65話 夢の中で
薄暗い中を迷い歩いていた
これは夢なんだと理解しながら
それでも”探して”歩き回る
何度も足をもつれさせ、転びかけ
何度も座り込みそうになりながら
歩き続けて、突然目の前にゴール
「ディー!!!」
「…リ、オウ」
呆然と立っているディーの腰にタックルをかますが、多少揺らいだだけでしっかりとキャッチされる。
ディーの筋肉質の胴に腕を回し、ぎゅうぎゅうと力の限り締め付け、おでこをぐりぐりとディーの胸にこすりつける。
「ディー!」
「リオウ」
ディーの腕が、最初おずおずとわたしの背に周り、少しずつ力が入り、終いにはわたし以上の力でぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
抱き上げられ頬ずりされる。
「ディー! ひげが痛いっ! 何日剃ってないんですか」
「…お前が居なくなってからだから、もう2日だ」
うむ? 夢なのに、現実に則しているなぁ。
「ちゃんと毎日剃ってって言ってるのに。 ちゃんとシャツも着替えてますか?」
「……」
無言のディーの首筋に鼻を寄せ、くんくんしてみる。
「…ディー、ちゃんと毎日着替えてって言ってるのに…」
汗のにおいに顔をしかめる。
それでも、ディーから離れない、離れたくない。
ディーも腕を緩めないし。
やっぱり夢だからだろうか。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられていても、現実のように骨が軋むことはないし、それほど苦しくもない。
ほんのりとした暖かさは感じるが、体温ほどの熱は感じない。
それが少し寂しくて。
これが夢なんだと、イヤでも実感して。
でも会話をしていると、明らかにディーで。
「ディーちゃんとご飯食べてる? なんだか、心なしか頬が痩けてるような気がする」
「…そういえば、あまり食った記憶がないな。 お前はどうなんだリオウ、ちゃんと食べてるのか?」
聞かれて素直に首を横に振る。
「お腹空いた! でも、さっきジェイさんに水飲ませてもらったからちょっと大丈夫」
「ジェイと一緒に居るのか?」
聞かれて、別に一緒に居るわけではないなと、首を横に振る。
「一人? というか、根性悪いおっさんに拉致されてる」
「………ジェイはなにをしているんだ」
「多分、尾行?」
そう答えると、ディーは苦い顔をした。
「わたし囮なんだって。 とりあえず、危険があればジェイさんが助けてくれるだろうし、きっと大丈夫だよ」
と、自分自身に言い聞かせる。
「…ティス家の力を削る為に、なんでお前がこんな目に」
「ティス家?」
なんでここで、ティス家が出てくるんだろう?
「わたしを拉致ってるの、イストーラですよ?」
ディーが、眉根を寄せてわたしを見る。
わたしも、首を傾げる。
「ちょっと待て。 お前はいま、ティス家にさらわれて、ティスの領地へ運ばれているんだ」
「いえ、わたしはイストーラの兵にさらわれて、何がなにやら判らないまま、どっかに運ばれています。 多分イストーラに行くんだと思いますが」
「……それは、本当か」
「イストーラの兵っていのは間違いないです。 拉致されている理由がわからないんですけど」
無言で見つめ合う。
「…理由ならあるだろう。 お前のように強い魔術師を、あの国がそう簡単に手放すものか」
捕まえに来た人、わたしが魔術師だって知らないみたいだから、それはない。
それに、こっちでは知られていない、わたしの名字でわたしの事を呼んだんだから、委員長が関係あるのは間違い無くて。
でも、何故、委員長がイストーラの兵を使ってわたしを拉致るんだろう?
彼女なら、拉致なんてしないと思うんだけど。
うぅむ、委員長に直接聞いてみたい。
思った途端、ポンと可愛い音がして、委員長が出現した。
呆然とするディー
ディーに抱き上げられているわたしを見て、きょとんとする委員長
そして喜ぶわたし 「夢って、何でも有りなんだねー!」
「良子!」
「委員長ー!」
わたしに向かって、両手をのばしてくる委員長のもとへ行こうと、ディーの腕から抜けよう…とする、が、果たせない。
「ディー? 下ろしてもらえますか?」
「駄目だ」
な、なぜ?
