59話 アルからの近況報告
あの後、いつの間にか二度寝し、目が覚めればいつもどおりの朝が始まった。
まだ、ディーに付いて王宮に行くことは許されず、専ら家の中での仕事に従事した。
そういえば…数字関係の書類はどうなっているんだろう、まさか、溜めていたりしないよね…。
怖くて聞けないけど、ディーもあれからお城に詰めて仕事をしていて、帰ってきても、風呂に入ってまたお城に戻ったり、ご飯だけ食べてお城に戻ったり…良く考えれば、最近家で寝てないけど、大丈夫なんだろうか?
ゆっくりできたのは最初の1日だけで、翌日からは朝アルさんに工房に連れて行かれ、脅威の速さで完成していた冷凍箱を2箱…カキ氷仕様の氷作成用冷凍箱デラックスタイプ2箱に魔法を掛けたり、量産型カキ氷機の相談に乗ったりして、忙しく過ごすことができた。
忙しいお陰で夜は夢も見ずに眠れたが…何か大事なことを忘れている気がしてならない。
カキ氷機の製造が急ピッチで終わり、まずは城内の食堂にてカキ氷を出したところものすごい売れ行きで、製氷用冷凍箱を2台追加した。
「昨日、何者かに冷凍箱を1台盗まれました」
お城に納入して小銭を稼いでるカキ氷用シロップを量産していると、アルさんがやってきてそう報告した。
…まだお城でカキ氷を作り始めてから5日と経ってないんですが…。
ダイニングテーブルに座るアルさんにアイスティーを出し、失礼は承知しつつも煮詰めている最中のジャムをかき混ぜながら会話する。
「あんなかさばるもの、お城の警備の中、良く運び出せましたね」
「城の警備は弐番隊ですから」
「弐番隊…えぇと、確か、貴族の子弟が多い部隊でしたっけ」
オルティスが以前言っていたことを思い出す。
壱番隊と弐番隊は貴族出が多いから前線には行かないって話。
「ってことは、どっかの貴族が取ってったってことですか?」
予想を口にすると、アルさんは良くできましたとでもいうように頷いた。
「そうだと考えています」
それは、アルさんだけじゃなく、バル隊長達もそう考えてるってことだよね。
ゆっくりと鍋をかき混ぜながら考える。
「盗む程欲しかったんでしょうか」
「そうですね。 もともと冷凍箱自体、陛下が国外から発注して取り寄せたことにはしてありますが、その入手経路は非公開で、貴族たちが欲しても入手はできませんから…本気で望むなら、盗む以外にありませんね」
「でも、陛下の肝いりで入れたモノを盗んで、ばれたら大変な事にならないんですか?」
窃盗罪だしー?
「貴族への罰は、市民へのものよりもかなり軽減されてますから。 窃盗がばれたところで、相応の対価を払うなりなんなりすれば済むだけの話しです。 いくら陛下の名で取り寄せたものといえど、所詮モノですから、罰金で済むだろうと思われます」
「えぇぇぇ! …因みに、これが市民がやったことだったら?」
アルさんは一口アイスティーを飲んでから口を開いた。
「不敬罪、窃盗罪、王宮への不法侵入罪等で死刑でしょうか」
……片や罰金、片や死刑って…。
ああ、そうか…。
「法律作るの、貴族ですもんねー」
「そういうことですね」
アルさんはピッチャーで出してあったアイスティーを自分でお代わりしながら、頷く。
程よくとろみのついた鍋の中身を、煮沸消毒してあった瓶に移し、鍋を水につけておく。
「そうだ! 陛下が冷凍箱を王宮魔術師の人に見せて、作らせてみるって言ってましたが、どうなりましたか!?」
数日前に内緒で遊びに来た陛下が、宇治金時を食べながら言ってたことを思い出した。
すると、何を思い出したのか、アルさんが ぷっ!と言って噴出した。
「…だ、だからですか! 最近食堂に近い中庭で真面目な顔して操駆ってる人たちが居るなと思ったら。 くくくっ」
聞けば、毎日数名の魔術師達が、各自空箱を前に真剣な顔をして踊って、分けの分からないことを言いながら箱に気合を入れる光景を頻繁に目撃するという。
「わけの分からないこと?」
「ええ。 確か…”大気の力を縒りてこの箱に水をも凍らせん力よ宿れ”とか”この箱の中に閉じ込めし物体を凍てつかせる力よ発現せよ”あぁ、これは、中庭に巨大な氷柱を出現させて、3日間の謹慎処分を受けてましたが。 まぁ、そんな風に、皆さん、冷凍箱を作ろうと頑張ってはいますが、まだ誰一人成功した者はありません」
へぇ、案外難しいもんなんだねぇ。
もしこれで成功して、皆作れるようになれば、市民にも普及すると思ったのになぁ。
「全く、いい給料貰っているのに不甲斐ないことです。 でもこれを機に、魔術師の在り方を再検討する風潮が出てきたのは予想外の収穫です。 まぁ、反対勢力も根強いですが」
「反対する人たちが居るんですか?」
「はい。 基本的に魔術師は戦闘要員ですからね、戦力としての魔術師の力が削がれれば困る人たちも居るというわけです」
魔術師が、戦闘要員…。
「特に、隣国への戦争を強固に推進している派閥には、今回の流れは忌々しいものでしょうねぇ」
あ、アルさんの黒い笑み……。
「へ、へぇ、そうなんですか」
止めようが無い黒アルさんに、逃げ腰で相槌を打つのであった。