51話 お留守番 5 冷凍箱
「えぇと、じゃあ、冷蔵箱を譲ってくれた人に確認を取ってみます。 ただ、すぐに会いにいける人ではないので、時間が掛かってしまいますがそれでもいいでしょうか…」
絶対に引かない構えのアルさんに、なんとか妥協案を申し入れ、受理された。
無論、リップサービスで済ませられる雰囲気ではないので、ディーと相談しよう、そうしよう。
「ディー! お帰りなさ…い?」
ドアを開ける音がしたので、台所からダッシュでお出迎えに行ったら、ディーだけじゃなかった。
「えと、いらっしゃいませ?」
ディーの後ろから入ってきた、ディーよりも長身のイケメンに挨拶する。
すみません、脳が対処できずに疑問符つけてしまいました。
「ただいま、リオウ。 この色も似合うな」
「ディっ、ディー!! ちょっとっ!」
ただいまと共にハグされて、頬にキスまで落とされた。
お、お客様が居るのになんてことを!!
ディーの分厚い胸板を押し返し、何とか抜け出そうと足掻く。
その様子を見ていた長身イケメンが突然笑い出した。
「はっは!! これがあのデュシュレイか! なんだその顔は! 冷血隊長とあだ名されてる伍番隊隊長が小娘一人にここまで落とされようとは! 愉快だなぁ」
本当に、心底楽しそうに笑ってるけど…はて、この笑い方、聞いたことがある気がする……。
「うるさい、リッヒトルデ」
りっひとるでさんと言うのですか…これはまた、呼び辛いお名前ですね。
ディーが持ち上げて抱っこなんてするから、思い出しかけた何かを忘れちゃったよ。
まぁ、貴族的な服を着てないから、身分の高い人じゃないだろうけど。
「リッヒトルデさん? お夕飯食べて行かれます?」
「お? おお、食べる」
一瞬目を見張ったリッヒトルデさんだったが、すぐにニカッと笑った。
ディーがわたしを抱えたまま、食卓に移動する。
あれ、何か忘れているような……ま、いいか?
食卓にイスが4脚あってよかったね、急な来客もオッケー!
いつものように、量だけは大量のお夕飯が食卓を占拠している。
お客様用に食器を用意する。
今日は時間があったので、結構見栄えのある夕飯でよかった…いつもの、だと、かなり適当だから、お客様になんて出せないよ…。
3辺を囲むように卓につく。
おっと、フルーツサラダを出し忘れてた!
冷蔵箱から出して、食卓の空いているスペースに置く。
ああそうそう、食事には水代わりに軽いお酒もだよね? 大丈夫よ! ちゃんと冷やしてあるし。
二人分のグラスに、さっぱり系の果実酒を注いで出す。
グラスも冷やしてあったから、最高でしょう!!
わたしはまだ未成年だから、酒じゃなくてオレンジジュースね、直絞りですよ。
「………」
「……リッヒトルデ、聞きたいことは後にしてくれ。 とりあえず、飯にしよう」
なんですか? なぜ男二人で視線で会話するんで……。
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「すみません、ディー。 ちょっとわたし、反省室に行って来ます……」
反省…反省しろよ自分っ!!!
自分の迂闊さを呪っても今更ですけど! 呪いたい…。
肩を落とし、階段下の小さな物置へ向かいかけた腕をディーに捕まえられる。
「構わん。 とりあえず、食うぞ」
…お仕置きは後ですか、やっぱりお客様が居るところではまずいですよね。
「はぃ…」
いつもよりやや覇気無く食事を進める。
冷凍お肉が残ってて良かった、冷凍野菜も残ってて良かった…。
食材は全部使い切ったから、明日は早起きして朝市に行かなきゃなぁ。
三人無言でひたすら食べ進む。
ちらちらとリッヒトルデさんの様子を伺うと、やはり、冷たい飲み物に僅かながらも驚き、冷えたフルーツサラダもお気に召したようで良く食べている。
あとで、冷凍フルーツも出してあげよう。
ご馳走様をして男二人は居間に移動、わたしは後片付けのため台所。
おっと、その前に食後の珈琲でも出しておこう。
まだ日中の暑さが残っているから、アイスコーヒーでいいかな。
氷を入れて、アイスコーヒーを注いで持っていく。
ははん、もうバレバレだから隠したりしないですよー、と、開き直りです。
「失礼します」
コースターを置いてからカップを置く。
ディーのところにも置いて、台所に戻ろうとしたら、腕を引っ張られてディーの膝の上に座らされた。
「ちょっと! ディー! なにやってんですか」
拘束する腕が、くそう、びくともしない。
「お前もこっちに居ろ」
そうわざわざ耳元で囁く。
「っ…!」
いま、ぞわっとした!! ぞわっと産毛が逆立っちゃったよ!
