85話 愚弟探索
一言で言えば、愚弟はすぐに見つかった…というか、見つかる。
「”扉よ、秀也の所へ”!」
怒鳴るようにドアをつなげる。
ドアを開けば、見知らぬ森。
どうやらどっかの森の廃屋のドアと繋がったらしい。
「また来た! もう! いい加減俺のことは放っておいてくれって!!」
言いながら、わたしに向けて威力の抑えた”水の矢”を放ってくる。
わたしが来るのを見越して操駆しておいたんだろうが、そう何度も食らうかバカ!
こっちもあらかじめ用意しておいた”鎖”ですべて打ち払う。
「うわ! ★ 雲 鎖かよっ!! どうやって作んのそれ!」
「教えるかボケ! お前はさっさと実家に帰れ!」
奴を捕らえるべく鎖を放つが、素早く避けられ、そのまま逃走された。
なんだあの、人外な反射神経!?
ぽかーんとしているわたしの後ろから声が掛かる。
「筋力強化かしらねぇ。 あの子の操駆、長いから使い勝手悪いものね。 あらあら、もうあんな遠くまで逃げちゃったわね、じゃ、今日はこれでお終いね」
「母さぁん…そんな呑気で良いの?」
母さんの終了宣言により、本日の追跡も終わりだ。
すごすごと部屋に戻る。
今日でもう4日こんな攻防が続いている。
ドアで奴の近くまで行くのだが、ドアが遠かったり、なぜかわたしより色々な魔法を使ってくる秀也の姑息な技(ドアの前に落とし穴とか、魔法のトリモチとか、睡眠の魔法とか)の前に、捉える前に逃げられている。
その上、母さんが立会いを希望したため、母さんの仕事が終わってからなので、必然的に追跡は夜の短い時間だけとなる。
因みにお父さんは、自分が魔法を使えないのを知ってがっくりしたため、母さんのように日参はしていない。
……そう、母さんは魔法を使える。
「魔法って便利ねぇ。 クリーニング代浮いちゃった」
持ってきたスーツを魔法で”浄化”し”プレス”してホクホク顔の母さん……わたしより多彩に魔法を扱うのです、主に生活に根ざした便利魔法を。
因みに母さんの操駆は、右手の人差し指で空中に”OK”と書くだけ。
母さんは遊びに来るたびに、あれやこれやと魔法を実験していく。
そんなわけで、台所には”瞬間湯沸しポット保温機能付き”が常備され、”腐敗防止”の魔法を掛けた棚に食料を保存し、お風呂場には浴槽が設置されて常時綺麗なお湯が張られシャワーからはいつでも温水が出る、室内の照明魔法もタッチ式で壁を発光させるという仕様に変更することによって、ディーにも明かりが点けられるようになった。
「錬金術が無いのが惜しいわねぇ」
良くわからないんだけど、そういうことらしい。
居間に戻りコーヒーを2人分いれる。
ディーはまだ仕事だ、向こうの世界ではお父さんもまだ残業中らしい。
「ねぇ、もうそろそろ本気で捕まえなくて大丈夫なの? 学校だってヤバイでしょ?」
わたしの高校はもう諦めたからいいけど、義務教育は不味いでしょう。
「一応インフルエンザで休んでることにしてあるけど。 そうねぇ、もうそろそろ捕まえましょうか。 明日は日曜日で母さん仕事休みだし、朝から来れるけれど、良子は明日もお仕事?」
「ん? ん、多分。 ディーに聞いてみる」
仕事でも、こっちを優先させてくれると思うんだけど。
「お仕事を優先させなさいね、秀也は大丈夫だから」
「…なんで? 心配じゃないの?」
知らない世界でたったひとりで旅(?)をしている息子なのに?
母さんは一口コーヒーを啜ると、にっと口の端を上げた。
「アンタと違って、あの子はラノベ大好き人間ですもの。 それに一応分別はあるみたいよ?」
そう言ってポケットから取り出した紙片を見せてくれた。
”炎の矢を覚えた! 狼に襲われてた人を助けたら飯食わせてくれた。 こっちの人結構いい人多いよ”
”飲料水は自分で出せるから平気。 炎の矢で鳥を落とせるようになった。 焼き鳥ウマー”
”夜盗退治してきたなう。 怪我とか無いから心配ないよ、俺最強w”
”姉ちゃんみたいにドアは作れないけど、手紙は飛ばせるみたいだ 届いてる?”
なにこれ……orz
「どっかの小さな村か町に居るようね。 因みにこれが、一番最初のメモね」
そう言って”姉ちゃんみたいに……”から始まるメモを拾い上げた。
ええと、察しますに……。
「母さん、秀也と連絡取り合ってたの!?」
少し申し訳なさそうにする母さんに、ビンゴだと悟る。
「な、な、な!! なんで教えてくれないのよっ!!」
秀也が困ってないか、事件に巻き込まれて無いか、腹をすかせてないかって! 心配してたのに!
そりゃ、毎回元気一杯に歯向かってくるから、決定的な何かがあるとは思ってはいなかったけど!
わたしを拉致したあいつらみたいなのも居るんだから!!
沢山、沢山心配したのに……っ。
「いっつも、わたしばっかり、のけ者でっ…」
わたし抜きで話が進んでいく。
気づけば警察に提出されていた捜索願は下げられ、高校も退校手続きが済み、わたしがこっちに来ることが確定してるし!
わたしなんかの意志なんてどうでもいいんでしょう!
「良子、それはね―――」
「うるさいっ!! もう帰ってっ!!」
言いかけた母さんを遮って、ドアを繋げ。
有無を言わさずそのドアに押し込んで魔法を解除する。
ドアに背中を預け、ずるずるとその場に座り込む。
頭の中がぐちゃぐちゃして、涙が勝手にこぼれてくる。
いつもそうだ。
この世界に来たのは、楓の意思。
従者になったのもこの世界に留まることになったのも、ディーの意思。
わたしの意志は何処にあるんだろう。
わたしの……意志って………。