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008 モンスターパニック!

「なんっじゃこりゃ!?」


 いつも通りに寝過ごした晴太は、食パンを(くわ)えて玄関を飛び出して思わず足を止めた。

 家を出てすぐの道路に、見慣れぬものが落ちている。両手で持ち上げられる程度の大きさの、得体の知れない薄緑のぶよぶよしたものが散乱していたのだ。


 一体なんだ訝しみながら近づいて、晴太は目をギョッと見開いた。そのつるりとした表面に、目と思われる(うつわ)官を見つけたのだ。良く見れば生きているのだろうか。ぶよぶよとした物体は、小刻みに震えながら晴太へ向かって少しずつ前進していた。

 晴太は慌てて踵を返すと、玄関の扉を開けて大声で叫んだ。


「母っ! 道路に変なの落ちてるンだけど、何あれ!?」


 しかし直ぐに、母親は早朝からの仕事で既に家にはいないことに気が付く。

 玄関扉のノブに手を掛けたまま振り向くと、薄緑色の物体が既に家の敷地内へ入ろうとしているのが目について、晴太はたまらず嫌悪の声を上げていた。


「げぇ……っ!」


 開いた扉の隙間に身体を捩じり込ませるようにして、急いで室内へと避難する。

 履いたばかりの靴を脱いで、転がるようにリビングに飛び込むと、テーブルの上に置かれたテレビのリモコンを手に取った。

 テレビの電源を付けると、画面に異様な光景が映し出され、晴太は食い入るように画面に見入った。


「ご覧ください! 複数の大型犬のような生物が暴れております!」


 レポーターの緊迫した声に合わせてカメラがその中心に、群れを成した狼のような生物を捕らえていた。

 周囲の建物や設置物のサイズと比較して、大型犬と同程度の大きさに見えるそれは、しかし現実に存在するどの犬種にも一致しない。

 白銀の長毛を風になびかせながら、五匹程度の群れの中心にいる生物が空を見上げた。


「オオーンッ!!」


 カメラ越しにも伝わる雄叫びの迫力に、晴太は思わず身構えてしまう。

 カメラの映す景色の中に、先ほど晴太が外で遭遇したなにかが地面を這っている様子も見て取れた。色味は違えど、その見た目と動作は紛れもなく同一だと言えるだろう。


 自宅からさほど遠くはない見慣れた駅の光景に混ざる、見慣れない生物の姿。

 晴太はこれが生中継の映像だとはにわかには信じられなかったが、そろりと目を向けた窓の外に見える薄緑色の生物の姿に、これが現実であるのだと認識せざるを得なかった。


「どーなってんだよ……」

「世界は一晩で姿を変えた、という事だ」

「うわぁっ!? 薔薇(ばら)ちゃん!? おはよーっ!?」


 思わず溢した独り言に対する思わぬ返事に、晴太の心臓が大きく跳ね上がった。

 音も気配もなく現れた薔薇(ばら)は、晴太の背後で腕を組んでじっとテレビの画面を見つめていた。


「あれは我が支配下の魔物が一体、シルバーウルフである」


 それから、視線を今度は窓の外へ向けた。


「そしてあの緑の生物はスライムだ。可愛かろう」

「スライム……って本物の!? あの王道モンスターの!?」

「そうだ。ほかにもバット、スケルトン、デスアーミーと言った下級の魔物共が顕現(けんげん)している」

「マジかよ……リアルファンタジーじゃん……。でも、なんで?」

「簡単な事だ。我の力で(ゲート)が開いただけのことよ」

(ゲート)?」


 言って晴太は(ゲート)を開け閉めするジェスチャーをする。

 晴太の動作を気にも留めず、薔薇(ばら)は晴太に背を向けた。


「なんだ貴様。空を見ておらぬのか。まぁ良い。付いて来い」

「はーいっ! って、ちょっと待った! その前に母の無事を確かめねばよ!」

「心配いらぬ。御母堂(ごぼどう)には我の加護を付けた。我が支配下の魔物であれば寄っては来ぬ」

薔薇(ばら)ちゃん……! 俺の親のこと、そんなに気に掛けてくれるなんて……これはもうアレだよね! 結婚を前提にお付き合いするしかないよねっ!」


 心底嬉しそうにしながら、晴太は玄関へ向かう薔薇(ばら)の後を着いていく。

