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007 魔法使いの伝言

 その晩も、いのりは何時もと同じ時間にベッドに潜り込み、眠りにつく。


「イノリ……目を開けて下さい……」


 目蓋を閉じて暫く。遠くから自身を呼ぶ優しい声に気が付いて、いのりは重たい目蓋をゆっくりと開けた。


「う……、魔法使いの、人……?」


 ぼやけた視界の中に鮮やかな蒼が飛び込んでくる。それが魔法使いの身に着けるローブであると気が付いて、いのりはあっと声を上げていた。

 ベッドの上にあるはずの自身の体は、見たこともない砂浜の上にあり、傍らには澄んだマリンブルーの海がさざ波を寄せていた。指触りの良いきめ細かい白い砂は、陽の光を浴びて温かい。

 初めて訪れる場所だというのに、いのりは恐怖を感じることが全くなかった。


 いのりが状況に恐怖せずに済んだのは、目の前に立つ魔法使いの容姿にもあったと言える。

 オーバーサイズのローブに身を包んだ彼女は、いのりと左程変わらぬ体格で、年齢も近しいであろうという少女の顔付をしていた。しかしそこに浮かべる微笑みは落ち着き払ったものであり、同世代とはとても思えぬ貫禄すら帯びていた。

 口調からして随分と年上であろうと想像していたいのりにとって、その姿には親近感すら抱くものだった。


「ようやく貴女と顔を合わせることが出来ましたね。私の名前はアルル・スラファット、異次元の魔法使いです」

「あ……私、夏野いのりです。あの、屋上では助けてくださって、ありがとうございました」

「いえ……むしろ緊急時とは言え、貴女の許可もなく肉体をお借りしてしまい、申し訳ありませんでした」

「それは大丈夫です! ……すみません、聞きたいことが多くて、何から聞けばいいのか分からないけれど……まず、ここはどこですか?」

「ここは夢の中です。私とあなたの存在が唯一重なり合う場所。……私は貴女に何かをする気はありませんが、どうしても、伝えておかねばならないことがあるのです」


 アルルと名乗る魔法使いの表情が曇る。

 夢の中であるというのにやけに現実めいた緊張感に、いのりは思わず息をのんだ。


「簡潔にお伝えします。まずはイノリ、貴女には私の魔法を授けます。とは言え、私の力は既に全盛期の半分にも満たない些細なもの。緊急時の護身用程度に考えておいてください」

「魔法って、箒で空が飛べるとかですか? あ、でもそれは魔女か」


 いのりの自問自答にアルルはやわく笑む。

 どうにも絵になるアルルの微笑みに、いのりは少しだけ照れくさい気持ちが湧いた。


「貴女に授けるのは身を守ることのできる防御魔法。それと、封印魔法の二つです」

「防御は分かるけど、封印……って?」

「……貴女の生きている次元と、私の生きていた次元を分かつ封印を施す大魔法。それが封印魔法です」

「次元を分かつ……? それってまさか! 今、こっちの次元とそっちの次元が繋がっているってことですか!?」

「いいえ。これから繋がってしまうのです」


 苦しげに吐き出されたアルルの言葉に、いのりはひどく動揺を覚えた。

 どういうことなのかを問おうとして、いのりは声が出ないことに気が付いた。喉が張り付いたように動かない。はくはくと必死に唇を動かすが、魔法使いは悲しげな顔をして見つめるだけだった。


「やはり時間が足りませんね……。イノリ、目覚めれば貴女には魔法の力が備わっています。……どうか、起きた後の世界の変化に対し、気を強く持ってください。(ゲート)は開いてしまった……」


 一筋の涙がアルルの頬を伝う。

 どうか泣かないでと伝えたくても、いのりの声は最後まで出ることはなく、意識は繰り返すさざ波に飲み込まれるように白濁に溶けて消えた――。




「……うっ、待って…アルルさん……っ!」


 半ば叫ぶようにアルルの名前を呼びながら、いのりはその身を勢いよく起こした。しっかりとした弾力のあるマットレスの上、つまりは自身のベッドの上での目覚めだった。


 背中をじっとりと濡らすほどの汗に気持ちの悪さを感じながら、いのりは枕元に置いていた眼鏡を手に取ると、よれよれとした足取りで窓辺に寄った。

 途中、壁に付けた時計を見る。もう朝の六時を回っていて、起きる時間まで間もないことを知った。


「世界の変化って……なに……?」


 アルルから伝えられた話に対して何一つ聞き返すことが出来なかったことに、いのりは不安を抱く。恐る恐るカーテンに手を伸ばし、その幕を開けた。


「……え?」


 窓の外に見えた光景に、いのりは我が目を疑った。

 空に大きな穴が開いていたのだ。

 空一面に広がる曇天。その一部分にだけドーナツの穴のように、ぽっかりと暗闇が広がっている。

 それはちょうど学校の方角にあって、ちょうど学校一つ分の大きさであることが知れた。


 いのりにはそれが何であるのかを判断することは不可能だった。唯一つ分かるのは、何か異常が起きている。だからこそ、気を強く持たねばならないのだということのみ。


 別れ際にアルルに言われた言葉を強く噛み締め、いのりは急ぎ朝の支度を始めた。

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