94話 目指す方向
まだ数日しか経っていないけど、随分と久しぶりな気がする。
無人の小屋の中に立ち、奥にある木の寝台が目に入らないように不自然に目を逸らしながら、ドアの魔法を解除して外へ出る。
まだ昼間なので、太陽が高い。
あの惨劇の場所はここから大分遠いんだろうか? 遠ければいいな…。
で、えぇと、イストーラはどっち方面なんだろう…orz
空を見上げれば、家で見たのと同じ、抜けるような青空、そこに浮かぶ雲。
今まで空を飛びたいとか思ったこと無かったけど……やれそうだよね。
あの大空を自由に飛び回れたら、どんな気分だろう。
一応人目を憚って、自分に光学迷彩の魔法で見えなくして空を飛ぶイメージを明確にする(ごめんよディー、鎖にしても透明になる魔法にしても、駄目って言われてるのに…)。
自在に速度も高度も変えられる、早すぎると寒いからそこそこのスピードで真上に飛行して、周囲を見回せば近くに街道が見つかる、その先を追っていけば、遠くに集落が見えた。
よし、イフェストニアでもイストーラでもいいや、あそこの第一村人さんに道を聞こう。
村の近く、人気の無いあたりに着地して、光学迷彩を解除して村に向かって歩いてゆく。
周囲には畑が広がってるんだけど、耕作してない荒地が結構目立っている。
でも元が畑だったのはわかるくらいだから、耕作放棄してまだそんなに時間がたってないんだろうな。
この世界でも、農業後継者不足ってあるんだろうか…いや、まさかね。
時間が勿体無いので早足で村へと入る。
村の民家が集まっている辺りに入る前に、第一村人を発見できた。
おばあさんにこの村の場所を聞くと、イフェストニアの外れらしい。
街道沿いの村だけど、行き着く先が最近不穏なイストーラなので、街道を使う商人とかもあまり居ないので寂れる一方だとか。
若い人は村を出てイフェストニアの街へ出稼ぎに出ているとか、残った村人で畑を維持しているが、今年はその人手も足りなくて離れた農地を耕作できずじまいだったとか。
ばあちゃん話し相手ができたのが嬉しいらしく、色々な事を教えてくれました……。
曰く、今年は降雨量が少なくて、作物の生育が芳しくなくて税金の支払いは出稼ぎの若者達に掛かってるだとか。
井戸が一つ涸れてしまって、若い人たちが帰ってきたら掘り直さなきゃならないとか。
でも、年々帰ってくる若者が減ってる(町に定着しちゃったみたいだ)から、この先どうしようとか。
ついでに、わたしにこの村に住まないかと勧誘もしてきました。
「ごめんなさい、やらなきゃならないことがあるから、ここに定住はできないんです」
そう言うと、あからさまにがっかりされた。
それはもう”どよ~ん”と効果音がつきそうなくらい、思い切り。
「あ、あの、わたし、魔術師なので、色々教えてくれたお礼に井戸を復活させます!」
小心者と言ってもらっても構わないです、おばあちゃんにあんなふうにがっかりされるのが居た堪れないんです。
半信半疑なおばあちゃんに、涸れた井戸に案内してもらう。
確か、田舎のおじいちゃん家の井戸水は2000メートルくらい掘ってたんだっけ?
とりあえず、やってみよう。
右手の指に嵌めた5本の鎖をすべて出し、井戸を掘削すべく円筒形にして先をドリル状に拠り合せて掘削作業。
………おかしいな、水が温かいぞ……。
井戸から溢れる温かいお湯に呆然とするおばあちゃん、とわたし。
「あ、あの、ごめんなさい。 掘り過ぎてしまった、みたいで…」
10メートルくらいの時に水が出てたんだから、そのくらいでやめておけばよかった…上手いこと掘れるのが楽しくてつい目標深度まで。
「…こりゃぁ、たまげたけんどもよ。 飲めるのかい?」
「飲む、というか、入る?」
”温泉”の概念を伝え、試しにタライを持ってきてもらって、溜めたお湯に足を浸してもらった。
結果を言うと、怒られなかった! 良かった!
足湯をやって、長年患っているという、足の痺れが改善されたとおばあちゃんが喜び。
何事かと集まってきた村の人たちも、それぞれ湯を溜めるものを持ってきて足湯。
体がぽかぽかする、気分が良くなると好評を頂いた。
井戸を一つ駄目にした件はチャラになり、今後はここに大きなお湯を溜める場所を作って憩いの場にすると盛り上がる村人達。
うん、温泉施設を作るんですね、頑張ってください。
盛り上がる人たちからこっそり離れて、村を出る。
とりあえず怒られなくて良かった、と、空を見上げれば……もう茜色。
タイムアップ。
ディーが帰らないうちに帰宅して、遅くに帰宅したディーと何食わぬ顔で夕飯を共にする。
うん、ばれてない、ばれてない。
とりあえず、おばあちゃんからイストーラの方角は教えてもらったから、明日こそイストーラ入りを目指します。
息抜き<(_ _)>
2千メートル=温泉掘削深度でした
なんとか自噴してるということで…(汗)