99話 一緒にいてね
楓が日本に帰った。
なんだか、胸にぽっかりと……。
ちょっと前まで、普通にこっちで一人でいたんだから、こんな風に哀しくなる事なんて無いはずなのになぁ。
ソファに沈み、何度も視線がドアに向かう。
いつの間にかそのまま寝てしまったようで、気づいたのはディーの腕の中だった。
「あ…れ? ディー? って! えぇっ、もう夜!?」
飛び起きて、魔法の照明のついた室内に驚く。
「何かあったのか」
起き上がったわたしの腰を抱き寄せて、自分の膝の上に座らせたディーが、腕の中にわたしを囲って聞いてくる。
いつも思うけど、ディーの腕の中は安心する。
服越しに伝わる熱が、楓が帰ってしまったことで空いた胸の穴に少しずつしみこむ。
思い切って体を反転させ、ディーの太ももを跨いで向かい合って…ぎゅーっと抱きしめた。
抱きしめ返してくれる腕の強さに安堵の吐息を漏らす。
逞しくて、揺るがない強さ。
わたしにくれる想い。
ディーの存在が、わたしの中に染み渡る。
「ディー……。 だいすき」
ずっと一緒に居たい、ずっと傍に居たい。
腕の力を緩め、顔を上げ……想いの丈を込めて、体を伸ばして唇で、ディーの唇に触れる。
押し付けるだけのキスを、ディーが受け取ってくれる。
ゆっくりと唇を離すと、それをディーの唇が追ってくる。
覆いかぶさるように口付けられて、その勢いでディーの舌の侵入を許してしまう。
長い口付けが離れ、ゆっくり開いた目にディーの視線が合わさる。
「愛している、リオウ」
「うん、ずっと一緒に居てくださいね。 あ、あ、あ…あい、してます、ディー」
顔に熱が集まるのを自覚しつつ、言い慣れない言葉を紡ぐ。
「ああ、ずっと、一緒に居よう」
低い甘い声でディーが応え。
再度唇が塞がれ……結局夕飯を食べそびれることになりました。
……うん、灯りは消してほしい、かな。
王宮ではイストーラとの仲良くしようねっていう話し合いが纏まり、それ関係で色々人事異動(?)とかあったみたいで、なんだかよくわからないけど、また日常が戻ってきた。
……えぇ、日常です。
どうです? このこんもりと盛られた書類の山。
思わず零したため息一つ、そして恨めしくディーを見る。
「……まずは、手を動かせ。 言いたいことは、終わってから聞く」
うん、きっと終わる頃には達成感とか色々で今の恨めしさは吹き飛んでるよね。
軽く胸の中で悪態をつきつつ。
「了解しました」
従者らしく従順に承って、ペンにインクをつける。
太陽が真上にくると、部屋の空気が緩まり、アルさんとわたしでお昼の休憩の準備が始まる。
「何にせよ、リオウが復帰できてよかったな、デュシュレイ」
「そうですね、このままだと決算に間に合いませんでしたね」
六番隊のバル隊長が書類に掛かりながらディーを茶化し、バル隊長の従者であるアルさんもお茶を出しながらそれに乗ってくる。
今日の昼食はアルさんが持ってきてくれたタコスちっくな食べ物で。
「デザートは南瓜プリンです!」
現状維持の魔法をかけたカゴで持ってきたから熱々ですよ!
素敵魔法ばんざ………あ。
「ふむ…熱いな。 一体どういう原理だ」
「今蒸したわけではないですよね、リオウさん?」
あ、あ、あぅ!
「……リオウ少し話をしよう」
ディーの引きつるようにほんの少し上がった口の端が怖……っ。
「……何をやっているんだ、お前ら」
ノックなしにするりと部屋に入ってきた王様が呆れたように頭を鷲掴みにされているわたしを見る。
口からは、い、及び、た、が交互に洩れ続けてますが、仕方ないですよ、えぇ、ごめんなさい、ごめんなさい迂闊に魔法使ってごめんなさいたいたいたいたいたたたっ。
「デュシュレイ隊長もそのくらいにして、冷めないうちに頂きましょう」
アルさんは当たり前のように王様の分の椅子も用意して、王様も普通にその事務用椅子に座ってる。
そして、ディーの手によってわたしの分の南瓜プリンが王様へ……あぅぅ!
えぇ判ってます、それが罰の一環だってことは! 涙を飲んで我慢しますともー!
王様にアイスティーを用意すると、南瓜プリンへの賛辞を頂いた。
「これは、美味いな」
「ありがとうございます」
若干、王様の目が輝いた気がしないでもないが、見なかったことにしておこう。
って王様! 帰り際に現状維持の魔法が掛かった特製のカゴを持っていこうとしないでください! なんでそれが魔法のカゴだって気が付いたんですか!?
え、わたしが持ってきたものイコール面白いもの? やっぱり普通のカゴじゃなかったのか、ってニヤリとか笑わないでください。
カゴの使用方法とか教えませんってば!
「……リオウ。 後でじっくり話をしよう」
ディーの頼みでも、遠慮申し上げます!
逃げても良いでしょうか!?
随分変則的ではあるけれど、これがわたし流の従者の仕事。
さぁ、これからも元気に従者の仕事を頑張ます!
100話で完結。