15話 発音に難あり
「話してもらおうか」
…えぇと、何をですか?
便宜上、隊長の”従者”となったわたしは、宿につくと早速、足を洗うための足桶を用意したり(そりゃブーツ履いているから蒸れるよね)上着のほこりを払ったりしたわけです。
従者ってよくわかんないけど、とにかく身の回りのお世話を、甲斐甲斐しくやってればいいよね?
なぜか、またわたしと隊長が同室で、ジェイさんだけ別室。
ジェイさんは荷物をわたしたちの部屋に預けて町へ出てしまったので、今は隊長とわたしだけ。
宿屋の一階は食堂なんだから、下で食べればいいのに、隊長の命令で隊長とわたしの二人分を部屋に運ばされた。
部屋に唯一ある小さいテーブルに隊長のご飯を置いて、わたしは自分に割り当てられたベッドに座って膝の上にトレーを置いて食べていた。
えぇ、また、がつがつと、無心に。
だって、1日3食に慣れてると、2食はとってもつらいんだよ!
それも馬に乗ってるだけとはいえ、過去に前例が無いほど体を酷使しているのに!
せめて飴でも食べたい…ギブミー・糖分!!
「ごちそうさまでした!」
両手を合わせて頭を下げる。
本来なら、一緒に食べている相手に食べる速度を合わせるべきなのはわかるんだけど。
見れば、隊長ももう少しで食べ終えるところだったから、問題ないでしょう。
「お茶もらってきますね」
自分のトレーだけもって下に降り、代わりにぬるいほうじ茶を2つ持って部屋に戻る。
「どうぞ」
「ん」
ひとつを隊長にわたして、ベッドに座ってから自分の分に口をつける。
ふはぁ…やっぱ、ご飯のあとはお茶だよね。
そうして気の抜けた顔でお茶を啜っているときに、冒頭の台詞を吐かれることとなる。
「はぁ…? えぇと、何についてでしょう?」
本気でわからずに、お茶を手にしたまま首をかしげて、もう一口お茶を啜る。
あ、隊長の視線が鋭くなった。
やばいやばい、居住まいを正して、お茶を持った手を膝に下ろす。
それを見て、隊長がもう一度口を開く。
「昼間、奴らに睡眠術を掛けたのは、お前だろう」
「そうですけど?」
「……」
「……?」
わたしの返事に、うんともすんとも言わない隊長に首を傾げる。
あの状況を嘘ついて、違いますよーわたしじゃないヨ、とか言ってもすぐにバレちゃうから、素直に白状したけど、まずいのかなぁ。
右に傾けていた首を左に傾ける。
気を取り直したように、隊長が口を開く。
「…休憩ごとに用を足しに行っていたのは?」
「エアサ…じゃなくて、えぇと、筋肉の痛みをとるための魔法を自分に掛けていたからです」
首をまっすぐに戻して、正直に答える。
「……」
「……?」
また黙りこまれて、首を傾けてしまう。
何か、ダメなこと言っちゃったのかなぁ…。
秘密とか、内緒とか苦手だから言っちゃったけど、ダメだったかなぁ。
隊長が重いため息を吐いて項垂れた。
「……隊長…?」
あんまり長いことその体勢(明日のジ○ーが燃え尽きちゃったときのようなあの姿勢)だったので、心配になって再度声を掛ける。
「……だ…」
「は、はぃ?」
声が小さくて聞こえません。
「『隊長』ではなく、デュシュレイだ」
「でゅしゅれい、さん、ですか」
「これからは、名で呼べ」
「? わかりました」
従者って主人を名前で呼ぶものなのか?
でゅしゅれい様、でいいのかな。
「で、お前の名は?」
「えぇと」
思案して、素直にフルネームを答える。
「如月良子です」
「キサラギリヨウコ?」
「名前だけなら、良子です」
「リヨウコ?」
「同級生にはリョウと呼ばれてました」
「リヨウ…」
なぜ、小さなヨにしてくれないんだろう?
「リヨウ…リ、リオウ」
「…リョウです」
「リオウ」
「……」
そんなに言い辛いのか?
「リオウでいいです」
なんか、男の子みたいな名前だけど、まぁいいか。
「リオウ」
「はい」
やっとまともに発音できるようになって、隊長は確かめるように何度かその名を口にする。
「ところで、でゅしゅれい様」
「デュシュレイだ」
「でゅしゅれい?」
「デュ・シュ・レイ」
「でゅ・しゅ・れい」
何度も言い直させられる、どうやら発音がおかしいらしい。
ちゃんと言ってるつもりなんだけどなぁ。
困って、何度も言い直すわたしに、隊長は少し考えてから、提案してくれた。
「ディーなら、言えるか?」
「ディー?」
「今度から、ディーでいい」
「じゃあ、そうします」
双方妥協し、呼び名が決まったが、わたしが隊長の事を愛称で呼ぶ機会はないだろうな。
第一、この人を愛称で呼ぶと、何か悪いことが起こりそうな気がする…、だから、できる限り名前を呼ばない方向でいこう!
「じゃ、じゃあ、とりあえず食器下げてきます」
隊長のトレーに2つコップを乗せて、階下へと退避した。