77話 牢破り
「あれが、イストーラの王様?」
「……そう、アレが」
牢屋の冷たい床に座り込み、ぐったりとする二人。
それにしても、なぜ、楓がつかまってしまったのか……聞けば、王の部屋にドアを繋げたのはいいが、その部屋に張られていた罠に見事に引っかかってしまったという、ドアを解除するので精一杯だったと悄然としながら答えてくれた。
「で、どんな罠だったの?」
「んー、なんだか頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚? 精神攻撃みたいだったわ」
城の中だから、城を壊すわけにはいかないから物理攻撃じゃないんだね。
……あぁ、いや、あの宰相を見てたら、単純に精神攻撃で人が苦悶するのを見るのが好きなのかもしれないけど。
「けれど、よく無事だったね、あのおっさんなら嬉々として拷問なりなんなりしそうだけど」
「夜は眠いから、朝になってからって言ってたわ。 そうやって、時間まで恐怖に怯えるのを見たいんじゃない?」
おぉう…。
「宰相閣下は…言うのもしゃくだけど、強いと思うわ……」
忌々しげに、楓が言い捨てる。
「精神攻撃に対抗する手段なんて思い浮かばないもの、攻略する術が思いつかないの」
………あれ? なにか楓の勢いが無い。
ぽろぽろと涙まで零しだした楓に違和感を感じ、首をひねりつつも提案する。
「じゃあ、物理攻撃でしとめちゃう? あんなおっさんの魔法なんて解除できないわけが無いよ? 精神攻撃されてもやり返せるって」
「宰相閣下よ!? 歯が立つわけ……っ」
言い募る楓に軽くチョップを食らわせて黙らせる。
それにしても、何か、もやもやする、楓がなにかもやもやする。
精神攻撃とやらを食らったときに、どこか打ったんだろうか?
じーっと楓を見ていると、楓のまわりが凄く薄いベールに覆われていることに気づいた。
なんだろうこれ。
ぱたぱたと手で払ってみるが消えない。
「何しているの?」
きょとんとする楓。
一か八か?
「”解除”」
おぉ、ベールが消えて、クリアになりました!
「なにやってるの良子?」
「楓の周りに何かあったけど、解除したら消えちゃった」
言った途端、思い当たる節があったのか楓の涙は引っ込み、代わりに怒りの形相へと……ひぃぃっ!!
とりあえず、おっさんに制裁を加えに行こうとする楓を落ち着かせる。
「はっ倒したくなるのは理解る! だけど、はっ倒した後どうする?」
「……あと?」
「楓はどうしたい? ただ魔法で偉い人たちを懲らしめたいだけ? そんな子供じみたことをしたいわけじゃないよね?」
国のトップに制裁をしてそれで終わりなんてことはさすがにいただけない。
単純に考えても、王様(主に宰相閣下だけど)締めるなら、その後残される雑事を考えないとね。
深く考えなくても…面倒なのは一目瞭然でアリマス。
「……それでも。 それでも、私は奴らを見過ごせないの…! せめて、あの宰相は叩きのめす!!」
「じゃ、そうしようか」
楓に覚悟があるならいいや、わたしはわたしの出来ることをしてあげよう。
「…反対しないの?」
「して欲しい?」
ふるふると首を横に振る楓が、子供っぽくて可愛い。
「さ、早くしないと、見ず知らずの牢番さんが、宰相の趣味の餌食になっちゃうよ」
奴が試したがっている魔法が、どんな拷問なのか考えたくもない!
「そうだね。 ちょっと待って、私も何か武器が欲しいわ」
そう言って、さっきわたしが切り落とした鉄格子の1本を手にした。
30㎝程だけど、重そう……。
「もう少し短くしようか?」
「大丈夫! いつも使ってるのと同じくらいだから」
いつも?
