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038 君のことが好きだから!

 晴太は再び夜の町を駆ける。


薔薇(ローズ)ちゃーんっ! 話がしたいんだよっ、出てきてくれよ! 薔薇(ローズ)ちゃーんっ!」


 周囲の視線など構うことなく、薔薇(ローズ)の名前を叫びながら晴太は走る。

 白馬野書店を通り過ぎ、少し過ぎて角を曲がる。電灯も少ない薄暗い路地を駆け抜けると、こじんまりとした公園の前に出た。

 公園内にろくな灯はなく薄暗い。もうすぐ満月に近付くという月が、煌々と地を照らしていた。

 晴太の足が不思議と公園に向く。月明かりに導かれるように駆け込んだ公園の端。二台のブランコの内の一台に、腰を掛けた薔薇(ローズ)の姿を晴太は見た。


 薔薇(ローズ)の名前を呼び掛けて口を噤む。

 ブランコに座り、薔薇(ローズ)は遠くを見つめている。纏う雰囲気はどこか寂し気で、晴太はグッと拳を握り締めた。

 当然、薔薇(ローズ)も晴太に気が付いているのだろうが、振り向く気配も逃げ出す気配もない。だから晴太は堂々とブランコに近付く。

 空いているもう一台のブランコに腰を下ろし、晴太は空を見上げた。

 二人揃ってしばしの沈黙。先に口を開いたのは薔薇(ローズ)だった。


「我にとって勇者はあの月に等しい。闇を照らす一条の光。我が世界を照らす光であり、遠きモノよ」


 薔薇(ローズ)の口元に自嘲染みた笑みが浮かぶ。

 ちらりと横目で覗き見て、どこ弱々しさすら感じさせる表情に晴太は眉尻を下げた。


「我の全ては闇だ。だから光たる勇者を欲した。奴の全てを手にする為に次元まで超えたが……ククッ、振られたよ」

「あいつは薔薇(ローズ)ちゃんの魅力、分かってねーからっ」

「分かっていない。そう、我も分かっていないのだ。我は、奴の名すら知らぬ」


 ぽつりと吐き出すように呟かれた言葉に突き動かされるようにして、晴太が立ち上がる。

 俯いたままの薔薇(ローズ)の前へ立つと、晴太は薔薇(ローズ)に向けて右手を差し出した。


薔薇(ローズ)ちゃん、前に屋上で言ったこと覚えてる? あれ、結構本気。薔薇(ローズ)ちゃんが勇者を必要としてるなら、俺が君の勇者になる」


 ゆっくりと面を上げた薔薇(ローズ)の顔をじっと見つめて、晴太はにっこりと笑った。


「俺は薔薇(ローズ)ちゃんのこと大好き! だから薔薇(ローズ)ちゃん、ここに居てくれよ」


 曇りのない晴太の眼差しに薔薇(ローズ)は眩しそうに目を細める。

 この時ようやく、薔薇(ローズ)は春風晴太を一人の人間として認識した。


 晴太の言葉に嘘偽りがない事など、すぐに分かることだった。

 薔薇(ローズ)は呆けたような顔をして、晴太に向けて右手を伸ばす。掴んだ手の温かさに、泣きたくなって笑った。


 薔薇(ローズ)が手を取ってくれたことに晴太は大いに喜んだ。喜色満面の笑みを浮かべて薔薇(ローズ)の手を握り返すと、その柔らかさに晴太の胸が高鳴る。

 あっという間にでれでれと締まりのない顔つきになる晴太に向けて、薔薇(ローズ)は唇で弧を描いた。


「良い。では貴様を試してやる」

「ほぇ?」

「貴様が勝てば、我はこの地に残ろう。貴様が敗れれば、勇者の魂諸共、消し炭にしてくれる――!」


 薔薇(ローズ)の髪が燃え盛る炎のように逆立ち、全身から漆黒のオーラが放たれる。


「へっ!? ちょっ、薔薇(ローズ)ちゃん!?」


 目の前で変容する薔薇(ローズ)に晴太は慌てふためく。それでも手は離さない。

 徐々に薔薇(ローズ)の体が宙に舞い、手を繋ぐ腕がぴんと伸びる。

 紅の髪は長さを増し、身に着ける衣服が深い闇を思わせる漆黒のゴシックドレスに変化する。獰猛な獣のそれを思わせる黄金色の瞳が、獲物である晴太を射抜いていた。

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