18話 洗濯物
ではでは早速!
ごそごそと、隊長の腕の中から抜け出して膝を降りる。
「ディー? 何かやることありますか?」
隊長の前に立って、にっこり笑顔。
これはあれだ、前にメイドカフェでバイトしたときの、対ご主人様用の笑顔です。
半年くらいバイトして、結構受けが良かったんだけど、目標額が貯まったのでやめたがあの日々…色々な意味でいい経験させてもらったなぁ(遠い目)。
「へらへら笑うな」
自慢の笑顔を怒られた。
思わず、眉間に皺がよってしまうけど、仕方ないよね!
「笑顔は必要なしってことですか」
「…従者にはな」
そうですね、女中じゃないんだもんね、要らないんだよね。
「わかりました。 で、何か御用時はありますか」
気を取り直して聞くと、更に冷たい声が。
「聞いて動くようじゃ話にならないな」
むきー!!!
だって、こっちの世界のこと何にもわかんないのに、何をどうしろって!?
ふんぞり返る隊長に蹴りを入れたくなったけど、なんとか我慢した。
あぁ、そう? わたしの良いように勝手にやっていいんだ?
口元が引きつるのを自覚しながら、口を開く。
「じゃあ、服、脱いでください、汗臭くてたまんないので、下で洗ってきます」
「……臭い、か」
「えぇ、臭いです」
すっぱりと言い切ると、隊長は諦めたようにごそごそと脱ぎだした。
その様子をじっと見る。
やっぱり、服着てるほうが細く見えるんだなぁ、脱いだら腹筋割れて、贅肉も無い!
超素敵マッチョっぷりだわ。
軽く見惚れていると、隊長の腐…臭い脱ぎたての服を頭の上に落とされる。
「う…っ」
思わず呻いたわたしに、「本当に失礼な奴だ…」なんてふて腐れた声が聞こえた。
失礼も何も、くっさい服を頭にのせる方がどうかしてると思うよ!
「男の体をそんな風に見るものではない」
「従者だから問題ないかと思いますが?」
言い返したわたしに、隊長の凍える視線が刺さる。
わたし、間違ってないし! そんな事だけ、”女だから”ってことで対応されるなんておかしいじゃない!
それに、家の裸族系オトコ共(父と弟)のおかげで裸は見慣れてるのよ!(夏場は基本パンツ一枚だしね!)
「他にも洗うものありますか?」
「そこの荷物がそうだ」
言われて、旅行バッグほどの大きさの袋を開けると…。
「うぐっ!!」
思わず呻いて、急いで袋の口を閉めた。
「…洗う暇などないからな、向こうに着くまで放置する予定だ」
「…着替えあるんですか」
「これが最後だ」
そういって指差されたのは、わたしの手の中の生暖かい服。
「ちなみに、目的地まであと何日くらいなんですか」
「3日といったところか」
3日を、この汗臭い服で…?
無理! むりむりむりっ!! この汗臭い服に引っ付いて馬に乗るんだよわたし!!
「洗ってきます!」
隊長の返事なんか聞かずに、服と、服の入っている袋を抱えて部屋を飛び出した。
宿を取る時に受付をしてくれた、おかみさんに洗い場を借りることができた。
「もう暗いけど、大丈夫かい?」
「はい。 こんな時間に申し訳ありません、ありがたくお借りします」
笑顔はNGなので、真面目な顔で頭を下げる。
「まぁまぁ、これはご丁寧に」
おかみさんは笑いながら宿に戻っていった。
洗い場の場所は宿の裏手にある用水路。
生活用水が流れている場所で、そこから水を汲んで洗い物をする。
洗った水は用水に流さずに庭に流す。
借りたタライに水を汲み、とりあえず洗濯物を半分放り込む。
おかみさんが石鹸を貸してくれたが、ちょっと考えがあったので、石鹸は端っこにおいておく。
タライの水に洗濯物が十分浸かるように押し込んで、操駆をして、手をその水の中に突っ込む。
「”イオンの力で汚れをすっきり分解”」
小声で言って、じゃぼじゃぼと洗濯物をかき混ぜる。
イメージは、洗濯洗剤のCMだけど、洗濯中の泡はイメージせずに、繊維の奥の汚れを浮かせて取るあの画像をイメージした。
予想があたれば…。
ひとしきり混ぜてから、一枚のシャツを持ち上げる。
「…完璧っ」
シミも黄ばみもすっかり落ちたそのシャツの白さに嬉しくなる。
洗剤なんか目じゃないほどの汚れ落ちですよ!!
