14話 追手
ただいま、わたしたちは、追われています。
全力で走る馬上で、振り落とされないように必死に隊長にしがみつく。
落ちたら置いて行かれるのは必至ですし!
チラッと振り向いて追っ手を見たら、昨日隊長達を襲っていた立派な制服を着た人達。
多分、昨日と同じ人たちなんだと思う、裾の長い服を着てる昨日の(変な踊りをしていた)魔術師も居るし。
「おい! しっかり掴まっていろ!」
前に回している手に、大きな手が重なって、強く押えつけられる。
「は! はぃっ!」
気を取り直して、強く隊長に掴まると大きな手が放される。
やっぱり二人乗りがまずかったのだろう。
追いつかれたわたしたちは、逃げるのを諦めて応戦する形をとった。
「お前は後ろにいろ!」
敵と向かい合うという恐怖によって、馬から下りたまま立ちすくんでいるわたしを、馬の居る後方へ隊長が突き飛ばす。
馬の後ろまで吹っ飛ばされて、思いっきり地面に倒れこむ。
金縛りが解けた気がした。
派手に転んだ体を起こすと、隊長とジェイさんの向こうに十数名の敵が剣を抜いてわらわらと展開していた。
後方には魔術師が……また、踊ってる....O| ̄|_
何だろう、アレを見ると一気に力が抜ける。
もしかして、それも考慮した上でのあの操駆なんだろうか?
それでも、今回はそのおかげで力んでいた体から緊張が程よく抜けた。
立ち上がり、急いで馬の陰に移動する。
とりあえずあの魔術師はネックだよね。
胸に手を置き、伸ばした手でこぶしを作り、人差し指であの踊り狂う魔術師をピンポイントで指差しロックオンしてから。
「”うごくな”」
ビキッ
魔術師は、両手を上に挙げ、片足を大きく開いた(素敵に間抜けな)格好で固まった。
うん、うまくいった。
やれば、できる!
動かなくなった魔術師に、向こう陣営が慌てふためく。
このまま帰ってくれたらいいなぁ。
と思いながら、馬の陰からこそこそと成り行きを見守る。
無論、そうは問屋が卸さないわけで。
魔術師抜きで来るようです。
剣を構える十数名の敵に、対するこちらは二人…。
分が悪いにも程があるでしょうに、隊長もジェイさんも真正面から彼らと対峙している。
もしかして、わたしが居なかったら、逃げ切れて……。
いやいやいやいや! ”モシカシテー”は禁句!
もう何年も前に禁句登録したでしょ、自分!
慌てて、脳内を汚染しようとしていたネガティブパワーを押さえ込む。
今しなきゃならないこと。
今できることを…。
誰が最初に動いたのかは、馬の蔭に隠れていたからわからないけど。
剣がぶつかり合う、音が耳を刺す。
鉄と鉄がぶつかり合う音。
重いその音は、相手を本気で狙う音。
平和じゃない音。
多分、ジェイさんでも隊長でもない声が、うめき声を上げる。
怒声があがる。
思わず耳を塞ぎ、硬く目を瞑る。
”怖い”
しゃがみ込みたいのを堪える。
膝ががくがくと震える。
前にあった追いはぎを前にしたときだって、こんなふうにはならなかった。
どうして…?
「ぎゃぁぁぁっ」
耳を押さえても聞こえてくる悲鳴…断末魔のようなその声が、そこにある、命のやり取りを見せ付ける。
あぁ、そうか。
この人たちは本気なんだ。
本気で殺そうとしている。
物取りなんかとはちがって、殺すことを目的としている。
だから、怖いんだ。
固く閉じた目から涙が勝手に出てくる。
あぁ、ダメだ…、こんなんじゃ駄目だ。
「何をしている!!」
頭上で、重い金属の音が響いて、はっと目を開けるとすぐ傍に隊長が居て、わたしへと振り下ろされていた敵の剣と切り結んでいた。
「…た、隊長…」
「死にたいのか! 目を閉じるな! 耳を塞ぐな!」
敵の剣を弾くと、わたしを敵の居ないほうへ蹴り飛ばし、自分は敵へと向かう。
繁みの中に蹴り飛ばされて、痛みを堪えつつ体を起こして周囲をうかがえば、敵がもう大半地面に伏していて、ジェイさんも、隊長も息が上がり、きつそうにしながら、それでも必死で敵を倒している、馬はいつの間にか居なくなっていた。
繁みに座り込んだまま、自分の手のひらを見る。
たいして汚れてもいない、まめもできてない、普通の…手。
隊長の手は、分厚くて、固くて、大きかった。
手のひらを、握って、開いて、握りこむ。
そうして、顔を上げる。
胸に手をやり、まっすぐにその腕を伸ばし、こぶしを作る。
「”敵の人たちに眠りを”」
敵に睡眠薬を投与するイメージをこめて手のひらを開く。
「っつ!?」
「…ふっ……」
眠気に抗えずばたばたと倒れる敵たちを、隊長とジェイさんは呆然とみおろす。
無論、最初に動けなくしておいた魔術師もぐっすり眠っている。
イメージどおり、敵の人を傷つけることなく沈黙させることができて、気が抜けた。
隊長が、ゆっくりとこちらを振り向き、剣に付いた血を布でふき取りながら歩いてくる。
カンっ
剣を鞘に戻し、藪にへたり込むわたしに手を差し出す。
「…行くぞ」
大きくて力強いその手を掴む。
疲れているだろうに、強い力で引っ張り上げてくれて…ぎゅうと、抱きしめられる。
「え?え?」
抱きしめられたのは一瞬で、目を瞬いているうちに、隊長は踵を返して敵が乗っていた馬を調達しているジェイさんの方へ行ってしまった。
な、なんだったんだろう、さっきのギューは…。
広い胸と太い腕の感触が残る体に、経験値0のわたしはどぎまぎしながら、隊長達のもとへ駆け寄った。