25話 お城でお仕事
今日産まれて初めて、整体に行ってきました(腰痛悪化の為)。
痛みに強い方だと思っていましたが、1時間弱の施術の半分程…悲鳴をあげておりました。
人間の首って、凄く音がなるものなんですね。
腰もスゴイ音がしたらしいですが、自分の悲鳴で聞こえませんでした。
「ディーの嘘つき……」
「何がだ」
デスクで仕事をする隊長の斜め後ろに立って”従者”をしています。
「昨日は、しばらくは家の事をしてて良いって言ってたのに…」
「…1日で家中磨き上げたリオウが悪い」
…悪くないもん、ちゃんと仕事しただけだもん……。
部屋の隅でいじけたいが、この部屋に居るのはわたし達だけではないから、自重する。
隊長に強制で同行させられたのは、城内のデスクが5つばかりある中程度の部屋。
デスクは2台が現在使用中で、1台が書類満載、あとの2台は補助的な机らしく空いている。
わたし達以外に居るのは、六番隊のロットバルド隊長とその従者であるアルフォードさん。
なんかねぇ、二人とも凄く嫌な感じ。
隊長…ディーなんか目じゃない程寡黙だし…空気冷たいし、挨拶しても頷くだけでウンともスンとも言ってくれないし。
…こうやって、ディーとこそこそ喋ってたら、無言でギロッと見られるし。
すみません、煩くして。
いつまで、こうしてディーの従者をやってられるか良くわかんないけど、今日明日の話じゃないからなるべく良い関係を築きたいので、口を噤む。
「リオウ、お茶を頼む」
「かしこまりました」
の後ろに”ご主人様”って付けそうになって、慌てて飲み込む。
いかんいかん、メイド喫茶”メイド魂”の癖が…。
”メイド魂”の社訓である”最上級のおもてなしをご主人様へ”の下、厳しい新人研修が課せられ、基準をクリアできなければフロアに立つことができないという……。
でも、あのバイトのおかげで、お茶と呼ばれるものすべてを完璧に煎れられる(煎茶・抹茶・玉露・烏龍茶・紅茶・珈琲etc)どこの出ても恥ずかしくないお茶汲みができる自信がある。
部屋についている給湯室に入る。
さて、どれを使っていいものやら…。
見回すと”5”のプレートが貼られている棚があったので、開けてみる。
中には、いつ購入したのかわからない紅茶と、酸化したコーヒー豆が…。
これ、煎れて大丈夫なの?
とりあえず、紅茶のにおいをかいでみて、かしゃかしゃと優しく振って中を混ぜてみた。
……大丈夫っぽいよね。
一緒においてあったカップを取り出す。
茶渋で中の色が変わってます、もちろんティーポットも元の色合いがわからない程。
ここからか! ここからはじめるのか!!
うふふふふ~魔法っていいねぇ~。
茶渋を根こそぎ落として、真っ白になったティーセットに茶葉を二匙入れ、ちょっと高い位置からカップ2杯分の熱湯を注ぐ。
細かい茶葉だったから2分程度で十分。
時計も砂時計も無いので、体内時計で2分ちょっと計り、カップに注ぐ。
「お待たせ致しました」
ふわりと良い香りをさせた紅茶を隊長の右側からそっとお出しする。
「ああ」
ディーは少しだけイスをデスクから離してソーサーごとカップを持って深く腰掛け、カップに口をつけた。
一口飲み、じっと窺っていたわたしを見上げる。
「うまいな」
「ありがとうございます」
ホッとして小さく微笑むと、ディーも小さく笑みを返してカップに口をつけた。
いや、実際、あの茶葉ヤバいんじゃないかって、ひやひやしてたんだけどね!
おいしいなら大丈夫だよね! 一応、魔法で毒消しは掛けておいたけど、どの程度のもんかわからなかったし!
あとで、残ってる紅茶を堪能させていただこう。
あとあれだね、明日からはミルクとレモンと砂糖を持参しよう、あとお茶菓子ね、これは外せないなぁ…やっぱり、クッキーとかがいいけど、オーブン無いし……フライパンでもできるかな。
楽しみ楽しみー。
「何を考えている?」
紅茶を半分ほど飲んだ隊長が、怪訝な表情でこちらを見ていた。
「明日のことを」
「…そうか」
「あと、棚にあった、傷んでそうな珈琲豆捨ててもいいですか?」
「ああ、リオウの好きにしてくれ。 あと、必要なものがあれば申請すればいい」
え?
