79話 探求する者
全員こちらの悪趣味な部屋に来てもらい、牢に繋がっていた どこでもドアーを解除した。
その途端に閉めた扉が、外からドンドンと叩かれる。
「宰相閣下! 如何されました!? 宰相閣下!!」
扉の外から掛けられる声は、どうやら宰相の聖騎士達のもののようだ。
可笑しいなぁ、あの一斉解除の魔法効かなかったのかなぁ……。
首をひねっていると。
「リオウ殿の魔法が効かなかったわけではないだろう。 宰相の聖騎士は彼に賛同する者達の集まりだから、最初から魔法すら掛けられていないと思う」
わたしの心配顔に気づいたらしいひげ男さんがフォローしてくれた。
それよりひとつ気になることが…。
「わたし、”リオウ”って名乗りましたっけ?」
楓はわたしのことを良子と呼んでいたから”リオウ”がどこから出たのか。
「いや……宰相が手配書のようなものを回していたからな。 名は知っていた、イフェストニアの狂犬の飼いネ…いや、あ、従者、だという話だったから、もっと…そう、もっと屈強な者を想像していたのだ」
なんでしょう、そのしどろもどろっぷり。
「飼い猫というよりは、むしろ飼い主よね?」
は? 誰が何を飼ってるって話ですか、楓サン。
「そんなことより、来るわよ」
楓が扉に向き合い、腰の刀に手を掛ける。
ドアノブが性急に回され、扉が外側に開いてゆく。
「鎖よ」
ガッ、ガッ、ガッ、ガッ……!
左手を伸ばし、扉の入り口部に格子に鎖を渡して、侵入できないようにする。
「……いいとこ取りね、良子」
拗ねた口調の楓だけど。
「だってこうしないと、楓が切っちゃいそうだし」
職務に忠実な人達で、確かに敵なのかもしれないけど、多分、切った張ったをする必要は無いと思うんだ。
「わたしたちはきっと凄く強いんだよ。 それなら、同じレベルで戦う必要なんか無いと思うんだ」
「な! なんだと!? 貴様ぁっ!!!」
わたしの言葉に反応した聖騎士が色めきたち鎖を揺らす。
「そうねぇ、私達は剣士じゃなくて魔術師だものね」
納得してくれた楓がフムフムと頷く。
そして、入り口で鎖を断ち切ろうと足掻く聖騎士たちに視線をやる。
楓の手が祈りを描くように額から胸に下り、その手が彼等の方へ向く。
「”眠れ”」
一瞬だけ抵抗を見せたが、そこに居た全員がバタバタと倒れ、床で高いびきをかきだした。
「本当に、素晴らしい……」
三公の筆頭であるらしいおじいさんが、感嘆の声を漏らす。
「先程からお二人の操駆を拝見しておりましたが、そのように簡潔に操駆を済ませ、尚且つ一言で魔法を完成させる等、長く生きてきて初めて知りました」
うんうん、それはわたしも思った。
こっちの人はあんなに長ったらしい操駆なのに、わたしと楓はどうしてこんな簡単に魔法が使えるのか。
わたしとおじいさん…えぇと、オルドファンさん?他の視線を受けて、楓が微妙な顔をする。
「……シルフレイド王の仮説なのよ」
シルフレイド王?
イストーラの王様のことでいいのかな?
「王の…仮説でございますか? 初めて聞きましたが」
小柄な壮年の男性が驚きの声を上げた。
「考え方が異端だから公表はできないと本人が言っていたので、きっとずっと胸のうちにあったのだと思います」
操駆は決して同じであることは無い、そういう摂理である。
故に魔術師は、師事した者の操駆に自身で考案した所作を足して自分の操駆とするのが習いであるという。
だからあんなにも長々とした操駆が必要となる。
言葉もあれほど長いのは、その方が明確に魔法をイメージできるという理由から。
「だからシルフレイド王は、まだ何も覚えていない私に、魔法の固定概念を与えずに、既に使う者が居なくなった簡潔な操駆と、言葉ではなくイメージありきで魔法を使うことを教えてくれました。 その後に、この世界の魔法の実情を」
「…我々は、決して師よりも短い操駆を行うことを許されてはおりません……」
居合わせた魔術師の中で、最も年若いであろうおじさんが低く零した。
「王は、それも仕方の無いことだと言っていました。 もしも、弟子が自分よりも短い操駆で魔法を使ってしまっては、師匠としての立場が危うくなってしまうから。 だから、操駆は師よりも長くしなくてはならないし、言葉はより詳しく紡ぐ方がよいとされ、魔法そのものを研究する者は迫害されるようになったと教えてくれました」
静かに楓が言い、魔術師が押し黙る。
イストーラの王様って、魔法に対しては真摯なのか…。
楓もその件に関しては王様に一目置いているようだし、尊敬もしているみたいだ。
「王は、魔法の研究者でありました、だから自分より強い魔術師になるであろう私達に、自身の仮説の実証をすべく簡潔な魔法を教えてくれました」
そう言ってから、ハンッと嘲笑するようなため息を吐いた楓は。
「言ってしまえば、あの人は研究馬鹿です、王として君臨する性質の人間では無いと思うのですがねぇ」
えぇぇぇ! 良い話だと思ったのに、そういうオチなんですか…orz
「と、ところで、そんな大事なこと、ここで言っていいの?」
多分悪い人は居ないとは思うんだけど、こんなに人が居るのに。
魔法の事にしても、王様を貶した事にしても……。
「駄目よね、やっぱり」
あっけらかんという楓に脱力してしまう。
「ちゃんとフォローするから、そんなに疲れないでよ」
背中をぽんぽんと叩かれ、彼女を見れば操駆をしていた。
「”忘却”」
記憶を消すなら何でこの場で話をしたんだろう?
「それにしても、お二人の魔法は素晴らしいですな! 流石、最強と謳われた姫様の子孫であらせられる!!」
……冒頭へ戻る、ですか。
「……知っておいて貰いたかったの」
ここから近いという王様の部屋へ案内されながら、わたしにだけ聞こえる声で楓がぽつりと零した。
話の流れ的に、王様のことかな?
人気の無い廊下を、比較的元気な聖騎士の2名と歩きながら、楓を見下ろす。
「悪いばっかりじゃないのよ、良いところもあるって、良子に知っていてほしかったの」
「あー、うん、わかった」
一面だけ見たら、優柔不断っぽくて宰相に良いように利用されている(っぽい)情けない王様だもんねぇ、結構前から夢の中で会ってたってことだから、楓にはちゃんと王様の良い部分も見えてるのかな。
「どのくらい前から会ってたの?」
「んー高校上がったころからかな。 最初はわけがわからなくて突っぱねてるだけだったけど、何度も何度も来るから、絆されちゃったのかなぁ」
苦笑する楓の背中をぽんぽんと叩く。
「楓が信用するなら、わたしもそれなりの対応をしなきゃね」
微笑を返せば楓の頬がホッとしたようにほころんだ。