62話 年配の男
気がつけば夜っぽい…。
超低いホロの中にも夜気が忍び込み、汗で濡れていた服から温度を奪われて寒くさえある。
結局、ここに転がされてから一度も下ろされることなく、今まで来ている。
わたしを攫った人は、何度か休憩を取っていたようだけど、わたしには水の一つもくれない。
脱水症状なのか、頭が痛い。
轡を噛まされているから、口の中もからからで痛い。
結わえられている両手も痛い、肩も外れそう、背中も足も……。
野営でもしているのか、馬車は止まったまま動かない。
虫の声が酷く煩い…。
そういえば、周囲に人の気配が無い気がする。
でもそれは、気のせいだったらしく、
慌しく人の声が聞こえたかと思うと、バキっという…人を殴った音が聞こえ、ホロの一部がめくられた。
声でディーでは無いことはわかっていたが、湧き上がった期待は案の定裏切られる。
「馬鹿かお前は! 丸一日こんな中に転がしておいたら下手をすれば死ぬだろうが!!」
声は年配の男のもので、荷台に転がるわたしのぐったりした様子を見て、青年を更に殴ったようだ。
「…っ、申し訳ありません」
「だから貴様は大した仕事も与えられんのだ!」
「し、しかし、私は命令にありました通り、伍番隊隊長の従者を捕らえ、大至急との事だったので、取るものも取りあえずこうしてっ!」
「馬鹿がっ!! これで万が一死ぬようなことがあったらどうする! ”捕らえる”というのは生かしてあってこそ意味があるのだ!」
年配の男がもう一度、あの青年を殴りつける。
捕らえる? 生かす? 意味がある?
不穏な台詞に、朦朧とする意識の中でも、危機感を覚えた。
無理矢理上体を起こされ、噛まされていた口の拘束が外される。
口は痺れたまま閉めることもできない。
その口に、水筒があてがわれ、ぬるい水が口に入ってきたのを、飲む…が、口が閉まらないから大半が零れ落ちる。
それでも、渇えた体にその水は命の水で、深く霞が掛かっていた頭がクリアになっていく。
「取りあえず、生きていたか」
わたしが水を飲んだことで生きてることを確認し、ほっとしたように年配の男がそう言い。
まだ水を欲しがるわたしにそれ以上の水は与えず、放り出すようにわたしの上体を離して荷台から降りた。
「以降は俺がこいつを連れて行く。 お前は先に国へ戻り、確保したことを伝えて来い」
「そんなっ! 私が見つけたのにっ!」
「ああ? なんだ、何か上官に文句があるのかっ!」
ばきっ、とまた鈍い音がした。
また殴られたのか…。
それにしても……、本当にイストーラの人なんだろうか…。
話し振りでは、この二人は兵士みたいなんだけど、むしろごろつきっぽい感が否めない。
こんな人ばっかりな国なのかな、イストーラって。
ねぇ、委員長……なんで、イストーラに行けって言ったの?
イフェストニアの人たちの方が、優しいよ?
ねぇ…委員長…教えてよ……っ……・・・・