35話 メイド 6
イライアにメモを渡した数日後、イライアは忽然と屋敷から消えた。
…一応、部屋のベッドに
『賃金および労働環境に耐えられません』
的なメモが残されていたらしい。
まぁ確かに、下っ端のお給料は安いみたいだし、労働環境(主に食事面)は良くないかもね…。
「貴女も、さっさと出て行きたいのではなくて?」
なんて、マージュ夫人に言われるけど、いえいえ、まだ学ぶことはあるので辞めませんよー、というかアルさんが迎えに来てくれるまで帰れません。
勝手に辞表なんか出したら、ディーの氷点下の眼差しに刺し殺されそうだし。
とか何とか思っていたら、アルさんが来た。
曰く。
「我が家のメイドに欠員ができた。 無理に引き取ってもらっていたメイドなので、申し訳ないので我が家に戻したいと思う」
ということで、わたしはその日に屋敷を出ることになった。
そうか、無理に引き取ってもらっていたのか…だから、下働きな雑用ばっかりだったのか?
まぁいいや、下働きの能力は確実に上がったし!
「今までありがとうございました! 機会があれば、またよろしくお願いいたします」
とマージュ夫人にお礼を言ったら、ちょっとびっくりした顔をされて、ほんの少しだけやわらかい表情をしてもらえた気がした。
「その時は、もっと扱きますからね。 本家で頑張っていらっしゃい」
「はい!」
深く頭を下げる。
少しだけでも、認めてくれてたのかもしれないと思ったら、凄く嬉しかった。
「良い仕事ができたようですね」
馬車に乗り込み、アルさんがそう微笑んでくれたが、そんなにいい仕事はできてなかった気がする…。
屋敷での仕事を邂逅して、はっと思い出した。
「あ! オルティス様にお別れしておけばよかった!」
せめて、手紙にありがとうございましたのひとつも残すべきだったか!?
いやいや、そんなことをしたら、色々と詮索されてまずい事態になったか。
「例の末っ子ですか、ご飯をいただいていたという」
「はい! って、何で知ってるんですか?」
首を傾げると。
「君の同僚だったイライアが居たでしょう? あれは、六番隊の隊員です」
「…女の人でしたよね?」
「諜報部隊員には女も何人か居ますから」
部隊の人って、全員男だと思ってたー。
危うく、イライアが女装した男の人だったのかと…、いやいや別にイライアが男っぽいってことはなかったんだけどね? ほら、わからない人とか、案外居るから!
「君がくれた情報のおかげで任務を遂行できたと感謝していましたよ」
あぁ、あのメモですかー。
任務ねぇ…。
どう返事をしようか一瞬迷ってるときに、馬車が止まった。
あれ? まだ着くような距離を走ってないはずなのに?
ドアを開け、降りると愛馬を引いたディーが居た。
凄く久しぶり!
「ディー!」
思わず走り寄るわたしを、ディーは軽々と抱き上げた。
えぇぇ!? 流石にハグとかは考えてなかったんだけど!
「では、デュシュレイ隊長、後はお願いいたします」
「わかった」
あぁぁ! 馬車が走り去る~!!!
荷物下ろしてないけど、後で届けてねー!!
「…少し、痩せたか?」
わたしを抱っこしていた隊長が、やや心配そうな声音を混ぜて聞いてきたので、素直に頷く。
「ご飯足りなかった、早く家に帰っておなか一杯ご飯食べたい!」
「……そうだな、早く我が家に帰ろう」
そう言う割には、ぎゅーっと抱きしめたまま動かない。
「ディー? 何かあったの?」
心配になって聞いてみる。
なんだか、ディーの方こそ荒んでる気がするんだけど。
「…今日はゆっくり休む」
決意した声…、えぇと、今日は、ですか?
そうすると、もしかして、明日からまたあの書類との…。
いや、今は考えるまい!
今考えるべきなのは、これから家に帰ってどんなご飯を作るか! それのみ!!
「ディーは何が食べたい?」
「作ってくれるなら何でもいい(むしろお前を食べたい)」
「…それって結構困るんだけど」
「リオウは何が食べたい? それとも今日は町で食べるか? リオウも疲れてるだろう」
それはそれで魅力的なお誘いだけど!
「でも、一回家に帰って着替えてこなきゃ…。 流石にこの格好じゃまずいでしょう?」
メイド服は返却したので、屋敷に行くときに着ていた青いワンピースを着ている。
だから、馬にも跨ることができずに、ディーの前に横座りでディーにしがみついてる。
魔法で定着させてある付けっぱなしの茶髪のカツラも早く取りたい。
「まずいことは無い、良く似合っていると言っただろう。 やっぱりこのまま町で食べよう」
うーん、まぁ、今日ぐらいいいか!
外食嫌い(自分にも、家族にも)のお母さんには絶対内緒で!!
「じゃあ! お肉が食べたい!! 帰りに果物買って帰ろう? ちょっとだけだけど、お給料もらったから今日はわたしが払うね!」
「いや……、ああ、わかった」
この世界で初めて貰ったお給料でご飯食べたら格別に違いないよ!
見下ろすディーににっこり笑った。