楓は操駆し、指先を傷つけて血の出た手で鉄の棒を握りしめた。
すると鉄の棒は、一振りの見事な日本刀へと変わった。
そしてもう一つ、小さめの鉄を持って重さを確かめると、それで”鞘”を作り腰紐の間に差しそっと左手を添え刀を収める。
楓はすぅと呼吸を整えると、腰を落とし。
「はっ!!」
気合一発、見事な刀捌きで鉄格子を切り捨ててくれた。
慌てて”消音”の魔法を掛けなかったら、凄い音だったよきっと! 人のことは言えないけど、少しは考えて行動していただきたいっ。
「私の趣味が居合いだって、言ってなかったっけ?」
切れ味に満足そうに笑んだ楓から、なんだか自信が漲っている。
「初めてお聞きしましたよ」
「そうだっけ? さ、入口も広くしたし、行きましょう!」
凄く元気になってる。
意気消沈されるよりは良いけれども。
「と、その前に!」
そう言って、近くにあった別の牢もぶった切る。
「だ、だからっ!! 切る前に言え!! そうしたらあらかじめ音消ししておくんだからっ!!」
「うむ、良子を信頼してますから」
いやいやいやなんですかその自信は! 心臓に悪いから信頼してても駄目 orz
鉄格子の中には、屈強な体躯をしたひげもじゃの男性が居た。
わたしたちが入って来たことにも気づかず、地べたに座りじっと真正面を見つめている。
「どうしたのかしら? こちらに気づいていないようね」
楓も首をひねる。
しかし、良く目を凝らせば、ひげ男の頭の周りに楓の時と同じようにベールが掛かって見える。
これもあれか?
「”解除”」
ひげ男がぴくりと動き、目の焦点が合い、ゆっくりとこちらを見た。
一瞬鋭い眼光でわたしたちを見るから、思わず腰が引けてしまった。
しかし、ひげ男は視線を和らげると、肩の力を抜いた。
一応”鎖”をいつでも動かせるようにはしてあるけれども、もしも、が無くてよかった。
「君達は誰だ? 奴等の仲間ではあるまい」
奴等とは宰相のことかな。
「わた―――むぐぅ」
「貴方こそ誰ですか?」
自己紹介しようとしたわたしを、楓が押さえ込む。
あぁぁ…ごめんなさい、ぺろっと情報を吐くなと凄まれました。
そんなわたしたちのやり取りを温かい目(?)で見守ってくれたひげ男は、気分を悪くした様子も無く口を開く。
「俺はこの国の聖騎士だ」
「聖騎士?」
聞いたことの無い言葉に首をひねる。
「聖騎士といえば、魔術師を護るためにエリート兵で組織された騎士団ですよね?」
楓がひげ…聖騎士さんに確認をしている。
「エリートかどうかはしらんが、魔術師を体を張って守るのが仕事だな、別名肉の盾」
酷い別名もあったもんですねぇ。
楓もその蔑称にあからさまに眉を寄せて不快感をあらわにする。
「それで君達みたいな子供が、こんなところまで来て何をやっているんだ。 ……まさか、国が落ちたわけでは」
その言葉に、ぶんぶんと首を横に振る。
「いいえ、イストーラがどうこうなったということは無いです」
冷静に楓がそう答えるのを、聖騎士が眉をしかめる。
それにしても、見回りとか来ないよね?
これだけおしゃべりしてても誰も来ないってことは、基本的に見回りとか無いのかな?
楓と聖騎士の人がしゃべってるのを横目に、近くの牢屋もチェックする。
どの牢屋の人も、静かだ。
やっぱり何か魔法を掛けられているようで、全員ベールが見える。
1つの牢に複数人入れられているのもあれば、聖騎士の人のように一人で入っている人も居るし、元気そうな人も居れば……虫の息の人もいる。
と、とりあえず、一番奥の牢屋に居た虫の息で一人ぐったりと牢の隅に横たわっている老人の魔法を”解除”し、鎖で牢屋の鍵を破壊しておじいさんの傍へ寄った。
うぷぅ、色々と垂れ流しだったり、過去からの蓄積もあったりで凄い臭いだ。
魔法で空調して異臭を逃がしつつ、おじいさんの着ているものをとりあえず”消臭”した(根本的な解決にはならないけど)。
「う…うぅぅ……」
苦しげに呻くおじいさんにお水を与えると、少しは楽になったのか、うっすらと目が開いた。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「お主は…一体……」
口が渇くようだったので、追加でお水を飲んでもらう。
「リオウと申します。 おじいさんは何をして牢屋にいれられたんですか?」
ぼろぼろだけど、魔術師の服を着てるんだから、この国だったらちゃんとした地位のある人ってことになると思うんだけど。
「わしか……わしは、王の目に外の世界を見るように勧めたのじゃ。 しかしのぉ……王に知恵を付けられると困る人間がおっての…、そやつにわしが王に知恵をつけようとしていたことがバレてしもうて、こうして牢に入れられとるわけじゃ」
ち、小さい子に諭すように教えていただきましたが…そんなに子供っぽいでしょうか、わたし。
おじいさんから見ればひよっこに違いないですけど。
「じゃぁおじいさんはあの宰相が嫌いなんですね」
「……嫌いじゃのぉ。 あやつは、私欲に走っておる…時期が来れば、王を亡き者にし国政の実権を掌握しようとしておるからのぉ……。 それにしても、御嬢ちゃんのくれた水は元気になるのぉ」
「おじいさんが元気になりますようにって、願いを込めたから?」
栄養ドリンク的な成分が付加されたんだろうか?
