被害者と加害者
カラオケの翌週、月曜日。
学校に着くと、クラスメイトたちが昨日のカラオケの話で盛り上がっていた。
「アリスちゃんの歌、マジでヤバかったよな」
「プロレベルだったわ」
「隆太郎とのデュエットも良かった」
そんな声が聞こえる。
「隆太郎、人気者だね♡」
アリスが嬉しそうに言った。
「お前のおかげだろ」
「えー、隆太郎も頑張ってたじゃん♡」
アリスが俺の腕を抱きしめた。
その時、白州が教室に入ってきた。
白州と目が合った。
白州は、少し気まずそうに視線を逸らした。
「白州さん、元気ないね」
アリスが小声で言った。
「まぁ……な」
「隆太郎、気になる?」
「いや、別に」
俺がそう答えると、アリスは満足そうに笑った。が、その後にアリスは少し何か考えるような顔をした。
「でも、なんか気になるんだよね……嫌な予感てやつ」
「どういう意味だよ」
「なんかねー、女の勘? もしかしたら、桜井先輩と上手くいってないから、隆太郎にまたよりを戻したいなんて言いそうで……」
「そんな訳ないだろ」
「気にしすぎかな!」
アリスはそう言って、笑った。
※ ※ ※
昼休み。
俺とアリスは、いつものように屋上でお弁当を食べていた。
「はい、隆太郎。あーん♡」
「ああ……」
俺が卵焼きを食べると、アリスが嬉しそうに笑った。
「美味しい?」
「ああ、美味い」
「良かった♡」
その時、屋上のドアが開いた。
入ってきたのは――白州だった。
「あ……」
白州が俺たちに気づいて、足を止めた。
「ごめん、邪魔だった……」
白州が去ろうとした時。
「白州さん」
アリスが呼び止めた。
「何……?」
「一緒にお弁当食べませんか?」
アリスの言葉に、俺は驚いた。
「え? でも……」
「いいじゃないですか。私たちだけじゃ食べきれないくらいあるし」
アリスが笑顔で言った。
「……本当にいいの?」
「はい♡」
白州が戸惑いながらも、俺たちの近くに座った。
「あの……ありがとう」
「どういたしまして♡」
アリスが白州におかずを分けた。
白州が少しだけ驚いた顔をした。
「美味しい……」
「本当ですか? 良かった♡」
アリスが嬉しそうに笑った。
しばらく、三人で黙ってお弁当を食べていた。でも、その沈黙は、あまり心地よくなかった。何か、重たい空気が流れている。
やがて、白州が口を開いた。
「あの……アリスさん」
「はい?」
「この前のこと……ごめんなさい」
白州が頭を下げた。
「え?」
「隆太郎を振ったこと……後悔してるって言ったの、本当だから」
白州の言葉に、俺は少し驚いた。でも、同時に、違和感も感じた。白州の声が、どこか作られている気がした。
「でも、もう遅いよね。隆太郎には、アリスさんがいるし」
「白州さん……」
「私、バカだった。隆太郎の優しさに、もっと早く気づくべきだった」
白州の目に、涙が浮かんでいた。でも、その涙が本物なのか、俺には分からなかった。
「桜井先輩とは、最近あんまりうまくいってなくて……」
白州が、俯きながら言った。
「先輩、最近冷たいの。私のこと、もう好きじゃないみたい」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが引っかかった。
待てよ。白州は、今何を言おうとしている?
