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037 本当に伝えたいこと

「はぁぁ……薔薇(ローズ)ちゃんいない……」


 とぼとぼと絵に描いたような落ち込み具合で晴太は家路に着いた。

 夜も更け、いのりが途中で帰った後も晴太は暫く一人で|薔薇(ローズ)《ローズ》を探し回っていたのだが、母親からの呼び出しには逆らえずに帰った次第だった。


「ただいまぁ。なんだよ母ちゃん。帰り、もうちっと遅くったっていいだろ。俺、高校生なんだぜぇ?」


 ぐちぐちと言いながら、晴太は玄関で靴を脱ぐ。ふと、見慣れぬ女ものの靴が目に付いた。こんな時間に客かと疑問に思いながらも、心身ともに疲弊している晴太はいつも以上に頭が回らない。

 緩慢な動作でリビングに上がり込むと、晴太は思わずあっと声を上げていた。


(なな)ちゃん!! なんでいんの!?」

「うぃーす、おひさ~。近くまで来たから寄ってみたよ~」


 晴太に七ちゃんと呼ばれた女性はへらりと笑んだ。

 彼女の名前は冬月(ふゆつき)(なな)、漫画家の冬月ナナコその人だった。


 冬月七は晴太の従姉である。晴太の自室に時折遊びに来る年上の親戚とは、彼女の事だった。

 晴太は七のことも好いていた。もちろん親族である以上、晴太の守備範囲の外の存在であり、その好意は純粋な好意と言えた。その在り方は親しい親戚であり、姉のような存在であり、仲の良い友人と言えるだろう。

 七の笑顔につられるように、晴太もぱっと顔が明るくなる。テーブルを挟んで対面に座った晴太を見て、七はへらりと笑った。


「夜遊びとは、(はる)も立派な男子高校生ですなぁ~」

「違う違う! 遊びじゃないよ、人探ししてんの」

「へぇ? 面白そうな話じゃん~。聞かせてよ?」

「七ちゃん、また漫画のネタにする気だろっ」

「しないしない。多分ね~」


 自分と同等のマイペースさを誇る七に、晴太は思わず苦笑する。


「いやさぁ、最近知り合ったちょー可愛い女の子がいるんですけどね? 彼女、一人で遠くから引っ越してきたのに、また遠くに引っ越しみたいなことしようとしててさぁ……」

「引っ越しは仕方がないんじゃない? 事情があるだろうし。連絡先、知らないの?」

「お恥ずかしながら……。だからさ! せめて会って話がしたいなって! 探してるわけですよ!」

「相変わらず晴は情熱的だねぇ~。会って何話すつもりなのさ? さては告白~? ヒューヒュー!」


 七のからかうような態度に億すことなく、晴太は胸を張ってニッと笑った。


「昔の男の事なんて忘れて、俺についてきな! って言う!」

「うわぁ、止めときなよ。嫌われちゃうよ~」

「まさかの全否定!?」

「センスもないな~そもそも付いて来いって何様って思っちゃうかも」

「ぐぉぉぉっ、忌憚なきご意見、誠にありがとうございますぅ……」


 晴太としては自信満々に考えた言葉だったが、どうやら女性ウケは悪いらしい。

 薔薇(ローズ)に会う前に知れて良かったと、晴太は密かに胸を撫で下ろす。


「晴はさぁ、その子のこと好きなの?」

「そりゃもう! 燃える様な赤い髪に、神秘的な金色な瞳。それにちょー愛情深くて、大胆不敵! 好きにならんわけないっしょっ!」

「ほうほう」


 晴太の話す少女の外見に、七は既視感を覚えた。

 普段持ち歩いているバッグからB5サイズのスケッチブックとシャープペンシルを取り出すと、流れる様な筆使いで絵を描き始めた。


「じゃあ、そんなカッコつけずに、好きだから連絡先交換してくれ~って言えばいいんじゃないの?」

「イッ!? そ、そんなストレートにいいのかな……」

「いやいや、晴が言おうとしてることより何百倍も良いと思うよ~」


 言われて、晴太は考え込む。

 今日まで散々、数多の女性達に好意をばら撒いて来た晴太である。それは軽率さの混じる好意であると晴太自身も認識しており、だからこそ気楽に浮ついた言葉を口に出来ていたのだ。


 春風晴太はいつだって不真面目である。

 だけど本当に好きな女の子に対しては、本気で向き合いたいと思う程度の甲斐性は持ち合わせている。


 晴太は薔薇(ローズ)に対しては真剣でありたいと考える。

 薔薇(ローズ)が勇者に対して向けていた本気の熱量を、自身もまた薔薇(ローズ)に対して向けたい。そう思えるほどに、晴太にとって薔薇(ローズ)は特別な存在だった。


 晴太は脳裏に薔薇(ローズ)の姿を描いて、ん、と小さく頷く。


「恋愛漫画のセンセイの助言、ありがたく賜るぜ! ところで七ちゃん、何描いてるの?」


 会話の最中も止まることなくペン先が紙の上を走り続けている。

 七のスケッチブックを覗き込み、晴太は目を見開いた。

 スケッチブックに描かれていたのは薔薇(ローズ)によく似た女の子だった。晴太の語った概念的な要素から想像して描いたにしては、あまりにも似すぎているイラストに晴太はまさかと七を見た。

 晴太の視線を受けてスケッチブックから顔を上げ、七がにこりと笑う。


「似てるでしょ? アタシ、たぶん晴の好きな子と会っちゃったな~」

「どこで!?」

「白馬野書店。もういないと思うけどね~」

「サンキュっ! 七ちゃんっ、母ちゃんに言い訳よろしく!」

「OK~。きばれよ、少年」


 七の激励を背に受け、晴太は再び夜の町に駆け出した。

 入れ違いにリビングへ戻ってきた晴太の母は、晴太の姿がないことに眉根を寄せた。


「晴太のやつ、また外に出ていったのかい!?」

「まぁまぁ、青春ってやつだよ~」


 愉快そうにしている七の言葉に、晴太の母は肩を竦めて深いため息を吐き出した。

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