「そうか……随分と力のある魔術師なのじゃなぁ」
「そんなこと無いです。 それよりも、おじいさん、宰相が嫌いなのはわかったけど、王様は? ちゃんと政治をしていない王様は嫌いじゃないの?」
「王か? 王は嫌いじゃないのぉ。 王は良く話しを聞くからのぉ、宰相さえ居らねば、臣下に支えられ良き王として君臨することもできたが……」
「その宰相を任命したのは王様ですよね? なのに王様は悪くないと思うんですか?」
聞くわたしに、おじいさんは首を横に振る。
「宰相は人の心を操るのじゃ。 心を壊したり操ったりする魔法を得意としておってな、その系統の魔術師としては当代一じゃて」
ということは、王様は宰相の操り人形ですか?
んん? もしかして、最悪の場合。
「お城の人達はみんな宰相に操られてるってこともあるのでしょうか?」
「完全に操るということは誰にもできんことじゃて」
喋ることも辛い様子なので、話しかけるのも申し訳ない。
だけどもう一つだけ。
「ここの牢屋には、殺人鬼みたいな悪い人も居るんですか?」
「居らん。 そういう輩は肉体的拷問で、もっても3日で死んでおるからの」
「教えてもらってありがとうございました」
「こちらこそじゃ。 ありがとうございまする異界より来た子孫殿」
立ち去りかけて、振り向くと、おじいさんがにやりと笑った。
な、なんでしょう、その”伝説の勇者”的な語呂、嫌な感じしかしません!
顔を引きつらせるわたしと入れ違いに片足を引きずるひげ男さんが入って行った。
「オルドファン様ご無事でしたか!」
「子孫ってなんだ?」
牢を出ながら首をひねるわたしのところに楓が来た。
「何のお話?」
「あ、楓。 この中にいた、おじいさんがわたしの事を誰かと勘違いしてるみたいで」
子孫と呼ばれた事を伝えると、楓が何か心当たりがあるのか、小さく頷いた。
「勘違いじゃないわよ。 私も良子も、ずーっと昔イストーラに居たお姫様の子孫だもの」
楓の話に拠ると。
この国が建国された2代目だか3代目だかの王族に素晴らしく魔力の強いお姫様が居て、彼女が興味本位で異世界(日本)との扉を開いてしまい、そのまま日本にきたは良いがあちらの世界は魔法の無い世界なので当然向こうから異世界を繋げることはできず、また当時のイストーラに異世界と扉を繋げる程力の強い魔術師が居らず、彼女を救出できぬまま、彼女は日本で生涯を終え…その血を引くのがわたしや楓だということだ。
その血縁関係で、こちらの世界で魔法が使えるらしい。
……全然見ず知らずだった楓と血縁ってことは、姫様って一体どれくらい昔の人なんだろう。
「さぁ、のんびりしていたら戻ってくるかも知れないわ、先へ進みましょう」
楓の声に気を取り直す。
「そうだね、じゃぁとりあえず片っ端から牢屋破りして、魔法を解除しようよ」
そう言うと、一瞬考えるように黙った楓だったが、苦笑をもらして頷いた。
「そうね、助けましょう」
「うん! じゃぁわたし右側やるから、楓は左側ね。 あ! ちゃんと音消ししてよ」
「わかったわ。 ”金属音の消去、20分”」
部屋中に魔法を掛け、手際よく鉄格子を切ってゆく楓。
時間指定して特定の音を消したのか、面白いなぁ!
さて、わたしも頑張ろう。
「鎖よ、行け」
鎖を絡めてある右手を伸ばす。
鎖がわたしの意志に従い、右の牢屋の鍵の部分のみをピンポイントで狙って鎖を突き刺して鍵を破壊してゆく。
「……器用ねぇ」
「楓もきっとできるよ?」
仕事を終えた鎖を右腕に巻きつけておく。
「じゃわたしこっちの人達”解除”するね」
「わかったわ」
左右の牢に分かれて中に居る人たちを”解除”してゆく。
合計30数名解放し、内5名魔術師だった。
時間の余裕も無いので説明はひげ男さんに任せることにして先を急ぐことにした。