「申請?」
「必要なものは経費で落ちる。 お茶も、経費だ」
おぉ!! 素敵!
「是非申請させてください! ミルクと砂糖とレモンはダメですか?」
「……いいんじゃないのか。 出して、却下されたら諦めろ」
「はい!」
そうしたら、新しい珈琲豆もお願いしよう。
茶葉もあと少ししか無かったから、追加でね!
ディーから渡された申請用紙に記入すべく、ディーの机の端っこを借りる。
「まずは、珈琲と、紅茶、お砂糖、ミルク、レモン…」
書きにくいペンに四苦八苦しながら記入する。
「これで良いですか? これ、どこに提出すればいいですか?」
「ああ、ちょっと貸せ」
渡した書類にディーが青色のインクでサインする。
「これを総括局に提出すればいい。 帰りにでも一緒に行こう」
「はいっ。 あ、お代わりはいかが致しましょう?」
空になったカップに気づき、(一応)きいてみる。
「いや、いい」
「ではお下げいたします」
ソーサーごとカップを受け取り、トレーに戻して給湯室に戻る。
給湯室で残ってる紅茶を味見したり、カップを洗ったり、カップを洗ったり、カップを洗ったり…煤けたカップが奥のほうに何個も有ったので、ついでに洗ってました。
部屋の方から低く話をする声が聞こえてるので、きっと隊長同士でなにか話し合ってるんだろうと、ちょっと時間を掛けて洗い物や、給湯室全体を磨いたりしてみた。
部屋に戻ると、話は終わっていて二人とも黙々とお仕事をしていた。
そっとディーの斜め後ろに立つ。
ああ、そういえば。
ふと思い出して、ディーの肩をとんとんと叩く。
「さっき、そこにあった書類、数字の集計間違ってるようでしたよ?」
ディーの耳元に口を寄せて、他の人に聞こえないように言う。
「どれのことだ」
小声で聞いてくるディーに、さっき目に止まった書類をそっとディーの前に持ってくる。
「これです。 この行、こっそり一桁ずれてますよ。 で、合計が狂ってますよね?」
コンマはちゃんと書かれているから、単なる記入ミスってことなのかな。
その割りに合計で間違うってどうなんだろう。
「ちょっとまて…計算する」
ディーは何も書かれていない紙を出すと、一行ずつ丁寧に足しだした。
時間、掛かりそうだなぁ。
さっき目に付いたのはそこだけだけど、ついでに他の行も暗算してみる。
手元に架空のそろばんを弾きながら集計していると、ディーの興味深そうな視線が刺さった。
「な、なんですか?」
「それも、魔法か?」
小声で言われ、ふるふると首を横に振る。
「普通に暗算してるだけですよ? 算盤って無いですか?」
「ソロバン?」
「計算をするのに使う道具です」
自慢ですが、わたし有段者です。
「便利そうだな」
「……そうでも、ないですよ」
「そうか?」
「そうです」
あからさまに視線を逃がしたわたしに、ディーはすっと目を細める。
「まぁいい。 リオウ、あそこのイスをこっちにもってこい」
「? はい」
嫌な予感がする。
重たいイスをえっちらおっちら運んで、ディーの横に置く。
「座れ」
やっぱりそう来ますか。
ちょっと逃げ気味にイスに腰掛ける。
すると目の前に紙の束が…。
全部、数字関係の書類ですね。
予算書に、決算書…授業で習いましたよ、わたし商業科ですし。
白い紙も渡される。
「間違いはこっちにメモしろ」
「……ディー、これって、従者のしご…」
「今日はこれが終わらんと帰れん。 ここに泊り込みたいか」
「が、頑張ります…。 ペン貸してください」
途中何度か休憩を挟みつつ、日が落ちるまでみっちり数字と戦う羽目になりました。
計算ミスを指摘したの、小さな親切のつもりだったのに…。
恩を仇で返された気分です。
その日の夕飯はお城でいただきました。
帰ってから作る気力なんて1ミリもありませんでしたから!!
お母さんには絶対ナイショです・・・。