75話 イストーラとは
わたしの両親へはとりあえず目処がついたので、もう一つの懸念事項について話し合いが始まった。
「イストーラは実り豊かな国土で、それを妬ましく思うイフェストニアが侵攻を繰り返していると」
そう言った楓に、ディーはため息を吐く。
「イストーラは魔術師の国だ。 魔術師であるなしでその待遇にも大きく差がある。 確かにイストーラの土地は肥沃ではあるが、彼等は治水等の事業に関心が薄く、大雨や旱魃等に対する備えが低い。 近年は天候不順が続き、作物の収量も少ない。 それを補うために、貿易の関税を上げた、そうすると貿易の方にも支障がきたされた。 それにより税収が減るので、今度は税金を上げた。 魔術師以外の国民は困窮している、そしてその我慢も長くは続かないだろう」
…魔術師=貴族みたいな感じか?
それにしたって、随分乱暴な政治をしているんだね。
それをじっと聞いていた楓だったが、聞き終わった後も何かじっと考え込んでいた。
「全てを鵜呑みにするわけにはいかないわ…。 でも、とりあえず、私は自分の目で確かめてくる。 それに、取り急ぎあの王様を張っ倒してこないといけないし。 あ、良子も殴ってくる? 一番権利があるのは貴女だし」
当たり前のように言う楓に、丁重に辞退を申し上げた。
一国の王様を殴っていいもんじゃないでしょうに。
「何言ってるの? 悪いことすれば、お仕置きされるのは当然よ。 間接的であれ、良子にしたことは罰せられるべきだし。 私にも色々と謀ってくれているみたいだし、ねぇ?」
きらきらと輝く目に、愚弟と通じるモノを感じるのは……気のせいだと思いたい。
……思いたいんだけど…。
夕方食事をしながら話していた事のほとんどは、魔法のことで。
わたしがこっちに来てから使った魔法の事や、楓が向こうで考えてきた魔法の事等。
えぇと…楓さん? 攻撃をする為の魔法の種類がやけに多かったのが、大変気がかりなのですが…。
お、おかしいなぁ、委員長って、落ち着いた人だと思ってたんだけど。
「さぁて、思い立ったが吉日っていうし! ちょっと行ってくるわ」
「え? ちょっと!?」
わたしが戸惑っている間に操駆をして、ドアに魔法をかけた楓。
「”イストーラの王様”」
ちょっ!? どこに行こうとしてんですか!!!
「やめんか!」
「”解除っ!!”」
ディーが楓を取り押さえるのと、わたしが楓の魔法を解除するのは同時だった。
だよね!? 流石に無茶だよね!?
「なんでよー? 大丈夫よ、やられたりしないって!」
「そういう問題じゃないっ!!」
「せめて魔法を練習してから行け」
いやいやいや、ディーさん、そういう問題でもないかと思うのです。
「付け焼刃で攻略できるほど、簡単ではない」
「そうねぇ。 少しは練習しておこうかしら」
「そうしておけ。 どうせあの扉で直ぐに行けるのなら、そう焦る必要も無いだろう」
な、なんだか危険な方向に話が纏まってしまいそうなんですけど!
「と、ところで、ディー! お仕事、どうしたんですか!? 平日ですよねっ!!」
強引な話題転換に一瞬間が空いたが、ディーは少しだけ苦笑してわたしの頬を指の背で撫でた。
「お前が誘拐されて、呑気に仕事などしていられるか」
すっと目が細められて、その瞳の奥に昨夜の熱を思い出して胸がざわざわする。
「ストーップ!! いちゃいちゃは二人だけの時にしてね」
楓の制止の声に、はっとすると同時に顔が熱くなる。
い、いちゃいちゃしてるわけじゃないのに…。
「それよりも、ここって安全? 逃げてる最中なのよね? あんまり長く居られないような気がするんだけど?」
まる一日以上居るわけなんだけど、やっぱり拙いのかな。
「そうだな、イストーラからの追っ手が無いとも言い切れない、だとすると、ここが見つかるのも時間の問題だろう」
「んーじゃあ、とりあえず王都に帰りますか?」
「……そうだな、それが安全だろう」
ディーの了解も取れたので、扉に魔法を掛ける。
「ウチの居間」
誰にも目撃されない場所といえば、やっぱり現在無人の自宅でしょう!
