8話 操駆
「なぜ目を逸らす」
今までと違い、険の無い低い声がささやくように聞いてくる。
「え、えぇとっ」
余計にあせるっ!
上向かされている唇を、ぺろりと舐められた。
「ひゃぅっ! な、何っ」
「……気にするな」
幾分、困惑気味な声音が返ってきたが、気にするなって、なんですかぁー!
何か言い返そうとして開いた口に、隊長の唇が重なる。
「む、ふぐっ」
わたしの声が、隊長の口に吸い込まれた。
ねっとりした、他人の舌が口腔に忍び込んでくる。
キスなんて想像したことしかないけど、本やTVの情報では…。
「は……っん」
情報なんか吹っ飛んでるわー!!!
いつの間にか両手で顔を挟まれ、熱心に唇を嬲られる。
時々一瞬だけ離れるお互いの唇の隙間から、なんとか新鮮な酸素を吸い込み、でもすぐさま隊長の唇にふさがれる。
どうしていいかわからず、見開いた目に、隊長の熱っぽく眇められた視線がぶつかる。
目と目を合わせたまま。
唇が何度も合わさり。
唾液が何度も交わされる。
くたりと、膝が笑う。
「目を開けたまましたのはお前が初めてだ」
しりもちをつくわたしに、隊長が唾液にぬれた唇で笑う。
「…っつ!! 最低っ!!」
つながれたままの両手で、ごしごしと痛くなるほど唇をこすり、つばを吐き出す。
それを微妙な顔で見てから、隊長が不意にキツイ視線になった。
「で、お前は、その状態でどうやって魔法を行使した」
ほ、ほえ?
きょとんとしているわたしの腕を掴み、無理矢理立たせると、刺すような視線でわたしを見下ろす。
「魔法の行使には、先程の魔術師がやったような操駆(造語)が必要なのは知っている。 だがおまえはその両手を縛った状態で、どうやって操駆をした」
ソーク? さっきの魔術師がやったみたいな踊りを踊らないと、魔法が使えないってこと?
わたしがやる胸に手を当てて、拳を握り込む…ってのが、ソークってやつなのかな。
んで、そんな簡単なソークって無いってこと?(あの人踊ってたもんね、すっごく真剣に…)
えぇと、わたしのソークで魔法が使えるってばれたら…また、簀巻きってことだよね。
簀巻きは嫌だけど、どうする、どうする、わたしー!!
「え、えぇとですね」
目が泳ぎ、冷や汗だらだら。
「……わかった、とりあえず、そこに寝ているヤツを起こしてみろ」
そう言って、まだ寝てるジェイさんを指さす。
「は、はぁ」
わたしは曖昧に頷くと、ジェイさんの傍に行き…。
「ジェイさぁーん、起きてくださぁい!」
耳元で大声を出して、両手でわしわしとジェイさんを揺すった。
「ふぁっ!? ふへ?」
寝ぼけてる、どんだけぐっすり寝てたんだ。
「………この流れで、そう起こすか…」
わたしの後ろから、低くうなるような声が聞こえた。
「はっ、た、隊長っ」
隊長の至極不機嫌な声に現状を思い出したらしいジェイさんは、慌てて起き上がると周囲を見回してきょとんとした。
「あれ? 俺の記憶違いじゃなけりゃ、俺たち奴らに囲まれてませんでしたかね?」
「…奴らは引いた」
端的に結論だけ言うと、隊長はわたしの頭をわしっと掴みぎりぎりと力を込めた。
「痛い!痛い!痛いっ!!」
「なにやってんすか隊長! こんな子供に!」
「子供じゃない、魔術師だ」
隊長の手を払いのけてくれたジェイさんに、隊長は厳しい声で答える。
「え? 魔術師ですか? こんな子供が?」
とまどうジェイさんをよそに、隊長はわたしの腕を掴み上げ、強引に立たせると、わたしの手をぎっちり掴み、左手の指先にいつの間にか出していたナイフで、その指先に刃を当てた。
「いたっ!!」
「ジェイ、舐めろ」
隊長はそう言って、わたしを背後から拘束したままジェイさんの方へわたしの手を無理矢理差し出す。
「な、なにするのよっ! ちょ! ジェイさんも、とめてよっ!!」
「ジェイ。 緊急事態だ、私が責任を持つ。 早くしろ」
急かす隊長の声に、ジェイさんは少しためらいながらも、血がぷっくりと浮いたわたしの指先をぱくりと咥えて、ちゅぅとそれを吸い上げた。
えぇぇ!? 何?吸血鬼!?
口の中で指先が何度もなめられる。
困惑して、涙目で隊長を見上げる。
見下ろしていた隊長と目が合う。
「…もういいだろう、離せ」
「隊長は?」
「私はもう済ませた」
なんだろう、もう!
まだずきずきと病み、血の浮き出る指先を握りこむ。
「隠すな。 今手当てする」
「あ、俺がやりますよ」
「いい、私がする。 手を出せ」
強引に手を開かされ、傷に布を巻かれる。
ついでに手の戒めも解かれた。
「え?」
「お前の血を受けたから、我々にはお前の魔法の脅威は無くなったからな。 怪しい行動があればまた拘束するなり…切って捨てるなりする」
隊長のひと睨みにコクコクとうなづく。
誓って逃げませんともー!!