「だから……隆太郎……」
白州が、俺を見た。その目が、少し潤んでいる。
「もう一度、チャンスをもらえないかな……」
その言葉に、俺は固まった。
アリスも、箸を止めた。
「え……?」
アリスが、困惑した声を出した。
白州が、俺に近づこうとした、その時だった。
「ふざけるな」
俺の声が、屋上に響いた。
白州が、ビクッと体を震わせた。
「え……?」
「ふざけるなって言ってるんだ、白州」
俺は、はっきりと言った。
「お前、今、何を言った? もう一度チャンスをくれ? 本気で言ってるのか?」
「だって……私、本当に後悔してて……」
「嘘つくな」
俺が遮った。
「お前が後悔してるのは、俺を振ったことじゃない。桜井先輩に捨てられそうになってることだろ」
白州の顔が、一瞬で青ざめた。
「そ、そんなこと……」
「図書館で聞いたんだ。お前と桜井先輩の会話を」
俺は、冷たく言った。
「桜井先輩が『お前のこと、本当に好きなのか分からない』って言ってた。それで焦ってるんだろ? 保険として、俺に戻ろうとしてるんだろ?」
白州が、何も言えなくなった。
「違う……そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、何のつもりだ?」
俺は、立ち上がった。
「お前、俺を何だと思ってる? 都合のいい保険か? 桜井先輩がダメになったら、次は俺? そういうことか?」
「そんな……」
「アリスの前で、よくそんなことが言えるな」
俺の声が、少しだけ震えた。怒りで。
「お前が俺を振った時、俺がどれだけ傷ついたか。お前、分かってないだろ」
「隆太郎……」
「もういい」
俺は、白州を見下ろした。
「お前のこと、許す。でも、それは『もう関わらない』ことが前提だ」
白州が、息を呑んだ。
「二度と、俺に近づくな。二度と、俺に話しかけるな」
俺は、はっきりと言った。
「お前が桜井先輩とどうなろうと、俺には関係ない。でも、俺を利用しようとするな」
白州の目から、涙がこぼれた。でも、それは後悔の涙じゃなかった。バレたことへの焦りの涙だった。
「ごめん……なさい……」
白州が、小さく謝った。
「もう、いい。行け」
俺が言うと、白州は立ち上がって、屋上から去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は深く息を吐いた。
アリスが、俺の袖を引いた。
「隆太郎……」
「ごめん、見苦しいところ見せた」
「ううん。隆太郎、かっこよかった」
アリスが、俺を見上げた。
「白州さん、やっぱり隆太郎のこと、保険にしようとしてたんだね」
「ああ。この前、お前が言ってた通りだった」
俺は、アリスの頭を撫でた。
「お前の勘、鋭いな」
「だって、分かるもん。女の嫉妬とか、打算とか」
アリスが、少し寂しそうに笑った。
「白州さん、最初から反省なんてしてなかった。ただ、桜井先輩に捨てられるのが怖かっただけ」
「そうみたいだな」
俺は、空を見上げた。
「でも、もういい。白州のことは、これで本当に終わりだ」
「うん」
アリスが、俺の手を握った。
「隆太郎は、私のもの。誰にも渡さない♡」
その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
「ああ。お前のものだ」
※ ※ ※
放課後。
俺とアリスは、図書館で勉強していた。
「ねぇ、隆太郎。この問題、どうやって解くの?」
「ああ、これはな……」
俺がアリスに問題を教えていると、誰かが俺たちのテーブルに近づいてきた。
顔を上げると、見知らぬ男子生徒が立っていた。
「あの……白金さん、ですよね?」
「はい、そうですけど……」
アリスが不思議そうな顔をした。
「俺、3年の田村って言います」
田村と名乗った男子生徒が、アリスに話しかけた。
「あの、カラオケの歌、すごく良かったです」
「え、ありがとうございます」
「それで……よかったら、今度一緒にカラオケ行きませんか?」
田村の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
これは……ナンパか?
