88話 姉弟喧嘩
「さぁっ! 今日こそはとっ捕まえて、強制送還してやるわっ!!」
「やるき満々ね、良子」
ディーを仕事に送り出した後、朝イチで向こうに行き、寝ていた母親を叩き起こしてこちらの世界に引っ張りこんだ。
準備は万端!
二本の鎖はわたしのテンションを感じてか足元でシャラシャラと小気味良い音をさせている。
「弟に遅れを取ってられないでしょ? 姉ちゃんを敵に回すって事の意味を教えてあげなきゃ…姉の沽券に関わる」
いい加減、みっちり、きっちり、どっちが上か教えてやらないと。
「…程々にね、良子」
姉弟喧嘩に口を出さない主義の我が家なので、母さんも嗜める程度だ。
「こっちだって、しっかり勉強してきたんだから」
わたしがそう言って、弟の部屋から無断拝借していたライトノベルといわれる種類の本を見せると、母さんは遠い目をする。
「……そうよね、長女ったら勤勉だったものね…。 これで長男の利点が無くなっちゃったわねぇ」
ふっふっふ、斜め読みしただけだけど、秀也の持ってた本をランダムに目を通してやった(エロ本以外)。
そんなわけで、扉を繋げる前に自分に俊敏性UPと魔法防御の魔法をかけてある。
リビングのドアに魔法を掛け、一度深呼吸してからドアを開く。
「良く来たなっ! ここが決着の場だっ」
orz
ちょっと待て。
「……町のど真ん中とはねぇ、一生懸命考えたんでしょうねぇ、秀也」
わたしの後ろからやってきた母さんが、嘆息する。
確かにこんな場所だったら折角試そうと思ってた派手な攻撃とかできないけど。
どこかの町の広場の真ん中に日曜大工的なドアを作ってわたしを待ち構えてるって…。
それに、どう見ても街の人たち巻き込んでるよね、広場を囲むように人垣ができていて…なんで屋台まで?
ワイワイと活気があっていいけど…戦う空気じゃない。
今か今かと始まるのを待つ、ワクワクした空気を感じます。
「……で、オッズはどのくらいなのかな?」
わたしの喉から、低ぅい声が洩れる。
秀也は一瞬顔を引きつらせた後、目を泳がせる。
「早く教えろ」
駄目押しすれば、秀也は小さな声で答える。
「2倍と120倍です」
「わたしが120倍か…?」
「は、はい、そうデス」
だろうな、わたしに知名度なんて無いだろうからな。
…だけどなムカつくものは、ムカつくんだ…。
「では、わたしに賭けてくれた人たちの為に、全力を尽くそうかな」
母さんが人の輪にまぎれたのを確認して片手を半ばまで上げる。
シャラシャラと波打っていた鎖が臨戦態勢をとる。
「や、ややっ! ちょ、ちょぉ待って、ねぇちゃんっ」
「ああ、このままじゃ気兼ねなくできないもんな」
逃げ腰の秀也に、ニヤリと笑って操駆する。
「”戦闘領域の隔離”」
見物客とわたしたちの間に半透明の障壁を作り出す。
ぽかんとする秀也と見物客。
「さぁ、やろうじゃぁないか? 覚悟はできてんだろうな!」
わたしの啖呵を開始の合図に、姉弟喧嘩の幕が切って落とされた。