようとした時、白州舞が廊下を歩いているのが見えた。
白州も俺たちに気づいて、一瞬だけ足を止めた。
「……隆太郎」
「よう」
俺は軽く手を挙げた。
白州の視線が、アリスに移る。
「白金さん、だっけ。学校、慣れた?」
「はい、おかげさまで」
アリスが丁寧に答えた。
「そう。良かったね」
白州がそう言って、去っていこうとした時。
「あの……」
アリスが白州を呼び止めた。
「何?」
「白州さんは、太刀川朝日さんと仲良かったんですよね」
アリスの質問に、白州の表情が少し強張った。
「まぁ……バドミントン部で一緒だったから」
「そうですか。太刀川さんって、どんな人だったんですか?」
「どんな人って……」
白州が少し困った顔をした。
「明るくて、優しくて……誰にでも分け隔てなく接する子だった」
「そうなんですね」
アリスが笑顔で答えた。
「きっと、素敵な人だったんですね」
「……ええ」
白州がそう答えて、去っていった。
その背中を見送りながら、アリスの唇が小さく動いた。
声には出していないけど、何か呟いているようだった。
※ ※ ※
スーパーで買い物をしていると、アリスが突然足を止めた。
「隆太郎、見て」
アリスが指差す方向を見ると、そこには桜井先輩がいた。
白州と一緒に、買い物をしている。
「……チッ」
俺は思わず舌打ちをした。
「隆太郎、大丈夫?」
アリスが心配そうに俺を見上げた。
「ああ、大丈夫だ」
「本当に?」
「本当だよ。もう、あいつらのことなんてどうでもいい」
俺がそう言うと、アリスは嬉しそうに笑った。
「そっか。良かった」
その時、桜井先輩がこちらに気づいた。
「おう、隆太郎じゃねぇか」
桜井先輩が手を挙げて、こちらに歩いてきた。
「よう、先輩」
「その子は……噂の転校生か?」
桜井先輩がアリスを見た。
「はい、白金アリスです」
アリスが丁寧にお辞儀をした。
「へぇ、可愛い彼女じゃん。隆太郎、やるな」
桜井先輩が軽い調子で言った。
その言葉に、俺はイラッとした。
「先輩こそ、白州と楽しそうですね」
俺がそう言うと、桜井先輩は少し気まずそうな顔をした。
「まぁな。悪かったな、あの時は」
「別にいいですよ。もう過去のことですし」
俺がそう答えると、桜井先輩は肩を叩いた。
「そうか。じゃあな」
桜井先輩が去っていった。
俺は深く息を吐いた。
「隆太郎……」
「大丈夫だよ。もう、何とも思ってないから」
俺がそう言うと、アリスが俺の手を握った。
「隆太郎は強いね」
「強くなんかないよ。ただ……」
俺はアリスを見つめた。
「お前がいてくれるから、前を向けるんだ」
その言葉に、アリスの顔が真っ赤になった。
「も、もう! こんなところで恥ずかしいこと言わないでよ!」
アリスが俺の腕を叩いた。
「お前が聞くからだろ」
「だって……」
アリスがモジモジしている。
その姿が可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
※ ※ ※
家に帰ると、母さんが夕食の準備をしていた。
「おかえり、二人とも」
「ただいま、百合子さん」
アリスが嬉しそうに答えた。
「今日は私が作るから、百合子さん休んでて」
「あら、ありがとう」
母さんが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
アリスがエプロンを着けて、キッチンに立った。
俺と母さんは、リビングのソファに座った。
「隆太郎」
「ん?」
「朝日ちゃん、本当に料理上手ね」
「ああ、前から上手だったよ」
「そう……」
母さんが優しく笑った。
「いいお嫁さんになるわね」
「か、母さん!」
俺の顔が真っ赤になった。
「あら、照れてる」
「照れてない!」
母さんがクスクス笑っている。
「隆太郎ー! できたよー!」
アリスの声が聞こえた。
「おう、今行く」
俺たちはダイニングテーブルに着いた。
そこには、美味しそうなハンバーグが並んでいた。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
三人で手を合わせた。
この温かい食卓が、とても幸せだった。
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