ぎゅうぎゅうと洗濯物を絞って、もう一個のタライの中に入れていく。
んで、一応一回水を捨てて新しい水をくんで、残りの洗濯物を投入!
「”イオンで分解”」
さっきと言葉が違うけど、ようは、イメージさえしっかりしてれば大丈夫だと思うわけなのよ。
だから、ほらね? また大成功!!
隅々まで綺麗になった洗濯物を絞って、さらにもう一回タライに水を汲む。
そうして、今度は、全部の洗濯物を無理やりタライに突っ込む。
「”柔軟仕上げで抗菌コート”」
柔軟剤をイメージです! もちろん香りも!
香りは、すっきりさわやかなハーブミントで!!
じゃぼじゃぼタライをかき回し、隅々まで行き渡るように頑張る。
ぎゅうぎゅう絞って、出来上がり!!
絞ったシャツを開き、顔を寄せて匂いを確認してみる。
あぁ、思ったとおりのいいにおい。
「何をしているんだ」
呆れたような声に、びっくりして顔を上げると、裏の戸口に上半身に上着を引っ掛けた隊長がもたれていた。
うわぁ…いつからいたんだ、この人。
「えぇと、(魔法の)効果を確認していました」
「効果?」
タライをもって、えっちらおっちら隊長の方へ行く。
「はい、柔軟剤をやってみたので、きっと着心地最高ですよ。 香りは、ミントです」
「ミント?」
首をひねる隊長に、百聞は一見にしかずってことで、洗濯物を持ち上げて、匂いをかいでもらう。
「あぁ、確かにミントのような匂いがする。 ハーブなどいつの間に使っていた」
あれ?
「たいちょ…あー、ディーはいつからここに居たんですか?」
「……最初からだ」
最初って…おかみさんと出てきたときから?
全然気づかなかったですよ! でも、ま、それならそれで、説明が早くてすむかな。
「じゃぁ、わたしが(小声)魔法を使っていたのも見たんですよね?」
「…使っていたのか?」
あれ?
気づいてなかったのか。
「ぶつぶつ言いながら、タライをかき混ぜているのは見た」
…そうか、そういう風に見えるわけだ。
そういえば他の魔術師がやっていた操駆って、あの変なたこ踊りだったから…あれを基準とすると、わたしの操駆はやってないに等しいよね。
「そのぶつぶつが呪文だったんですけど、じゃあ見てたんですね」
「………あれで、魔法を使っていたのか」
絶句した隊長だったが、すぐに気を取り直し、わたしの持っていた、ずっしり重い洗濯物入りタライを持ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「部屋でいいのか」
聞かれたので、はい、と頷く。
部屋に帰りがけに、タライのひとつをおかみさんに返す。
「もうひとつは後で持ってきます」
「明日の朝でいいよ。 お疲れさん、男の子だと洗濯もはやいねぇ」
なんて言われて、ちょっと焦りながらお礼を言って、先をゆく隊長の後に続いた。
「ありがとうございました」
「で、これはどうするんだ? 明日の朝までになど乾かないだろう」
テーブルの上に置かれたタライの洗濯物を、隊長がひとつ摘み上げる。
確かに部屋干しだと無理だろうなぁ、干す場所もないし。
でもそれは想定内ですよ!
わたしには魔法という素敵パワーがあるのです!
「大丈夫です」
洗濯物を一枚取り上げ、両手でその洗濯物を広げてよく見てイメージする。
そうして、胸に手をあて、その手を前に突き出し小指から握りこむ。
「”乾燥&プレス”」
乾燥でザッと音を立てて水分が飛んで、プレスで皺が無くなった。
その服を、ベッドの上で丁寧にたたむ。
「どうです? ばっちり?」
畳んだシャツを隊長に渡す。
隊長、呆然としてますね…?
「…ありえない…が。 これがリオウの魔法か…?」
「ありえない、ですか? 操駆が?」
首を傾げるわたしに、隊長は違うと首を横に振る。
「こんな事に、魔法を使うことがだ」
そっちですか…。
「操駆も確かに、ありえないほど短い動作だが、洗濯などに魔法を使うなんて…聞いたこともない」
隊長はそういうと、小さく肩を震わせて笑い出した。
「ディ、ディー?」
「魔法にはこういう使い方もあるんだな」
そう呟いた隊長の顔には、泣きそうな苦笑が浮かんでいた。