45話 給与明細 5
ディーの給与の事は、承知の上で放っておいたとのこと(良かったよー!! 知らずにあんな給料で納得してたんなら、色々と問題だったよぉぉ!!)。
どこまで食いついてくるか見ていたら、今のように手取り10万になったと、黒々とした笑みで言われた。
内部調査の関係だから、もう財務局に近づくなとのことでした。
「随分、ロングスパンで様子を見てますね…」
ディーの前に食後のお茶を出しながら、呆れてしまう。
「なかなか喰いつきが悪くてな、それでも10年程様子を見ていたらいい感じに緩んできた」
「…気の長いお話で。 ところで、手取り10万でやっていけたんですか?」
と聞いたら、にやっと笑ってカップを持っていた手を取られた。
「今までは城で食事をとったり、ここの家賃も掛からなかったりするから、どうとでもなったが。 お前を嫁に貰うなら、もうそろそろけりをつけないとな」
あぅあぅあー!!!
「休んでいろ、傷は塞がっているとはいえ、負担が無いわけじゃないだろう。 じゃあ行ってくる」
「……っ!!!」
行って来ますのチューなんて、キャラじゃないんじゃないですか!?
何て言うか、久しぶりの休日って感じ?
魔法を使いまくって部屋の掃除をひととおりして(ほとんど汚れてないけど)、冷凍箱の冷凍果物をつまみ食いしつつ…、テレビもラジオも無いって、つまんない…、忙しすぎて今日まで気にならなかったけど。
ソファでごろごろして、うとうとして、ごろごろして…。
も、もう無理だー!
「買い物、行ってこようかな…」
うん、そうしよう! えぇと、お金…無い。
いつも買い物はディーと一緒で、ディーが支払いしてくれてたから、自分で使うお金なんて殆ど無いよー! (かろうじて、この前のお給料の残りがあるけど・・・果物2つ分くらい?)
なーんてね!
「ジャッジャジャーン!! キュウヨメイサイショー!」
ドラ●もんちっくに出してみました。
誰のつっこみも入らないし、心おきなく馬鹿な行動ができます。
さて、この給与明細を財務の窓口に提出したらお金がもらえるんだよねっ。
ディーには休んどけって言われてるし、財務には近づくなって言われたけど、元気だし、ちょこっと行くだけなら問題ないよねー。
いつもディーと一緒に行く道を、一人で歩いて行く。
見上げると随分空が遠く感じる、日も高いけど、吹く風は熱気ばかりではなく”秋”を予感させる空気も含んでいる。
ふと、向こうにいる家族が脳裏をよぎったが、無理矢理ねじ伏せる。
思い出しちゃ駄目。
大丈夫、ちゃんと委員長が迎えに来てくれるから。
大丈夫、大丈夫!
お城が近くて良かった。
ほっとしながら城門をくぐる。
財務局へ一直線で行く。
あそこって、アノ人が居るんだよね…オルティス(敬称なんて付ける気がおきませんよ)の兄、イー…イルティス?
前回行ったときは奥から出てきたから、窓口で手続きするぐらいなら会うことも無い……と、思っていたのが間違いでした。
「リオウ? そんな名は台帳に登録されてないな、よってこの明細は無効だ」
メガネの奥から嫌な視線で見下ろされ、わたしの手の中にあった給与明細がイルティスに取り上げられ、ヤツのポケットにしまい込まれた。
「主人も主人なら従者も従者だな」
奥へ引っ込む間際、嘲笑と共に言われた台詞に、言葉も出なくなる。
殴らせろ。
平和主義者なわたしだけど、殴らせろ。
握り込んだ拳の、手に食い込む爪の痛みで耐える。
こ、こ、この怒り、何処にぶつけるべきですかー!!!
王宮の廊下をひた走ります。
ディーにばれたら怒られるけど!
怒られるの怖いけど! でも走らないと泣けてくるんですよ! 悔しくて!!
2階の仕事部屋のドアを勢いよく空け、とにかく目に飛び込んだ人物に体当たりで抱きつく。
「アルさーん!!」
「っ…! リオウさん? どうしたんですか?」
ぎゅうと抱きしめると、抱きしめ返される。
うっかり浮かんでしまった涙を、アルさんの服でこっそり拭く。
「何をしている」
地を這う声が聞こえ、一瞬でアルさんから引き剥がされる。
「ディー!!」
後を向くとツンドラ気候のディーが立っていたので、ツンドラでもなんでもいいからとにかくギューと抱きしめた。
今わたしに必要なのはハグです!
愛あるハグです(ラヴじゃなくてライクで)、元気を下さい。
ディーは一瞬戸惑ったようだが、突き放すような事はせずにハグしてくれた。
ああこの臭い、いつもの柔軟剤のさわやかハーブの香り…とディーの臭い。
鼻面を押し付けてぐりぐりとすると、ちょうどディーの鳩尾あたり。
「どうした、リオウ…。 また何かあったのか」
びくり、と肩をすくめたわたしの負けです。
も、もう少しだけこうさせていてください、ちゃんと白状しますから。