「あの、すみません。私……」
アリスが断ろうとした時。
「彼氏がいるんで」
俺が割って入った。
「え? あ、そうなんですか……」
田村が気まずそうな顔をした。
「すみません、知らなくて……」
「いえ、大丈夫です」
アリスが笑顔で答えた。
田村が去っていった後、アリスが俺を見た。
「隆太郎、焼きもち焼いた?」
「焼いてねぇよ」
「嘘。顔に書いてあるよ♡」
アリスがクスクス笑った。
「もう、隆太郎は可愛いんだから♡」
「可愛いとか言うな……」
俺が照れていると、アリスが俺の手を握った。
「大丈夫だよ。私、隆太郎以外に興味ないから♡」
その言葉に、俺の顔が少し赤くなった。
※ ※ ※
図書館を出て、帰り道。
「ねぇ、隆太郎」
「ん?」
「今日、白州さんのこと……ちゃんと言い返せて良かったね」
アリスが、俺の腕にしがみついた。
「ああ。スッキリした」
「隆太郎、かっこよかったよ」
アリスが嬉しそうに笑った。
「白州さん、本当に反省してなかったんだね。ただの保険」
「ああ。お前が最初から見抜いてた通りだ」
俺は、アリスの頭を撫でた。
「お前の勘、本当に鋭いな」
「だって、なんとなく分かるもん。女の打算とか」
アリスが、少し得意げに笑った。
「でもね、隆太郎」
「ん?」
「私、白州さんのこと、もう気にしない」
アリスが、空を見上げた。
「だって、隆太郎がちゃんと拒絶してくれたから。もう二度と近づいてこないもん」
「そうだな」
「それに……」
アリスが、俺を見上げた。
「隆太郎は私のもの。それが確認できたから、もう十分♡」
その言葉に、俺の顔が少し赤くなった。
「お前、本当に……」
「なに?」
「いや、なんでもない」
「事実だろ」
「で、でも……」
アリスがモジモジしている。
その姿が可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
※ ※ ※
家に帰ると、母さんがリビングにいた。
「おかえり、二人とも」
「ただいま」
「ただいま、百合子さん」
「今日も仲良く図書館?」
「はい!」
アリスが嬉しそうに答えた。
「そう。良かったわね」
母さんが優しく笑った。
「あ、そうだ。隆太郎、朝日ちゃん」
「何?」
「来週の日曜日、三人で出かけない?」
「出かける?」
「ええ。温泉とか」
「温泉!?」
アリスが目を輝かせた。
「うん。たまには、みんなでゆっくりしたいなって」
「いいですね! 行きたいです!」
アリスが嬉しそうに言った。
「隆太郎は?」
「ああ、俺も行きたい」
「じゃあ、決まりね♡」
母さんが嬉しそうに笑った。
※ ※ ※
その夜、俺は自分の部屋でベッドに横になっていた。
今日のことを思い返していた。
白州との会話。
桜井先輩の悩み。
そして、アリスの成長。
色々なことがあった一日だった。
コンコン。
ドアがノックされた。
「隆太郎、まだ起きてる?」
母さんの声だった。
「ああ」
ドアが開いて、母さんが入ってきた。
「話、いい?」
「うん」
母さんが俺のベッドの端に座った。
「隆太郎、最近朝日ちゃんと本当に仲良くなったわね」
「まぁ……うん」
「嬉しいわ。あの子、あなたのこと本当に大切にしてるもの」
母さんが優しく笑った。
「でもね、隆太郎」
「ん?」
「朝日ちゃん、たまに寂しそうな顔をしてるのよ」
母さんの言葉に、俺は少し驚いた。
「寂しそう?」
「ええ。自分の本当の家族に会えないことを、思い出してるんじゃないかしら」
母さんが窓の外を見た。
「朝日ちゃんのご両親……今も、娘の死を悲しんでると思うわ」
「……そうだな」
「だから、隆太郎。あなたが朝日ちゃんの支えになってあげて」
母さんが俺の頭を撫でた。
「分かってる」
「良い子ね」
母さんが立ち上がった。
「おやすみ、隆太郎」
「おやすみ、母さん」
母さんが部屋を出ていった。
俺は天井を見つめた。
アリス――太刀川朝日は、自分の家族に会えない。
それは、どれだけ辛いことだろう。
でも、アリスはいつも笑顔でいる。
俺のために。
だったら、俺もアリスのために、もっと頑張らないと。
そう思った時、またドアがノックされた。
「隆太郎……」
今度はアリスの声だった。
「入っていいよ」
ドアが開いて、アリスが顔を出した。
「眠れなくて……」
「どうした?」
「なんか……急に不安になっちゃって」
アリスが俺のベッドの横に座った。
