63話 虜囚
なんで、こんな目にあわなきゃならないんだろう。
なんで、この男に、乱暴に扱われなきゃならないのだろう。
「おら、水だ、飲め!」
この1日で数回の水しか与えられていない。
水さえ飲めば数日は生きられるとは言うが、目の前で飯を食われ、水を浴びるように飲まれ、そのくせわたしにはコップ1杯程度の水を口に注ぐことしかしない。
轡は外されたが、声を出すと殴られる。
なんで、こんな奴に虐げられなきゃならない…。
なんで、なんで、なんで!!!
「本当に丈夫な野郎だ、普通なら死んでても不思議じゃぁねぇ。 まるで魔術師みてぇにタフだ」
魔術師みたいにタフ…?
「知ってるか? おめぇの国にゃぁ魔術師が少ねぇから詳しくないだろうが、魔術師ってぇのは普通の人間よりもよっぽど丈夫なんだよ。 その代わり、ばかすか飯を食らう。 魔力が高い程腹が減るらしい」
悪趣味な男は、空腹に打ちのめされているわたしを肴に酒を飲む。
「だから、魔術師を捕らえたら、まずは両手を縛り上げる、口を塞ぐ、そして飯を絶つ」
瓶を傾け最後の一口を飲み干す。
「おぅ、ちょうどおめぇにしてるのと同じ事だがな!
普通の捕虜なら、飯ぐらい食わすんだがよ? おめぇは王の勅命で捕縛命令が出てんだよ、一体何やりやがった? その優男っぷりで、王のオンナでもたぶらかしたか」
王の勅命、捕縛命令……
王が、わたしをこんな目に遭わせているのか。
「けっ! そんな目ぇしたって無駄だ、無駄、無駄! あんな王でも王は王、賢王ではないが、愚王でもない、程ほどに国を治めて下さる、ありがたい王様さ。 俺ら兵士は王様が絶対、王様万歳だ!」
ひっひっひ、と笑う男を睨む。
視線でこの男を……せたらいいのに。
湧き上がる思いに、さぁっと体温が下がる。
だ…めだ、それを願ったら、まずい。
殺すのは駄目だ、駄目だ、帰れなくなる。
日本に帰る資格が無くなる……。
人を殺めたわたしが、向こうに戻れるはずがない。
男は、わたしが何か反抗的なことを言うんじゃないかと、にやにやと見ていたが、口を噤んだまま開こうとしないのに軽く腹を立て、酒瓶を荷台に投げつけてきた。
背後のアオリにぶつかり瓶が割れた。
「あーあ、おめぇ明日気ぃつけねぇと、ガラスの破片で血まみれになるなぁ! その可愛らしい顔に傷の一つでもできりゃハクが付くか!! ひっひっひ」
男は割れた瓶をそのままに、酔っ払った胡乱な手つきで荷台にホロを掛け直し、自分は近くに張ったらしいテントへ寝に行ったようだった。
男の気配が消え、暫くしてから、ホロの上部がめくられた。
「よぉ、リオウ」
懐かしい声に、驚いて顔を上げる。
「じぇ…っ」
名前を呼ぼうとした口が、大きな手にふさがれる。
ジェイさんはしーっと人差し指を口の前に立てたので、了解したことを示すように頷くと、口から手を退かしてくれた。
「水飲むか?」
「は…い」
頷くと、上体を半ばまで起こして支えられ口元に水筒があてられる。
何度かに分けて水を飲み、少し気分が落ち着いた。
鬱々とした気分もずいぶん晴れた! もう、殺っちゃおうかな、とかちょっとしか思わないし!
できれば、おなか一杯ご飯を食べたいところですが!
「少し生き返りました」
「そうか、すまないな、こっちも水くらいしか無くてな」
そう言うジェイさんに、上体を荷台に戻される。
「あれ?」
なぜ、また元の体勢に?
首をひねるわたしの頭を一度撫で、ジェイさんはホロに手を掛ける。
「すまないなリオウ」
ジェイさん悪い冗談ですか?
あー…本気ですか……。
ジェイさんの顔に、一切のおふざけがないのを、初めて見た気がします。




