26話 従者と書類仕事
「こんなの、従者の仕事じゃないよぉ・・・」
「泣いてもいいが、手は止めるな」
わたしの左側に座る鬼を何とかしてください。
今日も数字関係の書類と格闘してます。
もう2週間もこんなことが続いています。
毎日毎日、ひたすら計算を入れてます。
かなりな頻度でミスが有り、それを別紙に記入してクリップで留めます。
当初、クリップという存在も無くて・・・ディーにお願いして、針金を渦状に加工して作ってもらいました。
実際に作ったのはお城常駐の職人さんです、ありがとうございます。
ちらちらと窓の外を確認し、太陽が真上に来たのと同時に席を立つのも、最近の習慣です。
給湯室に置いてある冷蔵箱から、朝作って入れておいたハンバーガーを取り出しお皿に盛る。
大皿を2皿作り、珈琲を淹れる、4人前。
「休憩にしましょう!! だらだらやっても、効率が悪いですよ」
空いている机をフキンで拭いて、2人分ずつセッティングする。
「もうそんな時間か…」
と言いながら、いそいそとバル隊長が来る、それに続いてアルさんも……二人とも名前が長いので省略させていただいてます。
当初、超寡黙で、わたし嫌われているんじゃないかと思ってたんだけど、単なる人見知りだったことが発覚し、こうして一緒にお昼の休憩を取る仲になりました。
「今日のはBLTです」
「びーえるてぃー?」
「ベーコン・レタス・トマトの略です。 要らないなら、わたし食べますよ」
言った途端に、すかさず手が伸びるのはいかがなものかと。
各皿大きめハンバーガーが4つずつ乗ってる、1人あたま2つ計算ですよ。
はっきり言って昼食ですね、1日2食は厳しいです、お茶の時間という名目ですが、実質昼食です。
みんな無言で食べます。
だから食べ終わるのも早いです。
ビッグなサイズ2個を5分程度で完食です!
そのわりに食後の珈琲はゆっくり味わいます。
わたし以外はブラックで、わたしは甘いカフェオレです。
「そういえば、リオウ君の”クリップ”ですが、他の部署にも配布されているようですね」
アルさんがこちらを向いてそう言った。
「あれがあると書類の仕分けがはかどるからな」
「そうですね、あと、冷蔵箱…あれは一体どなたの魔法なのでしょう。 とても便利なので、是非屋敷にもひとつ購入したいのですが」
うん便利だよねぇ、今度冷凍箱作ってシャーベットとか入れておきたいんだけどなぁ。
ちらりとディーと目が合う。
あの冷凍箱を此処に設置するのは、ちゃんとディーと協議した。
きっとこんな風に、アレを欲しがる人が出るとは思ってた。
それならそれでいいと思うんだけど、1人に売ったらそこからまた欲しい人が出てきて…。
「あれは入手方法を詮索しないという約束で人から譲ってもらったものだから、私にもわからないんだ」
そうそう、そういうことにしておこうって話にまとめました。
「そうなんですか、残念ですね」
「申し訳ない」
本当にごめんなさい。
アレを売って一攫千金も夢じゃないけど、どうせあれを買うのってお金持ちだけでしょ?
それって、なんか、むかつくんだよね…。
量産できて安い値段で提供できるなら流出させたいんだけどなぁ。
1つ1つに魔法を掛けるから、わたし以外の人に作れなくて…そんな先のない冷蔵庫なんていやだ。
でも、魔法を使わないならいいよね、たとえば、昭和の時代にあった上の段に氷を入れて庫内を冷やすタイプの冷蔵庫とか……そもそも、氷の生産ができないんだって。
巨大な製氷機を魔法で作っておいて、そこで作った氷を切り分けて安く売ってもらえばいいのかな…。
そうしたら、みんなが使えるよね。
あとでディーに相談しようかな。
ぼんやり考えてて、ふとカップから顔を上げたら、全員の視線が集まっていた。
あ、あれ?
「な、なんですか?」
焦って、ディーに聞くと呆れたようなため息がかえってきた。
「リオウがぶつぶつ呟いてるから、気になっただけだ」
あぁ、呟いてましたか。
「セイヒョウキがどうのと、何のことですか?」
案外はっきり呟いてたんだね、わたし。
アルさんに聞かれ、顔が引きつり、助けを求めてディーを見上げる。
「こちらの二人は大丈夫だ、この部屋でのことを他言したりはしない」
でも、わたしが魔術師だってことは内緒だよね?
冷蔵箱の製造元を言わなかったってことはそういうことだよね。
じゃぁ当たり障り無く。
「えぇと、ですね。 魔法で大量に氷をつくることなんてできないのかな、と思いまして」
「大量の氷か、それなら、”氷の矢”を大量に放つとかか?」
バル隊長…攻撃してどうするんですか?
