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74話 行方 

 わたしはどうやら、行方不明ってことになっているらしい。


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 いまだに家族はビラを配ったり、聞き込みをしたりして探してくれているらしい。



 それを聞いて涙腺ダムが決壊したわたしを、ディーが抱きしめてくれる。



「ごめんね……本来ならその日の内に私もこっちに来て、良子のことはすぐに帰す予定だったから。 私もパニクってる内に手の施しようが無くなってたの…」

 楓は、心底済まなそうに謝ってくるんだけど……。

 許すために頭を振ることができなかった。


「それは、謝って許されるような話なのか。 リオウもだ、許せないならそう言えばいいだろう、その上でどうすれば良いか考えろ」

「ディー……」

 じっと、ディーの目を見つめる。

 逸らされることの無いその目に励まされ、動揺していた気分がおさまる。


「うん……そうだね。 とりあえず、どうすればいいか考える」


「一度、顔を見せに行け」

 思わぬディーの言葉に、顔を上げる。

「そうすれば、安心するだろう。 その上で事情を説明して帰って来い」

 事情を説明………。

 一抹の不安を感じながらも、一度顔を出すことに決定した。



 練習がてら楓が向こうと繋げてくれたドアの前に立つ。


「わたしの部屋に」

 場所を宣言してドアを押し開けた。



「っつ!! いってぇ!!」

「は? あれ? 秀也しゅうや?」

「ね、姉ちゃん!?」

「どうした、リオウ!?」

「あ、ディー」

「ちょっと! 貴方までそっちに行かないでよ!!」

「ちょ! 姉ちゃん今までどこ行ってたんだよっ!! 父さんも母さんも心配してっ!」

「ご、ご、ご、ごめんっ!」

「……カオスだわ」

「リオウ、彼が弟か?」

「あ、う、うん。 弟の秀也しゅうやです」

「姉ちゃん、その人誰?」

「あ、え、ええと。 ディ…でゅしゅれいさんっていって、向こうでわたしを助けてくれてた人で」

「向こう? 姉ちゃんもデュシュレイさんも変な服着て………姉ちゃんの部屋って、随分変わったな…」

 わたし達の背後、まだ繋げっぱなしの向うの世界を見て、秀也の顔が引きつる。

「ど、ど、どういうことさ!?」

「異世界です」

「は? えぇと、アンタは?」

「私は良子の友人の木下楓です。 良子を異世界に連れて行ってしまった張本人です。 このたびは大変申し訳ないことをいたしました」

 ドアの向こうで楓が秀也に深く頭を下げる。


「い、異世界? っていうと、魔法が使えたり、魔王が居たり、魔物がはびこっていたり!?」

「魔王と魔物は居ないけど、魔法は使えるよ」

「マジで!?」

 秀也の目がきらきらした。

 あ、あれ?


「姉ちゃん、俺も行きたい」


「え、えと、秀也?」

「剣と魔法の世界! 目の前にこれが有って、行かないでいられようか!」

「ちょ、ちょ! ちょっとまてぃ!!」

 嬉々として扉の向こうに行こうとする秀也の襟首を掴んで引き戻す。

「ぐぇっ」

「あんたまで居なくなってどうすんの!」

 秀也を廊下に放り出し、また、あっちに世界に行こうとしないようにドアの前に仁王立ちする。

 後ろにはディーが控えてくれているから、心強い。


「……母さんとお父さんは?」

「二人とも元気に残業。 姉ちゃんが居なくなったころは、ちゃんと定時には帰ってきてたけど、今月頭くらいからまた残業漬け。 週末は駅とかでビラ配りして……まぁ、異世界なら、いくらビラ配っても情報なんて出てこないよな」

 疲れたように小さく笑う秀也に、居た堪れなくなる。

「…ごめん」

「謝んなよ。 何か理由が在んだろ? 超O型で適当人間な姉ちゃんだけど、基本真面目だから連絡が取れれば取ってただろ」

 お? おぉ? な、何か、随分男らしくなった気が!

 あれか! 男子三日会わざれば、ってやつか!?

 というか、お前、わたしの事を適当人間と思っていたのか……自覚はあっても、おまえに言われるとショックなのはなぜなのだろう。


「だからさ、謝んなよ姉ちゃん。 お帰り」


 顔を上げてはにかむように言われて、その不意打ちに、思わず泣きそうになって顔がゆがむ。


「……ただ…いま」

 弟の前で泣くなんていう醜態は晒せなくて、何とかがんばって涙をこらえ、一言だけ言う。


「馬鹿姉貴……っ! どんだけ心配したと思ってんだよ…っ、バーカ! ばーかっ!!」

 悪態ついてるくせに、涙だーだー流して……もう中二だろうっ、まったくっ!



