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転生

  葬儀場の静寂が、俺の心を押しつぶしそうだった。


 お経を唱える僧侶の声が、やけに遠くに聞こえる。参列者たちのすすり泣く声が、俺の耳に痛い。


 祭壇の中央には、朝日の遺影が飾られている。


 あの笑顔が――もう二度と見られない。


 俺は黒いスーツを着て、葬儀場の隅に座っていた。周りには朝日の親族や友人たちが集まっている。みんな、涙を流していた。


 朝日の母親は、ずっと泣いていた。父親は、必死に涙をこらえている。


 俺は、ただ呆然としていた。


 まだ信じられなかった。朝日が死んだなんて。


 あの日、遊園地で一緒に笑っていたのに。


 観覧車の中で、「大好き」って言ってくれたのに。


 「また明日ね」って、手を振ってくれたのに。


 それなのに――もう、朝日はない。


「それでは、お焼香をお願いいたします」


 僧侶の声で、俺は我に返った。


 参列者が順番にお焼香をしていく。俺の番が来た。


 俺は立ち上がって、祭壇の前に進んだ。


 朝日の遺影が、俺を見つめている。あの明るい笑顔が、そこにあった。


 俺は手を合わせて、頭を下げた。


 そして、朝日の棺の前に立った。


 棺の中には、きっと朝日が眠っている。きっと安らかに眠っているだろう。


「朝日……」


 俺の声が震える。


「なんで、なんでお前が死ななきゃいけないんだよ……」


 涙が止まらなかった。俺たち、やっと付き合えたばかりだったのに。これから、たくさんデートして、たくさん思い出を作るはずだったのに。


「ごめん……ごめんな、朝日」


 俺は朝日の棺を見つめた。いつもの明るい笑顔は、そこにはない。


「俺のせいだ……俺が、白州なんかと付き合わなければ……お前を悲しませることもなかったのに」


 走馬灯のように、朝日との思い出が蘇る。


 小学生の頃、初めて会った時のこと。


 あれは、俺が転校してきた日だった。クラスに馴染めずにいた俺に、朝日が話しかけてくれた。


『ねぇ、一緒に遊ぼうよ!』


 その笑顔が、とても眩しかった。


 中学生の頃、俺がいじめられていた時、朝日が助けてくれたこと。


『隆太郎をいじめるな! 隆太郎は私の大切な友達なんだから!』


 朝日の強い言葉に、いじめっ子たちは黙り込んだ。


 高校に入学して、朝日が俺の恋を応援してくれたこと。


『隆太郎、頑張って! 私が応援してるから!』


 あの時、朝日はどんな気持ちだったんだろう。好きな人が、他の女の子を好きになる。それを応援する朝日の気持ちを、俺は考えもしなかった。


 そして、数日前のデート。観覧車の中で、朝日が言った言葉。


『私と一緒に幸せになろう?』


 俺は、朝日を幸せにすることができなかった。


「朝日……朝日ぃ……!」


 俺は棺に縋りついて、泣いた。周りの参列者たちが、俺を心配そうに見ている。でも、俺にはそんなこと、どうでもよかった。


 朝日が、いない。


 もう二度と、朝日の笑顔を見ることができない。


 もう二度と、朝日の声を聞くことができない。


 もう二度と、朝日に「大好き」って言ってもらえない。


 俺の世界から、光が消えてしまったような感覚だった。


「隆太郎くん……」


 朝日の母親が、俺の肩に手を置いた。


「ありがとう。朝日と、仲良くしてくれて」


 その言葉に、俺は顔を上げた。朝日の母親も、涙を流していた。


「朝日、最後まで隆太郎くんのこと、大好きだったのよ」


「……はい」


「あの子、昨日も嬉しそうに帰ってきたの。『隆太郎と遊園地に行く』って」


 朝日の母親が、優しく笑った。