「不安?」
「うん。この幸せが、いつか終わっちゃうんじゃないかって」
アリスの声が震えていた。
「バカ言うな。終わらないよ」
「本当?」
「ああ。俺が保証する」
俺がそう言うと、アリスは少し安心したような顔をした。
「隆太郎……」
「なんだ?」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「ああ、約束する」
「死んでも?」
「……ああ、死んでも」
その言葉に、アリスの目から涙が溢れた。
「ありがとう……」
アリスが俺に抱きついてきた。
俺はアリスを抱きしめた。
「大丈夫だ。何があっても、俺がお前を守る」
「うん……」
しばらく、そうしていた。
やがて、アリスが顔を上げた。
「隆太郎、温泉楽しみだね」
「ああ」
「三人で行くの、初めてだもんね」
「そうだな」
「えへへ、楽しみ♡」
アリスが笑顔を浮かべた。
さっきまでの不安そうな顔は、もうなかった。
「じゃあ、もう寝るね。おやすみ、隆太郎♡」
「ああ、おやすみ」
アリスが部屋を出ていった。
俺は、また天井を見つめた。
アリスの不安を、少しでも和らげられたらいいな。
そう思いながら、俺は眠りについた。
※ ※ ※
翌日、学校。
俺がロッカーで靴を履き替えていると、誰かが声をかけてきた。
「隆太郎」
振り返ると、桜井先輩が立っていた。
「……先輩」
俺は冷たく答えた。
「ちょっといいか?」
「別に、話すことないんですけど」
俺が素っ気なく言うと、桜井先輩は少し気まずそうな顔をした。
「まぁ、そう言わずに……」
「先輩、俺に何か用ですか?」
俺は靴を履き替えながら、桜井先輩の方を見ずに言った。
「あのな、隆太郎。俺も悪かったと思ってる」
「は? 今更ですか?」
俺は靴箱を閉めて、桜井先輩を見た。
「白州を取ったこと、謝りたくて……」
「いいですよ、そんなの」
俺は歩き出した。
「もう過去のことですし。それに、俺には今アリスがいますから」
「隆太郎……」
桜井先輩が俺の後を追ってきた。
「待ってくれ。ちょっとだけでいいから」
「……何ですか」
俺は足を止めたが、振り返らなかった。
「白州のこと……最近、元気ないんだよ」
「それが俺に何の関係があるんですか?」
俺は冷たく言った。
「白州さんは先輩の彼女でしょ? 先輩が何とかすればいいじゃないですか」
「それは……そうだけど……」
桜井先輩の声が小さくなった。
「隆太郎、お前……幸せそうだよな」
「まぁ、幸せですよ」
俺は振り返らずに答えた。
「アリスは、白州さんと違って、俺を裏切ったりしませんから」
その言葉に、桜井先輩は何も言えなくなった。
「あの……隆太郎、本当に悪かった」
「……もういいですよ」
俺はようやく振り返った。
「先輩が謝りたいなら、謝罪は受け取ります。でも、だからって仲良くするつもりはないです」
「それは……」
「俺、先輩のこと信用できないんで」
俺ははっきりと言った。
「先輩は、後輩の彼女に手を出す人ですから」
桜井先輩の顔が青ざめた。
「隆太郎……」
「じゃあ、俺行きますんで」
俺は教室に向かって歩き出した。
桜井先輩は、その場に立ち尽くしていた。
正直、スッキリした。
言いたいことを言えたから。
俺は、もう桜井先輩を許すつもりはない。
白州のことも、もう関係ない。
俺には、アリスがいる。
それだけで十分だ。
※ ※ ※
昼休み。
俺はアリスに、桜井先輩との会話を話した。
「へぇ、隆太郎、ちゃんと言い返したんだ」
アリスが嬉しそうに言った。
「当たり前だろ。あんな奴、許せるわけないし」
「そうだよね。隆太郎を傷つけた人だもん」
アリスが俺の手を握った。
「でも、隆太郎が言いたいこと言えて良かった♡」
「ああ、スッキリした」
「それでいいんだよ。無理に許す必要なんてないもん」
アリスがニッコリ笑った。
「隆太郎は、私だけ見てればいいの♡」
「分かってるよ」
俺がそう答えると、アリスは満足そうに笑った。
「ところで、来週の温泉、楽しみだね!」
「ああ、楽しみだな」
「隆太郎と一緒にお風呂……入れないけど♡」
「当たり前だろ!」
俺がツッコむと、アリスはクスクス笑った。
「冗談だよ♡」
この平和な日常が、ずっと続けばいいのに。
俺は、そう思った。
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