 背後で気配が消え、ドアが閉まる音がした。




 物心ついてからは一定の距離以上は近づかなくなった存在をぎゅうと抱きしめる。


 ひとしきりハグして、我に返った秀也に押し返される。

 なんなんだよー、コレだから微妙なお年頃はー。

「な、ななななんだよっ!」

「……いや、若いなぁと思って…」

「姉ちゃんだって十分若いだろうがっ!!」

「そうだけど」

 部屋からの明かりがなくなって、薄暗い廊下の壁に背中を預け二人並んで座り込む。

 立て付けの悪い自室のドアの隙間から僅かに異世界イフェストニアからの光が漏れている。


「で、姉ちゃん、帰ってきたんだよな? もうずっとこっちに居るんだよな?」

 その質問に答えられないわたしに、秀也は長いため息を吐く。

「まだ、姉ちゃんの物語が終わってないってこと、なんだろ?」

「…物語……?」

 物語…そんな綺麗なものじゃない気がするが……。

「終わらせるべきイベントが終わってないんだろってこと。 向こうでやらなきゃならないことあるんだろ?」

 なんだなぁ、随分ものわかりがいいなぁ。

 元々成績は良いし(無論、年齢差によってわたしのほうが一日の長があるが)、良く本を読むから想像力も逞しいんだろう。

「やらなきゃなんないこと…」

 イストーラのこと、ディーの身の回りの世話、カキ氷普及活動、ディーの不穏な給与明細の原因究明と解消……あるといえば、色々あるな。

 それに、ディーのお嫁…さん? になるって約束してしまったし……うん。


「やること終わらせてきなよ、母さん達には……なんて説明しとく?」

「異世界に居ますって言ったら病院に連れて行かれそうだし」

「主に俺がな」

 そうだよね、秀也が病院行きだよね。


 うんうん唸った結果、良案は浮かばず。

「父さん達いつも何時ごろ帰ってくる? やっぱり11時とか?」

「大体そのくらいの時間かな。 いくら仕事が好きだからって、もう少し体をいたわれってんだ、いい年してんだから」

「……確かにな」

「晩飯も最近は俺ばっかり作ってんだぜ!? カレー・シチュー・卵料理のローテーションで飽きた、姉ちゃんのありがたみが良くわかった、少なくとも、晩飯の心配はしなくて済んだし!! あぁっ! 俺、絶対一人暮らしなんかしねぇ!!!」

 堂々とパラサイトシングル宣言すんな。

「じゃぁ、夜食でも作ってくかな」

「あ! ついでに俺の明日の朝飯も作っといて!」

「……仕方ないな」


 ドアの向こうに居る楓に、もう少しだけ時間が欲しいを伝えると、了解するとの返事が返ってきたので、安心して台所に立つ。



「でさ、あのデュシュレイさんだっけ? 姉ちゃんの何?」


 台所の椅子に座ってテレビを見ている秀也に聞かれ、返事につまった。

 包丁持ってるときに、精神攻撃するのやめてくれないかな…。

「もしかして、彼氏?」

 ズゴン

 あ、あ、危なっ!! 手が滑って包丁がまな板にちょっと刺さっちゃったじゃないか!!

「……そっか」

 え、え、え? 返事してないのに納得しないで欲し…っ。


「もしかして、向こうの世界の王様とか王子とかじゃないよな?」

 ぶんぶんぶんっと頭を横に振る。

「ち、違う!」

「そうか、なら、いいや」

 何がいいや・・・なのか、聞いたほうがいいのか? いや、しかし…。


 秀也にむこうで何をしていたのか聞かれたから。

 魔法を使って冷蔵庫を作ったりカキ氷を作ったり洗濯したり、従者をしたりしていると言ったら変な顔をされた。


「随分地味な魔法ばっかりだけど、その世界って、魔法使いってカテゴリーの無い世界なのか?」

「あ、いや、魔法使いじゃなくて、魔術師って呼ばれてるけど」

「じゃあ、魔法を使えない人も居るんだろ?」

「使えない人がほとんどだよ。 魔術師って結構プライド高いみたいで、わたしみたいな魔法の使い方はしないみたいだけどね。 操駆そうく…ああ、魔法を使う前の身振り手振りっていうのがあるんだけど、それがまるで踊ってるようで見てて面白いよ」

「…姉ちゃんも魔法使…魔術師なんだったら、そのソークって踊るのするんだろ?」

「操駆はするけど、踊るようなことはないなぁ。 わたしの操駆はこんな感じで」

 操駆をして、指先に火を灯すイメージで「着火」と唱えると……、あ、点いた。

「……す、す、すげぇぇ!!!!!」

 な、なんで点いたんだろう。

 弱弱しくはあったけど、間違いなく点火した。

「もしかして…ドアで繋がってるからかな?」

 向うの空気というか、性質が届いているから少しは魔法を使えるのかもしれないな。

「お、俺もできるかな!? 姉ちゃん操駆ってどうやんの!? こう!? こう!?」

 そう言ってわたしと同じように右手を胸にやってから、指を小指から握りこんで「着火!!!」と叫んでいる、が、点かない。

 一生懸命頑張っている秀也を尻目に、着々と夜食を作り上げる。

 冷蔵庫の中身が乏しかったものの、秀也の作ってあったカレーに乗せるカツを揚げて、大根サラダを作りついでにオニオンスープも作っておく。

 秀也の朝食にはカツを揚げるついでに作った海老天で、炊飯ジャーのご飯を全部使って天むすを作った。

 磨いだ米を炊飯器にセットして、両親が帰宅する時間に合わせてタイマーをセットしておく。



 