「『隆太郎が笑ってくれた』って、本当に嬉しそうだった」


 その言葉を聞いて、俺の涙が止まらなくなった。


「ごめんなさい……俺が……俺がもっと早く、朝日の気持ちに気づいていれば……」


「いいのよ。朝日は、隆太郎くんと過ごした時間、とても幸せだったと思うから」


 朝日の母親が、俺の頭を撫でた。


「だから、隆太郎くんは前を向いて。朝日の分まで、幸せになって」


「……はい」


 俺は、朝日の母親に頭を下げた。


 ※ ※ ※


 葬儀が終わり、俺は朝日の家を後にした。夜の闇が、俺を包み込む。


 俺は、どこへ行けばいいのか分からなかった。家に帰る気にもなれない。


 気づけば、俺は公園のベンチに座っていた。


 頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。白州に裏切られて、朝日と付き合って、そして朝日が死んだ。全てが、あまりにも急すぎた。


「なんなんだよ……これ……」


 俺は顔を両手で覆った。


「朝日……会いたいよ……」


 もう一度、朝日に会いたい。もう一度、朝日の笑顔が見たい。


 もう一度、「大好き」って言いたい。


 そんな叶わない願いを、俺は何度も何度も心の中で繰り返した。


 どれくらい、そうしていたのだろうか。


「あの……」


 突然、声をかけられた。


 俺は顔を上げた。そこには――金髪の美少女が立っていた。


 青い瞳。整った顔立ち。まるで、外国人のモデルのような美しさだった。白いワンピースを着て、長い金髪が風に揺れている。


「え……?」


 俺は驚いて、その少女を見つめた。こんな夜中に、こんな公園で、なぜこんな美少女が。


「あ、あの……私――」


 少女が何か言おうとした時、俺の目に涙が溢れた。


「ごめん……今、人と話せる状態じゃないんだ……」


 俺はそう言って、立ち上がろうとした。


「待って!」


 少女が俺の腕を掴んだ。その手は、確かに温かかった。


「私――太刀川朝日だよ!」


「……は?」


 俺は思わず、少女の顔を見た。


「太刀川って……何言ってんだよ、お前」


「本当なの! 信じて!」


 少女――いや、朝日を名乗る少女は、必死な表情で俺を見つめている。その青い瞳が、俺を真っ直ぐ見つめていた。


「お前、人の心の傷に塩を塗るようなこと言うなよ……太刀川は、死んだんだ……」


 俺の声が震える。


「違う! 私、死んだけど――でも、こうして生き返ったの!」


「生き返った……?」


 俺は混乱していた。何を言っているんだ、この子は。


「冗談じゃないんだよ……俺は、本当に……本当に太刀川のことが好きだったんだ……それなのに……」


 俺の目から、涙が溢れる。


「隆太郎、見て!」


 少女が俺の顔を両手で掴んで、自分の顔を近づけてきた。その青い瞳を、俺に見せつけてくる。


「私の目、青いでしょ? でも、元々は黒だったの。隆太郎が好きだった、黒い瞳」


「それが、何の証明に――」


「あのね! 隆太郎が小学校三年生の時、学校でウンチ漏らしたでしょ? それ、知ってるの私だけだよ!」


「な、なんでそれを!?」


 俺は驚愕した。それは、俺と朝日しか知らない秘密だ。あの時、俺は朝日に泣きながら助けを求めた。朝日は俺を保健室に連れて行ってくれて、誰にも言わないでくれた。


「あと、隆太郎が中学二年生の時、私にラブレター渡そうとして間違えて給食のパン渡したこと!」


「や、やめろ!」


 その出来事も、俺と朝日しか知らない。あの時、俺は朝日に告白しようとして、緊張のあまり間違えて給食のパンを渡してしまった。朝日は笑いながら「このパン、美味しいね」って言ってくれた。


