92話の前 イフェストニア
92話の前、リオウが秀也と最終対決に向かっている頃のディーのお話です。
「イストーラで粛清が行われた」
人払いをした執務室に呼びつけたデュシュレイに、国王陛下はそう切り出した。
「ついさっきだ、イストーラから親書が届いた、イストーラ国内で不正を働いていた者に対し、身分の貴賎を問わず然るべき罰を与えたと」
王はきっちりと着込んでいた襟元を指先で引いて緩め、先を続けた。
「横領等の不正を働いて私腹を肥やしていたと思しき貴族が、王族の手により火刑に処されたと、イストーラ内部に居る間諜からの報告も上がっている」
執務机の前に直立するデュシュレイは、口を挟まず王の言葉を待つ。
「自然にはありえぬ炎の柱で、その身を滅されたという話だ」
デュシュレイの脳裏にリオウの友だという女が思い浮かぶ。
表情は崩さないながらも、何か思案している風なデュシュレイを見ながら、王は本題に入る。
「イストーラがこちらの国に、不穏分子の引渡を申し入れてきた。 ラティスを寄越せとな。 粛正されたイストーラの人間と深い繋がりがあり、不当な取引を行っていたということだ」
「やはりラティス伯ですか」
口を開いたデュシュレイに、王は苦い笑みを浮かべる。
「仮にも外交を担当する部署の長だからな、簡単な話ではないが……。 今準備を進めている、奴の(イフェストニア国内の)不正がらみの裁判が結審すれば、地位剥奪はあるだろうから、イストーラに引き渡すことも出来ぬこともない」
そう言うと、王は椅子に背を預けて足を机の端に掛けて全身でだるさを表現した。
それに対して特に注意はせず、デュシュレイは逡巡してから口を開く。
「ティス家の取り潰しは確定事項でしたが。 よもや、こんな形でイストーラから来られるとは」
「申し出を蹴るわけにもいかんしな。 一度に無数の劫火を操る程の魔術師の存在は無視し難い。 それとだ」
王は机上に伏せてあった一枚の手紙をデュシュレイの方へ、指先で弾いた。
デュシュレイはそれを取り上げ、その短い文面に目を通し王へ返す。
「手紙は、イストーラの使者が来た直後、この机の上に置かれていたものだ。 どんな魔法を掛けたのかは知らぬが、余以外に開封することが叶わぬようになっていた。
その手紙にあるように、リオウにはこの件、耳に入れぬようにせよ。 手紙には”願う”と書いてはあるが、手紙に魔法をかけて寄越すことのできるような奴等だ、何かしらの罠があってもおかしくはない。 あれに知らせた途端、国内で火柱があがるとは思いたくないが」
手紙には、今回のイストーラ国内の粛清等についての一切をリオウに知らせない事を願うと書かれていた。
そして、手紙の最後にはイストーラ国王とカディという署名が入っていた。
「了解しました」
カディが行ったであろう粛清を知れば、リオウは悩むだろう、苦しむだろうと、容易に想像できてデュシュレイはカディの案に乗る。
「お前の従者は、こちらの都合で使ってばかりだからな。 イストーラの事を知ることが、リオウの負担になるのなら、此度の件はアレに伝えずにおけ」
王の命に了承と感謝を伝えたデュシュレイを下げ、王は一人になった執務室の窓から空を見上げる。
そういえば、最近カキ氷を食べてないなと、ため息を吐いた。