表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

11話 契約

冒険者ギルドの奥には、音が少ない部屋がある。


掲示板の前の喧騒や、酒場じみた笑い声が嘘みたいに消える場所だ。

紙とインクと、乾いた木の匂いがする。

そこへカイルはジェイドに連れられ、冒険者3人と共に入った。


――俺は、こういう部屋を知っている。


傭兵の仕事で、何度も入った。

契約の更新。報酬の再交渉。

そして、捕虜や奴隷の受け渡し。


机の上に置かれた書類を見て、そう思った。


「こちらが、今回の契約内容になります」


ギルド職員の声は淡々としている。

感情を挟まない、慣れた口調だ。


役割、報酬配分、治療と補給の優先順位。

遠征時の取り決め、撤退判断の基準。

戦死時の扱いまで、細かく書かれている。


――細かすぎる。


普通の奴隷証は、もっと単純だ。

所有者の名前、管理番号、それだけ。

生き方も、死に方も、書かれない。


だが、これは違う。


「確認を」


職員が言う。


俺は紙に目を落としたまま、ゆっくりと読み進める。

文字ははっきりしている。誤魔化す気のない書き方だ。


横では、ラグスが落ち着かない様子で立っている。

フェルは腕を組み、黙っている。

ミレアは書類を覗き込み、時折、頷いた。


「治療と補給は、削りません」


ミレアが静かに言った。


「ここは、私が保証します」


祈るような仕草はない。

仕事として言っている。だから信用できる。


「問題は?」


職員が聞いた。


「……ない」


俺は答えた。


ジェイドが、少しだけこちらを見る。

確認するような視線だ。


「納得しているか」


「してる」


それだけで十分らしい。

彼は何も言わなかった。


ペンを渡される。

握ると、指が自然と動いた。

傭兵時代と同じ癖だ。少しだけ右に傾く。


名前を書く。

それだけで、いくつもの立場が切り替わる。


書き終えると、奴隷証が更新された。

所有者の欄が書き換えられ、新しい番号が振られる。


――それでも。


この証には、行き先が書いてある。

所属パーティー名。

役割。

契約期間。


そんな記載のある奴隷証は、初めて見た。


「手続きは完了です」


首にある特殊なインクで刻まれた紋章を拭き取り、職員が言った。


机の上に、金貨の袋が置かれる。

重い音がした。


ジェイドは、それを見ても表情を変えない。

いつも通りだ。商人の顔。


「これで終わりだ」


彼が言う。


ラグスが、深く頭を下げた。


「改めて、よろしく頼む」


「前衛として、歓迎する」


フェルも短く頷き、

ミレアははっきりと言った。


「無理はさせません」


「必要な時は、必ず下がらせます」


俺は、短く息を吐いた。


――傭兵としては、悪くない。

――奴隷としては、随分と変わっている。


だが。


「行き先がある」


それだけで、十分だった。





ギルドの建物を出ると、昼の光がやけに眩しかった。


契約は終わった。

金も受け取った。

書面も揃っている。


商売としては、きれいな取引だ。


「世話になった」


カイルが、こちらを見て言った。


「仕事だ」


俺は答える。


「それ以上でも以下でもない」


嘘ではない。

だが、本当でもない。


ラグスたちが先に歩き出す。

新しい前衛を、当然のように真ん中に置いて。


カイルが一度だけ振り返った。


「……あんた」


「前にも、こういう売り方を?」


「何度もな」


俺は肩をすくめる。


「使える商品は、使える場所へ。変える場所がある商品は、変える場所へ。それが一番、高く売れる」


カイルは、少しだけ笑った。

皮肉でも、感謝でもない。

納得の顔だ。


「生きて稼げ」


俺は言った。


「死んだら、安い」


「……ああ」


それで終わりだ。


背中を見送る。

振り返らない。

振り返る必要がない。


手放した商品に、用はない。

そういう商売だ。


俺は踵を返し、別の通りへ向かう。


次の案件が、待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