「姉ちゃん、俺には魔法の才能が無いんだろうか…orz」


 一生懸命茶の間で汗までかいて操駆をしてた秀也には悪いが、そうかもしれんな、と答えかけ、ふと思いついたことを口にしてみる。

「そういえば、わたしと楓の操駆は違うから、同じ操駆ってのは駄目なのかもね。 あと、魔法に大事なのはイメージ力だから、言葉は何でもいいけど、イメージだけはしっかり持っておかないとできないみたいだ」

「そ、そういうのは早く言えよっ!!」

 そうして、わたしが台所を片付けている間に、唸りながら”かっこいい”操駆を研究しているようだった。


「ね、姉ちゃん! 見てみて!!」

 秀也に呼ばれて振り返ると、何がしかの変身ポーズのような身振りの後「小さき炎よ!」


 ぽっ、と可愛らしい火が秀也の指先に灯る。


「あー、できたんだ?」

「おう!! すげぇ!! すげぇっ!!」

 大興奮だなぁ、一応同じ血を分けた兄弟だからできるような気はしていたが…。

 それにしても、随分と大仰な操駆と台詞だなぁ……あ? もしかして、向こうにいる魔術師の人たちもこんな感じで、どんどん操駆が進化(?)してあんなふうになったのか? ま、まさかね。




 部屋の時計が音を奏で、結構な時間が過ぎているのに気づき、楓を待たせていたことを思い出して慌てて二階の自室に向かう。

 秀也もばたばたとついてくる。


「なぁっ! もっと凄い魔法とかあるんだろ!? イメージさえできればいいんだよな!? もしかしてメテオストライクとかもあるのか!?」

 い、いやいやいや、隕石を落としたりって、それはやばすぎるだろう愚弟よ。

「そんな魔法なんて知らないよ、向こうで魔術師の知り合いが一人もいないし」

「えぇー、マジでー!?」

 テンションが上がっている秀也に、嫌な予感がする。


「ちょっとでいいから、俺も連れてってよ!」

 言うと思った!!!

「姉ちゃんの部屋のドアで行き来できるんだろ? 大丈夫! すぐ帰ってくるから!! ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」

 いやいやいや、メテオストライクがどうのと言っていたお前を連れて行くほど、お姉ちゃんは甘くないです。

 だかだかと競って、ドアの前まで走る。


 くっ! 奴のほうが早いかっ!!


 素早く操駆して。

「”うごくな!!”」

「うわっ!! 卑怯だっ!!」

「うるさい。 とにかく、お前を連れてはいけない」

 ドアの前で、数メートル後ろで油の切れたロボットのようなぎこちない動きで追ってくる秀也を振り返る…やっぱり、こっちの世界だと魔法の効きが悪いんだなぁ。

「とにかく、飯作ったし、メモ置いておいたから母さん達にはわたしが元気で生きてるってわかるはずだから。 じゃぁ、あとはよろしく!!」

 言うだけ言って、ドアを開けて向こうに行ってから秀也に掛けた足止めを解除して、ドアを閉める。


「姉ちゃんだけずりぃぃ!!!」

 ドアの向こうの声は無視。

「楓! ドア!解除!解除!!」









「ディー?」

 ドアの魔法を解除した途端、ディーに抱きすくめられた。


「お帰り、良子。 ご両親には会えた?」

 楓に訊ねられ、ディーに抱きしめられたまま首を横に振る。

「でも大丈夫、ご飯用意してメモ置いてきたから」

 わたしは元気に生きてるから、もうビラ配りやめて欲しいってのと、残業も程々にしなよってのと……諸注意ばかりを書き連ねた。

 むしろこの内容の方がわたしだと理解してくれるだろう。

 過去にもう何度も、似たような内容のメモを残しているのだから。


「一応、目的は達成できたよ」

「そうね、目的は、達成できたわね。 弟さんが気になるところではあるけど…」

「………」

 そこには触れないで…。

 ゲームとか、ファンタジー系の小説とか大好物だって知ってたけど、嬉々として異世界に来ようとするまでとは知らなかったのです…。


「……な、なんていうか、ごめん…orz」

「前向きな弟さんでよかったじゃない。 あの調子なら、ご両親へのフォローもしてくれそうじゃない?」

「うん、それは多分やってくれると思う」



 中2男子に任せるのは怖いが、背に腹はかえられない……よね?

 

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