 その途中、晴太は台所へ寄り、片付けられていたフライパンを手にした。晴太母愛用の、少し大きめ二十八センチサイズのフライパンだ。

 柄を握り締め、テニスラケットの要領で軽く振る。スイング時に感じる確かな重さに、晴太は良しと頷いた。



 改めて外へ出た晴太は、今度は落ち着いて周囲を見渡した。

 周囲の風景はいつもと変わりはない。そのことに今更ながらに安堵して、異物であるスライムと向き合った。

 足元近くまで迫ったスライムは、つぶらな瞳でじっと晴太を見つめている。


薔薇(ばら)ちゃん。俺がこいつを倒したら、薔薇(ばら)ちゃんは悲しむかい?」

「悲しむ? 弱者にかける情など持ち合わせてはおらん」

「オッケーィ! なら……勇者・晴太! いっきまーすっ!」


 意気揚々に振り上げたフライパンを振り下ろす!

 ……しかし、フライパンはスライムに当たる、寸でのところで止まってしまった。晴太が振り下ろしきれなかったのだ。


「どうした。それを倒すのではなかったか?」

「いや……これ、無理……っ! こんなつぶらな瞳の叩き潰すとか! 無理!」

「フッ……。(うつわ)のくせに見る目があるようだな」


 フライパンを頭上にして震えるスライムを、薔薇(ばら)が両手で抱き上げる。

 薔薇(ばら)に抱き上げられたスライムは、潤んだ大きな瞳で薔薇(ばら)をじっと見つめていた。その澄んだ両目に、薔薇(ばら)の口元が思わず緩む。


「これは我が配下の中では最も弱いが、愛い奴よ。貴様にその良さが分かるとはな」

「スライムちょー可愛いよね! 俺、スライム大好きっ! スライム大好きな薔薇(ばら)ちゃんもちょー可愛いよ!」


 調子の良い言葉で同意する晴太を気にも留めずに、薔薇(ばら)はスライムを指先でつつき、それから解放した。

 名残惜しそうに離れていくスライムを見送りながら、晴太はフライパンの裏面をまじまじと見た。


「そもそもあんなんフライパンで潰したら、絶対ぐぢゃっとなるンだよな。こびり付いて取れなくなっちゃう……」

「ならば何故、それを持ってきたのだ」

「いや、強そうだなって。銃刀法違反にもならないし」

「あぁ、この次元では武器を持てぬのだったか。つまらぬことよ。……さて、下らぬ話は終いだ。空を見よ」


 空と言われ、晴太は頭を上向けた。

 暗雲渦巻く暗がりの空に、ひと際、色味の暗い部分を見つける。濃い雲かと一瞬思ったが、それが空に大きく開いた暗闇の穴であることに気が付いて、晴太は目を丸くして驚いた。


「穴が開いてる! 空に!」

「そうだ。我らが生きる次元と貴様等の生きる次元を繋ぐ(ゲート)。本来であれば決して交わらぬ次元と次元を繋ぐ(ゲート)が開いたのだ。どうだ! この危機的な状況! 勇者とて黙ってはいられまい? さぁ、(うつわ)よ。勇者の魂と交代せよ!」

「いやいやいやっ、揺すってもチェンジ出来ないよ!?」


 薔薇(ばら)に両肩を掴まれ、激しくブンブン揺すられるも、晴太はどこか幸せそうな顔をしていた。

 理由はどうあれ、薔薇(ばら)から触れて来てくれることが嬉しくてたまらないのだ。


 しかし薔薇(ばら)は勇者の魂が表に出ない事を悟ると、すぐに晴太の体から手を離し、つまらなさそうに溜息を溢した。


「これ程度の状況では動かぬか。……まぁ、良い。(うつわ)よ。貴様はあの(ゲート)を閉ざしに行かねばならぬ」

「りょ! 薔薇(ばら)ちゃんのお願いなら喜んでぇ~!」


 晴太はその場で勢いよくフライパンを振り回す。

 晴太が何も事情を聴かないことに一瞬、呆気にとられながらも、薔薇(ばら)はにやりとほくそ笑んだ。


「良い返事だ。貴様の働きに期待しているぞ?」

「任せてちょーだいッ! 薔薇(ばら)ちゃんの勇者としての初陣じゃーい!」


 懲りずに勇者を名乗ろうとする晴太に殺意が湧きかけるが、薔薇(ばら)はそれを抑え込んで飲み込んだ。


(このままであれば、(いず)れは危機的な状況に陥ることは必須。勇者とて(うつわ)をむざむざ見殺しにすることはなかろう。なれば、焦らずとも好い)


 張りきる晴太の背中に向けて、薔薇(ばら)はにやりと笑んだ。

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