「隆太郎が高校入学した時、白州ちゃんに告白する練習を私として、『好きです!』って言った後に噛んで『ちゅきでちゅ!』って言ったこと!」


「やめてくれぇぇぇ!」


 俺は顔を真っ赤にして、叫んだ。


 それは、全部本当のことだった。朝日にしか話していない、俺の恥ずかしい過去だった。


「あと、隆太郎が去年の夏、海に行った時、海パン忘れて下着で泳ごうとしたこと!」


「もういい! 分かった! 分かったから!」


 俺は少女の口を手で塞いだ。


「……本当に、朝日なのか?」


 俺は、少女を見つめた。


「うん、本当だよ」


 少女――朝日が、頷いた。


「でも、どうして……なんで、お前が生き返って……しかも、見た目が全然違うんだ……」


「それは……私にも分からないの」


 朝日が困った顔をした。


「駅のホームで、誰かに押されて――それで、気づいたら真っ暗な場所にいて……」


 朝日の声が、少しだけ震える。


「そこで、声が聞こえたの」


「声?」


「うん。『もう一度、チャンスをあげよう』って」


 朝日が俺の手を握った。


「それで、気づいたらこの姿になってて……最初、鏡を見た時びっくりしたよ。金髪で、青い目で……」


 朝日が自分の髪を触る。


「でも、確かに私は私なの。記憶も、感情も、全部太刀川朝日のまま」


 俺は、朝日の言葉を聞きながら、まだ信じられなかった。でも、朝日しか知らない情報を、この少女は知っている。


「ねぇ、隆太郎。信じてくれる?」


 朝日が、俺の手を強く握った。その手は、確かに温かかった。


「……朝日しか知らない情報を、お前は知っている」


「うん」


「でも、見た目が全然違う」


「うん……」


「どうやって、お前が朝日だって証明できるんだ?」


 俺がそう言うと、朝日は少し考えてから、俺の顔を見つめた。


「隆太郎、私の目を見て」


 俺は、朝日の青い瞳を見つめた。


 青い瞳――本来なら見慣れないはずの色。でも、その瞳が俺を見つめる時の、あの優しい眼差し。少し心配そうに眉を寄せて、それでいて温かく包み込むような視線。


 あ――


 これだ。


 小学生の時、俺が転校してきて教室で一人ぼっちだった時。朝日が俺に話しかけてくれた時の、あの目。


 中学生の時、いじめられていた俺を庇ってくれた時の、あの目。


 高校で、白州への恋を応援してくれた時、寂しそうなのに笑顔を作ってくれた時の、あの目。


 あの日、屋上で告白してくれた時の、真剣で一途な、あの目。


 色は違う。顔も違う。髪も違う。


 でも――この目の、俺を見つめる時の温かさは、紛れもなく朝日のものだった。


 目は口ほどに物を言うというが、本当にそうだ。朝日の目は、いつも俺に語りかけてくれていた。「大丈夫だよ」って。「私がいるよ」って。


 そして今も、この青い瞳は同じことを語りかけている。


「……朝日」


「うん」


「本当に、お前なのか……」


「うん、本当だよ」


 俺の目から、また涙が溢れた。でも、今度は悲しみの涙じゃない。


「良かった……本当に良かった……!」


 俺は、朝日を抱きしめた。朝日も、俺を抱きしめ返してくれる。


「ごめんね、隆太郎。心配かけて」


「バカ……お前が死んだって聞いた時、俺は――」


 言葉が続かなかった。あの時の絶望を、思い出したくなかった。


「でも、もう大丈夫だよ。私、ここにいるから」


 朝日が、俺の背中を優しく撫でる。


 しばらく、そうしていた。


 やがて、俺たちは離れて、向かい合った。


「なぁ、朝日。これからどうするんだ?」


「それが……分からないの」


 朝日が困った顔をした。


「私、死んだことになってるから……家にも帰れないし……お母さんとお父さんにも会えない……」


 朝日の目に、涙が浮かぶ。


「葬儀、行ったんでしょ? お母さん、泣いてた?」


「……ああ」


「そっか……ごめんね、心配かけちゃって……」


 朝日が涙を拭う。


「でも、私がこの姿でお母さんたちに会っても、信じてもらえないよね」


「確かに……」


 俺は考えた。朝日は、公的には死んだことになっている。葬儀も終わった。でも、今目の前にいる。


「とりあえず、今日は俺の家に来いよ」


