81.5話 カディ
「帰してよかったのか?」
イストーラのシルフレイド王はパタリと静かに閉められた扉から視線を転じ、残った小柄な少女に向き直る。
「……いいの。 良子は真面目だから、こんなことに加担したら胃に穴を開けること請け合い。 それに、彼女が居たら無茶させてもらえないだろうし!」
一瞬翳った表情を消して少女…カディは笑みを浮かべる。
「さぁ、急ぎましょうよ。 向こうが体制をととのえる前に、潰しましょう」
その日のうちにイストーラ内に巣食っていた患部は焼き尽くされた。
焼き尽くすとは誇張ではなく、宰相の横暴に加担し、酷く民を苦しめ続けていた貴族・役人達が一斉に紅蓮の炎に焼かれた。
無論、宰相もカディの魔法で作られた高温の炎に包まれた。
灰さえ残さぬその炎を、カディは目を逸らさずに見つめる。
宰相から抜いた記憶をもとに悪人達を一掃したのだ、自分のしていることは悪ではない、望まれた正義なのだ…。
小柄な体が小刻みに震える。
シルクレイド王はカディの懊悩を感じとりながらも、彼女を慰める言葉を掛けることはできなかった。
「さ、さぁ、コレで第一段階は終わり。 抜けた穴をどうにかするのは貴方達が頑張ってちょうだい。 私は実働部隊なんだから」
振り向いたカディの顔色は悪かったが、その目は決して正気を失ってはいなかった。
王と三公らの指示を受け動くカディのお陰で、イストーラの復興は脅威の早さで行われた。
年単位で行われる治水事業も、開墾作業も、街道整備すら、カディの無尽蔵ともいえる魔法によって見る見るうちに整えられていく。
そういう平和な作業のかたわら、宰相側の残党を血祭りにあげた。
祈るような操駆を行い、石造りの小さな建物に手を向ける
「”爆炎”」
残党のアジトから紅蓮の火柱が天へ突き抜ける。
悲鳴すら無く、中に居た者達は建物ごとその存在を燃やし尽くされる。
少し離れてカディを守る聖騎士は、表情も無く周囲を警戒している。
カディは天をも貫くその火柱を見上げる。
「カディ殿! 来ます!」
警戒していた聖騎士が、低い声で敵の接近を伝える。
「了解しました」
振り返り四方を守る聖騎士の背中越し、周囲を取り囲む複数の人間を確認した。
操駆し、胸ポケットに挿してあったペンを出し一振りすると、それは見事な日本刀となる。
少し前までは、リオウと同じように血を付けて刀を作り出していたが、シルフレイド王からカディ程の魔力があれば血の媒介が無くても物質変化が可能だろうと言われ、実際に操駆のみで物質を変化させることができるようになっていた。
「殲滅します」
「了解」
腰を低く落とし構えるカディに聖騎士達が短く応えた。
そうして。
多くの刺客を手に掛け、時に無関係で善良な人間も巻き込んでのそれに、カディは疲弊していった。