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004 土下座と魔王と魔法使い

 目に見える異常事態にさしもの晴太もしまったと思ったが、既に遅い。


「ごめん! 薔薇(ローズ)ちゃん! 俺、余計なこと言った! ごめんなさい!」


 晴太は一切の躊躇なく土下座で謝罪するも、薔薇(ローズ)にその声は届いていない様子だった。

 それでも晴太は止めず、必死に謝り続ける。


「本当にごめん! 俺、いつもすぐ調子に乗ってしまう! ごめーーーーんっ!」

「謝るのであれば……肉体を寄越せェッ!」


 怒りのまま、薔薇(ローズ)は手の平を晴太にかざした。

 薔薇(ローズ)の纏っていた赤い稲妻が収束し、手の平で一つの球体となる。激しく火花を散らすそれは、まるで巨大な線香花火のようでもあった。


「フンッ!」


 その光球を、薔薇(ローズ)は晴太に向けて勢いよく投げつけた。

 直撃すれば当然ただでは済まないだろうという光球を前にしても、晴太は依然として土下座の姿勢を崩さない。


「ごめーーーーーーーんっ!」


 晴太は絶叫と共に、痛みを覚悟する。

 激しい光が炸裂して、晴太は思わず目をきつく閉じた。


 しかし何時まで経っても痛みの類は訪れない。

 晴太が恐る恐る目を開けると、自身と薔薇(ローズ)の間にいのり……ではない、別の女性が立っていることに気が付いた。


 いのりと同じ髪型をしていながら、新緑を思わせる鮮やかな色味に目を魅かれる。たっぷりとした蒼い布地のローブに身を包んだその人物は、ローブの上からでも分かる細身のシルエットから、女性であるということが分かった。


 彼女の手の中には、まばゆく光る球が握られていた。それは晴太にぶつかる寸前だった光球で、どうやら素手で掴んで止めたらしい。

 その手に力を込めて、光球を握りつぶす。バチンと大きな音を一つ立てて、光球は完全に消滅した。


「……魔王よ。貴女が自分の感情にのみ生きる限り、勇者に会う事は不可能です」


 凛とした声色は、確かにいのりのものだった。

 どういうことなのかと混乱しながらも、晴太はようやく立ち上がる。

 立ち上がってみれば、ローブ姿の女の身長もいのりと同一であることに気が付いた。


 急に目の前に現れた人物に驚いたのは晴太だけではない。薔薇(ローズ)もまた驚きを露わにしていた。

 怒りよりも強い衝撃だったのだろう。

 激しい殺気は鳴りを潜め、体に纏っていた稲妻もチリチリと音を立てて霧散していた。


「魔導士の小娘。貴様もやはり(うつわ)を乗っ取る算段でおったか」

「いいえ。今だけ助けに入ったまでです。まだ、いのりは力の使い方を知りませんから」

「……随分と殊勝な口ぶりではないか。小娘らしからぬな」

「ええ。私も変わらざるを得ませんでしたので。なんたって――貴女が勇者を道連れにしてから、長い月日が過ぎたものですから」


 魔導士と呼ばれた女の瞳が鋭く細められる。

 髪の色と同じエメラルドグリーンの瞳が薔薇(ローズ)を睨みつける。

 その目は冷徹でありながら、どこか達観しているような落ち着きすら放っていた。


 晴太はようやく目の前の人物が、いのりの体を使って現れた魔法使いであるのだと理解する。理解した途端、驚きはあっという間に消え去って、彼女に対する強い好奇心が顔を覗かせた。

 春風晴太という男は女性全般を好いている。

 それが魂だけの存在だとしても、例外ではない。


 そんな晴太の様子など露知らず、魔法使いと魔王は暫く睨み合いを続けていた。

 先に矛を収めたのは、意外なことに薔薇(ローズ)だった。


「良い。貴様には聞きたいこともある。今は見逃そう」

「賢明な事です。まぁ、私は何を聞かれても答えるつもりはありませんが」


 唐突に魔法使いが振り返る。

 こっそりと彼女の背後に近寄っていた晴太は、いきなり目が合って大いに慌てふためいた。


「ハレタ。魂が勇者であれど、貴方は貴方です。決して、その肉体を明け渡したりしないように……良いですね」

「は、はい……」


 柔和な笑みを浮かべた魔法使いの顔付きは、いのりのそれでありながら、年上の女性の落ち着きに満ちていた。

 やわらかなエメラルドグリーンの瞳に見惚れながら、晴太は柄にもなく緊張感を覚えていた。言葉に詰まり、簡単な返事しか出来ない程に。


 晴太が頷いた直後、いのりの姿が元に戻る。

 晴太が瞬きを一度した、ほんの僅かな瞬間の出来事だった。


 一連のやり取りを眺めていた薔薇(ローズ)は、興味深げにいのりを観察する。

 それからにやりと笑むと、ツカツカと軽い足取りで晴太に近寄り、晴太の目の前で足を止めた。


(うつわ)よ。貴様の誠意は伝わった。我とて無駄に肉体を傷付けたくはない。これで手打ちとしてやる」

「ははーっ、有難き幸せ!」

「良い良い。我こそ説明不足であった。良いか。我らは次元を超えてやってきたのだ。この意味が分かるか」


 素直に首を横に振る晴太を、薔薇(ローズ)は鼻で笑う。


「貴様等にも分かる様に説明するならば、次元、即ち異世界とでも言おうか」

「流行りのヤツだ!」

「我の次元では、魔王と勇者は決して結ばれぬ宿命にある。しかし我は勇者を愛している。ではどうするか。簡単なことだ。次元さえ違えば、宿命などに縛られる必要性がなくなる! 故に、我はこちらの次元に、我と勇者の魂を送り込んだのだ!」

薔薇(ローズ)ちゃん情熱的~っ! ……って、愛して……愛してぇ~~???」


 薔薇(ローズ)の口から飛び出した言葉を反芻しようとして、晴太は悲鳴を上げたくなった。

 薔薇(ローズ)は晴太のリアクションを気にする様子もなく、どこか恍惚とした様子で更に続ける。


「うむ。我は勇者を愛しておる。しかし次元を超える術は我でも扱いきれぬ代物。我自身はどうにかなれど、勇者は魂しか飛ばせなかった……。飛ばした勇者の魂は貴様と言う(うつわ)に入り、そして眠りについてしまった。だから貴様が肉体の主導権を明け渡せば、勇者は目覚める。先ほどこの娘が魔導士の小娘になったようにな」

「ああ、だから肉体を寄越せって言ってたんだね」


 隣で話を聞いていたいのりが合点がいったと頷いた。

 思っていたよりも乙女らしい事情に、いのりはほんの少しばかり薔薇(ローズ)に同情を覚えてしまう。だからと言って、晴太を犠牲にする訳にはいかないのだが。

 いのりはそのまま視線を晴太に向けた。


「うわっ……」


 思わず声が出てしまうほどに、晴太はひどい顔をしていた。

 青ざめたげっそりとした顔は、薔薇(ローズ)という美少女を前にしてする顔ではない。


 愛。どうやらその言葉に拒否反応が強く出てしまったらしい。

 普段、女の子に好意を振りまく晴太であるが、純粋な愛や恋といったものは、どうにも苦手なのだった。


「晴太くん……」

「イヤァー……薔薇(ローズ)ちゃん、委員長、ごめん……俺……戻るゥーーッ!!」


 薔薇(ローズ)といのりに背を向けて、晴太は猛烈な勢いで駆けだした。

 階段を下りてあっという間に見えなくなる背中に、いのりは思わず哀れみにも似た感情を向けてしまうのだった。

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