「え、いいの?」


「ああ。お前、行くところないんだろ?」


「うん……ありがとう、隆太郎」


 朝日が嬉しそうに笑った。その笑顔は、確かに朝日のものだった。


 ※ ※ ※


 俺の家に着いて、俺たちはリビングで向かい合って座った。


「なぁ, 朝日。もう一度、整理させてくれ」


「うん」


 俺は、今までのことを頭の中で整理し始めた。


「お前は、駅のホームで誰かに押されて、線路に落ちた」


「うん」


「そして、死んだ」


「うん……」


 朝日の表情が暗くなる。


「でも、気づいたら真っ暗な場所にいて、声が聞こえた」


「『もう一度、チャンスをあげよう』って」


「それで、気づいたらこの姿になっていた」


「うん。最初、鏡を見た時びっくりしたよ。金髪で、青い目で……でも、確かに私は私なの」


 朝日が自分の髪を触る。


「記憶も全部残ってる。隆太郎との思い出も、お母さんやお父さんとの思い出も、全部」


「でも、なんで生き返ったんだろうな……」


「分からない……でも、多分――」


 朝日が俺を見つめた。


「隆太郎に会うためじゃないかな」


「え?」


「だって, 私――隆太郎を残して死にたくなかったもん」


 朝日の目に、涙が浮かぶ。


「やっと、やっと隆太郎と付き合えたのに……一日デートしただけで、死んじゃうなんて……そんなの、嫌だよ」


「朝日……」


「線路に落ちる瞬間、私ね、思ったの。『隆太郎と、もっと一緒にいたかった』って」


 朝日の涙が、ポロポロと落ちる。


「『隆太郎を、幸せにしたかった』って」


「朝日……」


「だから, 神様が――もしかしたら、私にもう一度チャンスをくれたのかもしれない」


 朝日が、俺の手を握った。


「隆太郎, 私――もう一度、やり直したい」


「やり直す?」


「うん。私と隆太郎の、恋を」


 朝日が、真剣な目で俺を見つめる。


「でも, お前――見た目が全然違うぞ?」


「うん、分かってる。でも、中身は太刀川朝日だよ」


「……そうだな」


 俺は、朝日の手を握り返した。


「隆太郎, 私ね――転生したんだと思う」


「転生?」


「うん。一度死んで、別の姿で生まれ変わった」


 朝日が、自分の体を見下ろす。


「この姿は、多分――私の新しい人生なんだと思う」


「新しい人生……」


「でもね、記憶は全部残ってる。隆太郎との思い出も、全部」


 朝日が、俺の顔を見つめた。その青い瞳が、真剣だった。


「だから――私と、付き合ってよ」


「え?」


「もう一度、最初から。この姿の私と、付き合ってほしいの」


 朝日の頬が、少し赤く染まる。


「でも、お前――」


「お願い。私、隆太郎のこと、本当に好きなの。死んでも、その気持ちは変わらなかった」


 朝日の目から、涙が一筋流れた。


「だから――もう一度、チャンスをちょうだい」


 俺は、朝日を見つめた。


 目の前にいるのは、金髪で青い目の美少女だ。でも、確かにその中身は朝日だ。


 俺の幼馴染で、ずっと俺を支えてくれた人。


 そして――俺が、愛した人。


 俺は、朝日が死んだと聞いた時、どれだけ絶望したか。


 もう二度と会えないと思った時、どれだけ後悔したか。


 でも、今――朝日は、目の前にいる。


「……分かった」


 俺は、朝日の手を強く握った。


「俺も、お前のことが好きだ。見た目が変わっても、お前は太刀川朝日だ」


「隆太郎……!」


「だから、付き合おう。もう一度」


 朝日の顔に、笑顔が戻った。


「ありがとう、隆太郎! 大好き!」


 朝日が、俺に抱きついてきた。


 俺は、朝日を抱きしめ返した。


 これから、どうなるか分からない。朝日が転生したなんて、誰も信じないだろう。


 でも――


 俺には、朝日がいる。


 それだけで、十分だった。


 窓の外では、月が静かに輝いていた。


 俺たちの新しい物語が、今、始まろうとしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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