「そうじゃなくて、こう、箱の中の水を凍らせるみたいな」
「箱の中の水を凍らせる?」
「そうです、氷山みたいなのを作って氷を切り出すのもいいでしょうか」
わたしが居なくても、維持できるシステムならそれでOK。
「? どうだろうな、そういう魔法のことは聞いたことがないが」
「そうですか?」
無いことは無いでしょ? イメージさえしっかりしてればできるんだから。
「で、リオウ君はそれをどうしたいんですか?」
アルさんに話を戻された。
「そうやって氷を作れたら、こう二段に仕切った棚の上の段にその氷を入れておけば、下の段に入れた食料を冷やせるから。 あの冷蔵箱みたいな効果が得られるかなと思って。 そうしたら、町の人たちも冷蔵箱使えますよね!」
「……」
「……なるほどな。 しかし、その氷を作るのが魔術師ならば、法外な値段になるだろうな」
苦い顔をして言ったバル隊長に首をひねってみせる。
「奴らは、自分の魔術の価値を知っている……王宮でも滅多に見ることの叶わない氷などを、民の為に売るなどということはないだろうな。 貴族にそれを売るにしても、足元をみた金額を提示するだろう」
あれれ? なんだか、バル隊長、魔術師のこと嫌いなのかな?
「そうですね、奴らなら、需要があると見込めば、どんどん値を吊り上げかねませんね」
ひぃ、アルさんの黒い笑顔なんて始めて見ましたよ!
ちょっと引いていたら、ディーに頭をぽんぽんと撫でられる。
あ、慰めてくれた?
でも、みんなの考えてることとはちょっと違くてね。
「えぇと、毎回魔術師に氷を出してもらうんじゃなくて、1回の魔術で継続的に氷を作れる施設があればいいなと思って」
「継続的に…?」
「そうそう! あの冷蔵箱みたいに、継続的に冷やすような! そうすれば、その氷をみんなに安価で提供できますよね」
ニコニコして言ったら、3人に暖かい目で見られた。
ディーには頭を撫でられた。
「…そうだな。 そうやって、民にも普及できればいいな」
「ですよね! そうなると、やっぱり製氷機は各町ごとに1~2台ずつで、管理は国ですかね! でもそういうのって、どうしたってウマイ汁吸おうとする人が出てくるから、ちゃんとしたチェック機関作らないとまずいですよね!! やっぱり、国で管理するより地方に管理を任せて、国はチェックする側に回るほうがいいでしょうか? 不定期に販売価格をチェックして、不正が無いことを確認しないと! それとも、氷は無料配布にしたほうがいいでしょうか? でも、管理に人件費とかのお金が掛かるなら多少なりともお金をもらわないとならないですか…ね? あれ? どうかしましたか」
みんながシーンとしてしまった。
ああ!! ディーにあんまり喋るなって言われてるの忘れてたー!!!
っていうか、皆さんぽかんとしないでください!
せめて、生暖かい微笑で、若輩者の熱弁を受け止めてください…。
居た堪れなくなって、皿とカップを集める。
「私も手伝います」
「あ、ありがとうございますアルさん」
「デュシュレイ、あれを一体どこから拾ってきた」
ロットバルドは、自席に戻ったデュシュレイの横に立ち、きつい視線を放つ。
その視線を真っ向から受け、デュシュレイは意味深に笑みを作る。
「まだ子供のようだがあの洞察、それだけじゃない、数字にも強い。 それだけなら貴族の子供かとも思うが、民に対しあのような気の配り方は今の貴族の子弟ではできまい」
それだけじゃなく、料理も作り、魔法の腕も一級品だと言ったらこの同僚はどういう顔をするのだろうかと、一瞬頭をよぎったが、表情には出さない。
「ロットバルド殿の頼みでも、アレは貸し出せませんよ」
「まさか、お主、あの娘を閨にまで囲っているのではあるまいな」
にやりと笑ったロットバルドに、流石にデュシュレイの頬が引きつった。
「……あれが女性だと、いつ気がつかれましたか」
「”女性”な。 まぁ、私の仕事柄すぐにわかったさ。 お主も、隠し続けられるとは思ってはいなかっただろう」
「…さすが、ですね」
苦笑し、首を振る。
「で、アレをどうするつもりだ? あのままずっと従者としておいておくことはできまい」
やがて体が女性特有の柔らかさを持つようになれば、従者としておくことはできまいとロットバルドは言う。
今でも十分やわらかく、ささやかながらふくらみもあることを知っているデュシュレイは、当分ごまかせそうな気もしないでもないと思ったが、ロットバルドの言葉に頷く。
「そのときは、責任を持って彼女を手に入れますよ」
笑みを浮かべるデュシュレイに、ロットバルドはため息を吐く。
「…アレが哀れになるな…。 せいぜい私も気に掛けてやろう」
「…ありがとうございます」
なにやら引っかかるものをかんじながらも、リオウに味方ができたことを素直に感謝した。