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70話 血の雨の後

「リオウ…無事か」

 肩で息をし、全身を返り血で染めたディーが、手を伸ばす。


 ジャラッ…


 足元で鎖がわたしの心を感じて波打つ音を聞き、はっとして、鎖を踏みつける。

 こいつ、防御を展開しようとしたな…。




 ディーの返り血に濡れた手が怖い。



 

 その恐れを、鎖は素直に感じて動こうとした。

 


「どうした? リオウ」

 訝しむディーに、意を決して一歩近づく。


 わたしを護るために、これだけの人間てきと戦ってくれた。

 この血はわたしも負うべき血。

 だから…怖くても逃げちゃ駄目だ。


「ディー…ありがとう」


 震える手を伸ばし、ディーの手を取る。

 ディーは無言でその手を見つめ、おもむろにわたしの手を引きその血塗れの胸に抱きこむ。



 息をすると、濃い血の匂いが肺まで入り息が詰まりそうになった。

「…私が怖いか、リオウ」

 硬直しているわたしの耳元で、低くディーが問いかける。

 いや、問いじゃない、確信だ。


「だが、これが私だ。 もっと、もっと多くの人間を切ってきた」


 ぎゅう、と背中に回されている手に力が込められる。

「お前が私を恐れても、私はお前を手放せない」



 暫くそうして抱きしめられていると、ガタンと馬車の荷台で音がして、振り向くとジェイさんが縛られたまま根性で起き上がって、周囲の様子に愕然としていた。


「これは…どういう事ですか、デュシュレイ隊長」


「………」

 無言でジェイさんを見ていたディーだったが、小さくため息を吐いてわたしを離した。


「イストーラの兵だ」

「イストーラ? なぜイストーラの兵が…」


 混乱しているジェイさんの縄をディーは解いてゆく。


 わたしは二人に…いや、ジェイさんに近寄れない。

 足下で、鎖がシャラシャラと不安げに波打つ。


 ジェイさんとディーが話している間、わたしは鎖を綺麗に洗い、体に巻きつける。

 巻きつけておくと、少しは鎖の動きが抑制される。

 自分の不安や動揺とリンクされるのは、堪らない。


 早くここから立ち去りたい…。



 まだ生きている人たちのうめき声を、もう、聞いていたくない。






 ドサリ…


 鈍い音に振り向いたデュシュレイは、地に倒れ伏したリオウを見た。

「リオウ!!」


 慌てて駆け寄り、気を失った体を抱き上げる。

 呼吸を確かめ、異常が無いことを知ると、詰めていた息を吐いた。


「デュシュレイ隊長、リオウがティス家じゃなくイストーラに狙われているのはわかりましたがね。 こりゃぁ流石にまずいんじゃねぇかと思いますよ」


 両手首を擦りながら、ジェイが周囲を見回して呆れる。


「リオウ一人に一個小隊を使うなんざ、正気の沙汰じゃないっていうか…。 まぁアレだけの魔術師ならそのくらいは必要でしょうが……。 こいつ、イストーラで何やったんでしょうね」


 デュシュレイの腕の中でぐったりとするリオウを胡散臭げに見遣る。



 その視線から隠すように、ジェイから背を向けて歩き出す。

「ちょ、ちょっとデュシュレイ隊長! これ、どうすんですか!?」


「…放っておけ、敵国に軍を投入して無事に帰れるなどとは思ってないだろう」

「って、デュシュレイ隊長! どこ行く気ですか!」

 

 いつの間にか戻ってきていた愛馬に跨るデュシュレイに、ジェイは慌てる。


「…このまま王都に戻るわけにもいくまい。 それに、こいつともじっくり話をせねばならないことができた」

 愛しげに、だが、辛そうにリオウを抱きしめるデュシュレイに、ジェイは掛ける言葉を捜すが果たせなかった。

「隊長……」

 呟いたジェイに、デュシュレイの刺すような視線が向けられる。

「追うなよ。 仲間に剣は向けたくないからな」


 馬首を翻し、走り去るデュシュレイを追うことを諦め、ジェイは凄惨なその現場に立ち尽くし、この場の事後処理を考えて、重いため息を吐いた。

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