「…でぃー? あなたが、良子を保護している、イフェストニアの伍番隊の隊長ですか」
睨むようにディーを見る委員長と、同じく凄味のある視線で委員長を見下ろすディー。
「”いいんちょう”ということは、イストーラのリオウの縁者か」
え? え? なに、この雰囲気?
これ、もしかしてイイ夢じゃなくて悪夢の類なのかな……。
「…初めまして、わたくし、良子の親友の木下楓と申します。 ウチの良子を保護していただきありがとうございます」
ニッコリ笑ってるのに、怖い、怖いよ委員長!
「私はデュシュレイ、リオウとは将来を約束した仲だ。 貴女に礼を言われる必要はない」
にやりと笑うディー、勿論目は笑っていない。
ふたりとも怖いぃ。
なんとか、二人の気を他に逸らさないと、この悪夢がずっと続きそうだ!!
「あ、ね、ねぇ、委員長」
「委員長なんて、味気ない! 楓って呼んでよ」
…今まで知らなかったけど下の名前、楓って言うんだ…。
「えっと、楓? いまわたしイストーラの人に誘拐されているんだけど、心当たりある?」
「…ゆ、誘拐!?」
目を剥く楓に、頷く。
「両手両足縛られて、ご飯抜きで、水もろくに飲ませてもらえないんだけど…」
「……な、んだと」
地を這うような声が、すぐ傍から…。
怖いので、そっちは見ませんが。
「なんてこと…! 確かに、私が良子を”保護”してくれるように頼んだけど。 まさか、そんな…」
「貴様が、私のリオウを攫ったのか」
素早い動きでわたしを下ろして、楓に詰め寄ったディーは、相手がわたしよりも小柄な女の子なのに平気で襟首を掴み上げた。
慌てて、ディーに駆け寄り、その手を離すように懇願する。
楓はさほど堪えた様子無く、襟をただしわたしの両手を取る。
「良子ごめんね。 すぐに待遇を改めるように頼んでおくから」
そして、ぎゅっと手を握ると、真剣な目でわたしを見上げる。
「手が自由になって、操駆ができるようになったら。 ”どこでもどぁー”で私を迎えに来て」
きょとんとし、ソレが意味することを理解した。
「ああああ!! その手があったか!!!!!」
「どこでもどあ? なんだそれは」
訝しげに聞くディーに興奮して説明する。
「あっちとこっちを繋ぐ素敵ドアです! それがあれば一瞬であっちに帰れます!!」
「帰れ………」
繰り返しかけたディーが、すぅっと消えてしまった。
「あれ? でぃ、ディー!?」
「ああ、きっと目が覚めちゃったんでしょ。
そんなことより、あの人が”ディー”さんねぇ。 随分良子にべったりね」
にっこりと笑う楓に、さっきまでの恐怖は感じない。
「うん、かなり」
「でも、イフェストニアって、野蛮な国なんでしょ? 蛮族が治める治安の悪い国だって聞いたけど」
心配気に言う楓に、首をひねる。
「普通だけど? 日本と違って電気とかないから色々不便だけど、魔法があれば何とかなるし、ご飯も美味しいし、田舎のほうはかなり牧歌的だし、個人的には楽しいところだと思う。
野蛮ってのは、どっちかっていうとイストーラの…今、わたしを誘拐してる人のほうが、色々と問題あるっぽい!」
誘拐されてからのことを、散々楓に愚痴った。
楓は、うんうん、とそれを最後まで聞き、深くため息を吐く。
「…もしかして、とは思ってたけど。 まさかそこまで嘘吐きやがってたのかあの王は」
ギリッと奥歯を噛む音が聞こえた気がしたんだけど。
あのバカって誰なんだろう。
首を傾げるわたしに、楓はハッとして微笑みを作る。
「なんでもない。 良子は、両手が自由になり次第その中年男ぶっ飛ばして良いからね?」
「もちろん! 色々(殺さない程度に)やっつける方法考えてあるから大丈夫!」
サムズアップすると、楓が屈託無く笑う。
「うんうん、私もそっちに行ったら、良子をそんな目にあわせた奴等全員ぶっ飛ばすから!」
ああ、楓サン凄く楽しそう!
さっきバカ呼ばわりされた人も、きっと漏れなくぶっ飛ばされるだろうね!
くすくす笑いあってるうちに、その楽しい夢から目が覚め、悪夢のような現実に舞い戻った。