90話 宣言
「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる」
猪木の名言を朗読して、口の端を上げて母さんを見れば、母さんも笑ってる。
わたしがどんな人生を歩いたとしてもかまわないと言ってくれた。
「母さん、あのね、わたしこの世界でディーの傍に居たいと思うんだ」
するりとそう言葉が出て、自分で驚いた。
そしてその驚いているわたしの頭を、ぐしゃぐしゃと母さんの手が撫でる。
「了解したわ。 さ、秀也連れて帰らなきゃ」
姉弟喧嘩という名の余興が終わって、周囲の人々も大分散り散りになり始めた広場の中央付近で、例の女性に泣き付かれてオタついている秀也に近づいてゆく。
「あ、えっと、エリーシャさん、こっち、俺の母さんと姉さん」
これ幸いと、腕の中の女性をくるりと反転させて、わたしたちを紹介する秀也。
「あれ? …もしかして、イライアさんですか?」
「………」
やっぱりそうだ! オルティス家でメイドしていた時に一緒だった、六番隊のイライアさん!
声とか聞いたことある気がしてたんだよね!
「お久しぶりです! お元気でしたか! 突然屋敷から居なくなったから吃驚したんですよー、あの後わたしも直ぐに辞めることになっ 「あぁぁあああ!! あんた! リレイ!!」 そういえば、この従者姿で会うの初めてでしたっけ」
驚きに口をパクパクさせていたイライアさんだったが、突然わたしの腕をむんずと掴むと、凄い勢いで近くの物陰に連れ込まれた。
「ちょっと、あんた! もしかして、シューヤのお姉さんってあんたの事なの!?」
迫ってくるイライアさんに頷く。
「あぁもうっ! ありえない! シューヤも規格外な魔術師だけど、さっきのアンタの戦い方って何!? あんな魔法聞いたこともないわよ」
頭をがしがし掻いて、頭痛を堪えるように深く息を吐き出すイライアさん。
「えぇと、ところで、イライアさんは何故こんなところに?」
話を逸らすために口を開けば、ギンッと睨まれた…な、なぜ。
「アタシは任務中なの、六番隊の意味わかってるの? 任務の内容なんて教えるわけないじゃない。 大体あんたねぇ-----------」
イライアさんから、前回のティス家での任務から始まって今回の任務(秀也のお守りだと、ぽろっとばらしてくれた)についてまで、がっつりお説教が入ってしまった。
なんだろう、ストレスでも溜まってるんだろうか…。
「-----そういうわけだから、アタシのことあの子にバラすんじゃないわよ」
「りょ、了解しました」
六番隊がらみの企業秘密だから、イライアさんが軍の人間であることはオフレコと。
「あんたも、伍番隊の人間ならもっとしっかりしなさいよ……っていうか、伍番隊に女性隊員なんて居ないわよね…。 アンタ、本当は何者なの…?」
胡乱な目で見られる。
「えぇと…でゅしゅれい隊長の、従者ですが」
「………」
イライアさんの切れ長の目にじーっつと見つめられる。
「……本当に? あの、狂犬の?」
「狂犬? そういえば、誰かもそんなこと言ってた気がしますけど。 良い人ですよ?」
ちょっと強引ですが。
「良い人!? ……あぁ、なるほど、ねぇ」
腰に手をやり、珍しいものでも見るようにわたしをマジマジと見てにやっと笑う。
「まぁ、他人の好みにとやかく言ってもアレだし、頑張んなよ」
頭をがしがしと撫でられる。
な、何を頑張りましょう、やっぱり愛想を尽かされないように?
少しぶっきらぼうだけど優しいし、背も高くて、ちょっと表情がきつめで一見怖かったりもするけど小さく笑ったりする顔が…だし、仕事も頑張ってるし。
うん、愛想を尽かされないように頑張ろう!
「はい、頑張ります!」
決意を新たに頷くと、生暖かい目で微笑まれた……あれ?