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005 魔王と勇者の温度差

「だあぁぁ~っ、カッコ悪ぃーッ!」


 息を切らせながら教室に飛び込んで、晴太は自分の椅子に飛び乗るように座った。そして勢いそのままに、頭を抱えて机の上に突っ伏す。


(愛とか恋とか! 苦手! ひぃん……薔薇(ローズ)ちゃん、勇者を愛してるとかそんなんアレじゃん、絶対ラブラブだったやつじゃん……。そんなんお前、あんな美人に好かれて好きじゃない男とかいるか? いや、いない。だからラブラブだったんだろうなァーーッ!!)


 言葉にならない奇声を発しながら、晴太は頭を机にゴリゴリと擦り付ける。

 どこからどう見ても奇行だが、晴太の奇行には慣れてしまっているのか誰も反応を示さない。

 ただモテんズだけが晴太を囲い、ざまぁざまぁと特に理由を知らずとも煽るのだった。



 結局この日はそれ以降、薔薇(ローズ)からもいのりからも逃げるように学校生活をやり過ごし、晴太は部活も休んでそそくさと帰路についた。

 家に着くと真っ先に二階の自室に向かい、荷物も全て投げ出して一直線にベッドへ飛び込む。

 夕飯の時間まではまだ余裕がある為か、晴太は一眠りしようと瞼を閉じた。



 睡魔にいざなわれ、眠りに落ちた晴太は夢を見た。

 澄んだ青空と、どこまでも広がる広大な草原。

 身に覚えが全くない場所に、晴太はぽつんと寝転がっていた。

 はて、ここは何処だと起き上がり、周囲を見渡す。それから、どうせ夢だから気にしても無駄だと開き直り、再び原っぱの上に寝転がった。


「――寝る前に、少しだけ話を聞いてもらえないだろうか」


 誰かの声と共に、晴太の上に影が落ちる。

 聞こえた声が男のものだったから、晴太は拒否したくてたまらなかったが、どうにも相手に動く気配がない。渋々といった様子で晴太はその身を起こした。


 晴太の目の前に立っていたのは、白金(プラチナ)の鎧を着こんだ男だった。

 短く整えられた柔らかな金の髪が、風に揺れている。凪いだ海を思わせる深い青の瞳が晴太をじいっと見つめていた。

 男の容姿と、腰からぶら下がった剣を見て、晴太は何となくこの男の正体を察する。


「あんた、勇者か?」

「察しが早くて助かるよ。僕はシリウス。君の住む世界とは別の次元に生きた勇者だ」


 勇者シリウスが微笑みながら手を差し出す。

 しかし晴太は虫を払うように手を動かし、結構だと拒絶する。

 晴太にとって、男から差し出される手を握る道理など一つもなかったのだった。


「そういうのいらねぇよ。んで? 勇者様直々に体寄越せってか?」

「いやっ、それは誤解だ! 僕は決して表には出ない。出てはならないと思っているんだ」

「何でだよ。俺の体を乗っ取れば、薔薇(ローズ)ちゃん……えーと、魔王ちゃんとイチャ付けるチャンスなのに?」

「魔王と? それは有り得ないよ。奴も僕も、互いに憎み合っているのだからね」

「ン? ンンンンン?」


 真面目な顔をしたシリウスの言葉に、晴太は盛大に首を傾げた。


「いや、だって魔王ちゃんはあんたのこと、あ、愛してるゥって言ってたぞ」

「魔王に愛が分かるものか。それは殺意を言い換えた言葉遊びだよ。奴は恐ろしい魔王だ。少なからず、僕はそうとしか見ていない」

「……まじか。まじか!!」


 晴太は自身の心を覆っていた暗雲が晴れていくのを感じていた。

 元より晴太が気落ちをしていた理由は、薔薇(ローズ)が勇者を愛している――即ち、魔王と勇者が恋人関係にあるのだと思い込んだことにあった。

 美人に愛されて愛し返さない男はいない。

 それが晴太の持論であり、晴太の勘違いを深める要因でもあったのだ。


 魔王と勇者の関係性。

 そこに愛など無いのだと目の前の勇者本人が否定したことにより、晴太は踊りだしたくなっていた。


薔薇(ローズ)ちゃんが片思いしてるだけか! だったら大丈夫! こいつよりも俺の方が素敵だって分かってもらえば良いっ、振り向いてもらえば良いだけだ! チャンスはまだある~!)


 急に元気になった晴太に、良く分からないが元気になってくれて良かったとシリウスが微笑む。

 男の微笑みなんざ気色悪いだけだと、晴太は大袈裟に嫌がるそぶりを見せながら、再び草原に寝転がった。晴太は寝転がったままシリウスの顔を見ることもせず、ひどく面倒くさそうに声を上げた。


薔薇(ローズ)ちゃんとあんたに何にもなくて、俺の体も別に要らないってんならもう十分十分。寝るから邪魔せんでくれ」


 晴太のぞんざいな態度にシリウスは一瞬呆気にとられ、それから声を上げて笑った。


「君は面白いね。うん、君なら大丈夫だ」

「だぁ~……っ! やめろ! そういうキザなムーブを俺にすなっ!」

「え? そんなつもりは無いのだけど……。そんなことを言われたのは初めてだな」

「ぐぁぁあぁ! こいつ天然かよ! このイケメン様がよォッ!?」


 唸り声を上げながら、晴太は草原の上で身悶える。


 ――こんな夢ならさっさと覚めてくれ!


 そんな願いが通じたのか、晴太の視界は徐々に白く染められていき、体から力が抜けていく感覚を覚えた。

 眠りに落ちて見ている夢の中で、再び眠りに落ちる様な。

 そんな錯覚を覚えながら、晴太の意識は朧気に散っていく。


「こんなことに君を巻き込んでしまったのは、僕の責任でもある。……君が危機に陥った時は必ず助ける。約束するよ」

「男との約束なんぞぉ……いらぁーん……」


 勇者の言葉を遠くに聞きながら、晴太はついに意識を手放した。

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