040 最終回・自由であれ!
「我が王ーっ!」
公園の出入り口からジェードの声が響く。
鬼気迫る顔をしたジェードと、呆れた様子のモルガナが駆け寄ってくる。
「貴様! 我が王から離れろっ!」
薔薇の側に寄ったジェードは、晴太から薔薇を守る様に二人の間に立ち晴太を睨みつける。
晴太もまた間に立ち塞がるジェードに邪魔だと喚いて噛み付き始めた。
モルガナはひどく困った様子で薔薇を見つめていた。
「ちょっと魔王サマ? こんなところで魔力消費されたら困るのだけど。次元転移に必要な魔力、残しておいででしょうね?」
「構わぬ。次元を超える計画は中止とするのでな」
「はい……? え、ちょっと、冗談でしょう?」
「冗談ではない。次元を超えたくばモルガナ、貴様一人で帰還せよ」
「……はぁ。もう、私だけが帰ったところで意味がないじゃない。本当に勝手よねぇ……」
呆れた様子で溜息を吐き出して、モルガナは薔薇の顔を覗き見た。
すっかり陰りの消えた顔つきに、ほんの少しだけ安堵する。
「貴様、我が王になにをした! 場合によってはその首、今すぐ斬り落とす!」
「へっへーーーん! 抱きしめちゃったって言ったら、どうするよ!?」
「きっ、貴様ーッ!? 今すぐ殺す!」
「構うな。ジェード、控えよ」
今にも剣を抜いて晴太に襲い掛からんとするジェードを薔薇が制する。
薔薇の声にジェードは動きを止めて、小刻みに震えながらも薔薇の側に着いた。
公園を満たしていた熱もすっかりと消えて、夜の風が晴太と薔薇の間に吹く。
冷たい風が吹いても、もう晴太に焦りはなかった。
「じゃっ、薔薇ちゃん! また明日、学校でね!」
「ハッ、仕方があるまい。暇つぶしにもならぬが、顔を出してやろう」
へらりと笑って晴太は薔薇に背を向けた。
立ち去る背中が公園の出入り口に差し掛かったころ、薔薇は声を上げた。
「春風晴太」
薔薇の凛とした声色で名前を呼ばれ、晴太は足を止めて急いで振り返る。
初めて薔薇に名を呼ばれ、晴太の胸の中に熱いものが込み上げた。驚きに目を白黒させていると、薔薇が悪戯気ににやりと笑う。
「我を飽きさせるなよ?」
「もちろん!!」
心底嬉しそうに頷いて、晴太は薔薇に大きく手を振った。
晴太の視界が涙で滲む。零れ落ちる前にごしごしと乱暴に袖で拭い、晴太は足取り軽く駆け出した。
「委員長、おっはよー!」
朝のさわやかな空気を割く晴太の声に、いのりが振り向く。
へらへらと笑顔で駆け寄ってくる晴太にいのりは密かに胸を撫で下ろす。
「おはよう、晴太くん。昨日、連絡ありがとうね。暁月さんと和解出来て良かったね」
「いやー! 委員長にはどうしてもいち早く伝えたくってさ!」
「私も気になってたから、教えてもらえて嬉しかったよ」
いのりから朗らかな笑みを向けられて、晴太は思わずどぎまぎする。同時に、いのりも薔薇のことを気に掛けてくれていたことに嬉しさを感じていた。
晴太は昨夜起こった出来事を、軽くではあるがその夜の内にいのりに報告をしていたのだった。
既に伝えた内容に多少脚色を交えながら、伝えきれなかった詳細をいのりに語る。それに耳を傾けて、いのりも興味深そうに相槌をうった。
そうこうしている間に教室に辿り着く。
いつもと変わらない教室の光景を見渡して、晴太はあっと声を上げた。
教室の窓際一番後ろ。そこに席が一つ増えていた。
そこに座るのは勿論、薔薇だった。
「薔薇ちゃん! おっはよー!」
薔薇へ向かって一目散に駆けて行く晴太の背中を見送って、いのりも自分の席へ着いた。相変わらずつまらなさそうにしている薔薇の姿を視界に納め、いのりは思わず苦笑をした。
晴太から聞いた話によれば、薔薇にとっては学校に来ることは暇つぶしにもならないらしい。それにも関わらずこうして学校に来ているその律義さが、いのりには微笑ましく感じられたのだった。
窓の外に目を向ける薔薇は、近寄る晴太を一瞥してまた視線を外へやった。
いかにも興味がないといった様子の薔薇ではあるが、晴太にとってはその仕草すら愛しくて仕方がない。
「薔薇ちゃんが学校に来てくれて、ちょー嬉しいよ!」
「言ったであろう。王に二言はないとな」
「さっすが薔薇ちゃん! 今日からまた薔薇ちゃんの居る学校生活が始まると思うと、嬉しくて嬉しくて~!」
「我だけではないぞ」
「ン? 何が?」
「学校生活とやらを始めるのが、だ」
窓ガラスに映る薔薇の唇がにやりと弧を描く。
はてと晴太が首を傾げると、突然、廊下から女子生徒の甲高い悲鳴が上がった。
「なっ、なんだぁ!?」
「おいっ、晴太! 大変だぞ!」
血相を変えて駆け付けた直江達と共に、騒ぎの元凶を確かめるべく廊下へ出る。廊下を出てすぐ。ある人物が目について、ゲッと心底嫌そうな声を上げた。
群れを成す女子生徒の中心に、ジェードの姿があったのだ。
「なんであのヤロウがここに……」
「教育実習だそうでござるよ」
「教育実習だぁ? ンなわけねーって! なぁ、薔薇ちゃん!」
教室に戻り薔薇に同意を求めるも、薔薇は肩を竦めるばかり。
「我の事が心配で潜入することにしたそうだ。モルガナも来ている。まぁ、奴こそ単なる暇つぶしよ」
「モルガナさんが!? どこっ、どこ!? ご挨拶しなきゃっ!」
「……貴様、本当に見境がないな」
モルガナの名前を聞いた途端、血気盛んに逸る晴太に薔薇は溜息を吐いた。
(全く。こんな奴に絆されるとは……魔王の名も地に落ちたものだ)
窓ガラス越しにじっとりとした視線で晴太を見つめ、へらへらと笑う晴太に向けてデコピンを一つ放つ。
すると窓ガラスに移った晴太がへらりと笑い、薔薇は思わず虚を突かれる。
「フッ、ハハ……っ」
ついに破願した薔薇の笑顔はやわらかで、年相応の少女の様相を呈していた。
そんな薔薇の笑顔を晴太は満たされた心地で見つめていたのだった。
勇者と魔王は殺し合う宿命にある。
それは世界が定めた絶対のルールだが、それはあくまで他次元のルールである。
この次元においては勇者と魔王は殺し合う必要はない。
魔王が勇者に恋をしても。
ただの少年が魔王に恋をしたとしても。
自由なのである。
終わり
「ジェード殿! 読んだでござるか、冬月先生の新刊を!」
「えぇっ! なんと素晴らしい……っ、殺し合う宿命の二人が手を取り合い、幸せになることを誓い合う……。どう考えてもどちらかが死ぬしかないという状況からのハッピーエンド展開に涙が禁じえません!」
「てっきり、バッドエンドものだと思ったのでござるがな~。いやー、やはりハッピーなのが一番でござる!」
冬月ナナコの新刊を手に、宇都宮とジェードは幸せそうな顔をして感想を述べていた。
その手に持つ本には、勇者の鎧を脱ぎ捨てた少女と、魔王のローブを脱ぎ捨てた少女が描かれていたのだった。
これにてひとまず完結です。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!