ドアを開ければ、見慣れた居間にたどり着く。
まずわたしが扉を抜け、それからディー、そして楓が一番最後になり小屋にかけていた照明の魔法と遮光の魔法を解除してからこっちに来た。
「”解除”」
扉の魔法を解除すれば、真っ暗な我が家へ…あ、まぁ、ディーの家なんだけれども。
それにしても何日も掛かる場所から一瞬で来れるなんて、本当に夢のようだよね!
魔法最高!!
楓のマネをして、窓に遮光の魔法を掛けてから、ほんのりとした明かりで部屋を照らすのをイメージする。
「”照明”」
少しオレンジ掛かった明かりが部屋を照らす。
夜中だしこのくらいでいいよね。
とにかく今日は休もうということになり、楓を客間に案内する。
家具に掛けていた布を取り去り、シーツを新しいものに取り替える。
わたしが使っているパジャマっぽい簡易着の替えを渡す。
「ありがとう。 色々とごめんね良子」
本当に申し訳無さそうにそういう楓に。
「何が?」
反射的に思わず聞き返してしまったが、まぁ確かに色々困ったことはあったよなぁ、と思い直し苦笑する。
でも、まるっきり恨めないのは、この世界が嫌いじゃないからだろうな。
うん、嫌いじゃない、もっと言えば、好きかもしれない。
人が死んだり、殺されそうになったりもしたのに…なぁ。
「明日は魔法の練習しよう? そして、イストーラの王様に文句言いに行こうね」
「良子……。 そうだね、あの馬鹿をとりあえずシメてこなきゃね! おやすみ、良子!」
「おやすみ」
ちょっと復活したらしい楓の笑顔に、ホッとしながら部屋を出る。
「ィノシターカディーは寝たのか?」
「ィノシタ…? ああ、木下楓…とりあえず呼び方は明日楓と相談しましょう」
「何のことだ」
怪訝な顔をするディーに発音がおかしいことを指摘しておく。
「楓はもう部屋で休むそうです」
「そうか」
ディーに呼び寄せられて、ソファに座る。
テーブルにはグラスが2つ。
久しぶりな気がする、こうしてディーと寝る前に蝋燭1本分くつろぐの。
燭台に蝋燭をセットして火をつけ、照明の魔法を解除する。
深くソファに座り、ディーに渡されたグラスを両手で持って蝋燭の揺れる明かりを見つめる。
グラスにはたっぷりの氷が入れてあって、良く冷えている。
ちびりちびりと口をつけていると、横に座るディーにそっと抱き寄せられ、少し戸惑いながらもその肩にもたれかかる。
「……リオウが無事で、良かった」
ポツリともらされた声に顔を上げる。
ディーがじっとわたしを見ていた。
「うん……」
”無事”という言葉から脳裏を血の海がよぎり、手にしていた濃い紫色の液体から目を逸らす。
何かに気づいたのか、ディーがわたしの手の中からグラスを取り上げ、テーブルに置く。
そうして気づいた、あれだけ悲惨な現場にいたのに、今まであまりにもバタバタしていてすっかり忘れていた。
肺の奥から息を吐き出して、フラッシュバックしかけた映像を振り払う。
「リオウ……」
呼びかけられて見上げれば、顎を指で捕らわれ唇が重ねられる。
ちゅっ、ちゅ、と音を立てて何度も小さく啄ばまれた。
昨夜の情交が思い出されて、ぞくりと背筋が震えたわたしからディーの唇が離れ、それが首筋へと落ち…。
「……いかんな、止まらなくなりそうだ」
そう言いながらも…あれ? なんでわたし、抱っこされてるんですか?
蝋燭も消されて、え? え? 階段を上がって、わたしの部屋…はスルーで……?
あわわわわ………orz
疲労で気絶するように、夢も見ない眠りにつくことができました。
……あの光景を思い出させないためのディーの配慮…なのか?
R18仕様にて 75.5話があります。
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