「わ、わかりました、こっちに居ますから! せめて、ソファに座らせてくださいっ!」
「随分と楽しそうだな、デュシュレイ」
「…さっさと用件を終わらせて帰ってはいかがですか、今頃城内は大騒動ですよ」
城内が大騒動?
「大丈夫だ、影を立てておいたし、今日の分の執務は終わらせてきた」
楽しそうですね、リッヒトルデさん。
ディーの隣に小さく座ったわたしに視線を移され、ちょびっとびっくっとする…なんだろう、何かの条件反射のように、一瞬恐怖を感じたんだけど。
「まだ気づいておらぬのか、一度会っているだろう。 我が切った頬の傷はすっかり消えたようだな」
えぇと………肉食系陛下?
ああ、だから条件反射で竦むのか。
それにしてもなんですね、市民の服がよくお似合いで。
「おかげさまで、面の皮一枚だったのですぐに治りました」
「お主が女だと知っていれば、他にやりようもあったのだが、すまぬな」
ほ、他のやりようですか…。
ちらりとディーを見る。
「いえ、アレで問題ありません、他のやりようはしないでください」
ディープなキスなんてディー一人で十分です!!
「そうか? まぁ、次回やるにしても1年後だし、その時は、手の甲なりなんなりもう少し考えておこう。 また顔に傷をつけたらデュシュレイに視線で殺されかねないからな」
そう言って愉快そうにする陛下と、いつも以上に渋い顔をするディー。
ところで、次回は1年後? 血で盟約すると、年に1回でいいわけなのか?
今度、ディーに交渉してみよう、ディープなキスじゃなくて、血にしてくださいって。
「ところで、噂には聞いていたが、本当に氷が作られる魔法の箱があるのだな」
う、噂!? 噂になってんですか!?
動揺するわたしに、ディーが落ち着かせるように背中を撫でる。
「リッヒトルデはアルフォードから聞いただけだ。 奴がこいつとロットバルド隊長以外に漏らすようなヘマはしないし、こいつもロットバルド隊長も口外するような性質じゃない」
そ、そうなの?
視線でディーに問いかけ、頷かれてやっと安心する。
「それでなのだが、その箱を作ったのはお主だろう?」
な、なんですか!? その、奥の奥まで見通すような目は!? いや、そんな視線真っ向から受けれませんから!
ふよふよとさり気なく視線を逸らしたわたしに、陛下が「図星か」と愉しそうに呟く。
えぇ!? なんで? 返事なんてしてないのに!
「で、ものは相談なのだが、我にも1つ作ってくれ」
やっぱりそうなりますよね…。
戸惑い、横に居るディーを見上げる。
「…一度言い出したら聞かない、諦めて作ってやってくれないか」
め、珍しいですね、そんなにすんなり…、やっぱり陛下のご意向には逆らえませんか。
「そうではなく、単純にこいつの性格だ」
ですよね、陛下のことこいつとか呼んじゃってますもんね、普通に逆らいそうですよねディーさん。
「ディーが良いなら作りますけど、箱は用意してもらえますか?」
「どんな感じの箱だ? 普通の木箱でいいのか?」
とりあえず見本として我が家の、中を鉄板で囲んである木箱型冷蔵箱と冷凍箱を見せる。
「おお! 本当に冷たい!! これは氷か! これはなんだ?」
「冷凍した果物です、お一つどうぞ」
「うむ。 …!!!」
冷凍果物を頬張り顔がぱあっと輝く。
「とりあえず、これをもらっていっても良いか!?」
「これはウチのだから駄目です!」
箱を抱えて持っていこうとした陛下を結構本気で止める。
「こんな感じで、中を鉄で囲った方が冷気が逃げないのでいいと思います。 あと外側の箱ですけど、もし部屋に置くんでしたらやっぱり、他の調度品から浮かないようにしないと」
「うむ。 そうだな、まかり間違って他の者達にバレたら大事だ。 外箱は大工に命じて早急に作らせる、中の鉄の箱は…」
「お城の鍛冶屋さんがこれを作ってくれたのでノウハウがあります。 サイズを教えたらきっとすぐに作ってくれますよ」
「……そんなことまでしていたのか…」
背後でディーがぼそぼそ呟いたのは聞かなかったことにしよう。




