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034 出来ることを全力で

 放課後。帰りのホームルームが終わると同時に、晴太といのりは鞄を手に教室を飛び出した。

 手早く靴に履き替え、校門前に急ぐ。門の外へ飛び出して、二人は周囲を見渡した。


「お疲れ様です、イノリ」

「ジェードさん」


 ジェードが声を掛けたのは、いのりが校門から少し離れた壁際にジェードを見つけたのとほぼ同時だった。

 軽い足取りで寄っていくいのりに反し、晴太の足取りは重たい。腹を括ったとはいえ、ジェードに頼ろうとしている現実に苛立ちを募らせていた。


(我慢、我慢……薔薇(ローズ)ちゃんの為だ……!)


 脳裏に儚く涙する薔薇(ローズ)(当然だが晴太の妄想である)を思い浮かべ、晴太はグッと拳を握り締める。


「突然呼び出してごめんなさい。ジェードさんに頼るしかなくて」

「構いません。イノリ、貴女に頼られて光栄です」

「私もなんですけど、一番頼りたいのは晴太くんなんです。ね、晴太くん」


 いのりとジェードを一歩離れた場所から見ていた晴太は、話を振られてぎくりとする。

 途端、ジェードのじとっとした視線が晴太に向いた。


「ええ、同志から聞いています。本当は断りたいところですが、曲がりなりにも同志を元に戻してくれた恩がある。一度だけ話を聞きましょう」


 高圧的な口ぶりではあるが、ジェードとしては最大限譲歩しているつもりだった。

 決して自ら明かすつもりはないが、ジェード自身、晴太に助けられている事実がある。

 ジェードはそのことを絶対に口にしないと固く決めていた。その代わり、何かあれば手助けを一度だけする。そう自分の中で決めていたのだった。


 当の晴太はジェードの口ぶりに一瞬で感情の堤防が決壊した。

 我慢は到底、無理だった。


「おっ前! なんでそんな上から目線なんだよっ! クッソ―! こいつに頼らにゃならん俺の不甲斐なさが恨めしい!!」

「貴様! それが人にものを頼む態度か!?」

「仕方がなくだッ、仕方がなく! お前だったら薔薇(ローズ)ちゃんがどこにいるか知ってンだろ!?」

「当然ッ! だが貴様に教える義理も何もないッ!」

「話がちげーッ! 一度だけ話を聞くんじゃねェのかよ!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた二人を前にして、いのりは深いため息を吐き出した。


「えっと、取り合えず、場所を移ろうか」

「こんな奴とどこ行けってンだよぉっ!」

「目立ち過ぎちゃうから。ね?」


 どこか恥ずかしそうに俯いたいのりに、晴太とジェードはようやく周囲に視線を向けた。

 晴太とジェードの言い争う声が切っ掛けだったのか。いつの間にか出来た人だかりに、三人は囲まれていたのだった。


「えーっ、誰アレ? カッコいいじゃん」

「あれ、二年の春風でしょ? なんで春風がイケメンといるのよ」

「何々? 男性二人に女性一人、まさか修羅場……?」


 耳に届く野次馬の声に、流石の晴太とジェードも気まずさが込み上げる。

 二人揃っていのりの提案に頷くと、先ほどまでのいがみ合いが嘘のように息を合わせて歩き出した。

 いきなり歩き出した二人に向けて、いのりは慌てて声を投げかける。


「どこ行くの!?」

「俺ンち!」


 分かったと頷いて、いのりは二人とは別の道から晴太の自宅を目指して歩き出した。




「んで、薔薇(ローズ)ちゃんのことだけど……」


 晴太は歯切れ悪く切り出した。

 狭い自室の中である。友人以外の同性を自室に迎える事への抵抗感、いのりをこんな形で自室へ迎える事への申し訳なさ。諸々が晴太を苦悩させていた。

 せめてこの部屋で一番座り心地の良いゲーミングチェアにいのりを座らせたのは、晴太なりの精一杯の配慮だった。


 ジェードは壁に背を持たれかけ、床に胡坐(あぐら)をかいて座る晴太を見下ろした。


「犬小屋に通されたのかと思たのだが」

「一般家庭馬鹿にすんなよ!?」

「いや、王が飼育されていた魔界獣の小屋の方が広かったか」

「そもそも比較対象が犬小屋じゃねぇよ! じゃなくて! 薔薇(ローズ)ちゃんの事! 今どこにいるのか教えろっ!」


 今にも噛み付かんばかりの晴太を見下して、ジェードはフンッと鼻を鳴らした。


「王の居場所を知ってどうする」

「そりゃ、薔薇(ローズ)ちゃんにあんな腑抜け野郎のことなんて忘れて俺に付いてきなよって言うに決まってんだろ」

「貴様は心底馴れ馴れしいッ……! まあいい。王はもう貴様に構うことは無いのだからな」

「なんでだよ!」

「王は我らの次元に御帰還なされる。貴様に構っていられるほど、暇ではない」

「帰還……って、薔薇(ローズ)ちゃん、帰るつもりなのか!?」


 ジェードの無言の肯定に、晴太は頭の中が真っ白になっていく。

 二の句を告げなくなった晴太に代わるように、いのりが口を開いた。


「あの、暁月さんの帰る先が元居た世界ということは、次元を超えないとならないんですよね? そんなに簡単に超えられるものなんですか?」

「無論、そう簡単にはいかないでしょう。次元間を移動するためには膨大な魔力が必要となりますが、この次元にはそれだけの魔力がない。その為、モルガナが新たな術式を練っているところです」

「そうですか……」


 いのりはモルガナのことを詳しくは知らない。夜のビルの屋上で、去り際の姿を目にした程度の認識である。しかし次元を超えるための新たな術を作れるほどの実力者であるのだと知って、緊張感が湧いて出た。


「帰ってどうすンだよ……あっちにはもうっ、勇者もいないんだろ!?」


 やっとのことで上がった晴太の声には、動揺がありありと浮かんでいた。

 憐れむような視線で晴太を見て、ジェードは深いため息を吐き出す。


「貴様には関係ない。王は帰還を望んでいる。それだけが全てだ」

「ンな……じゃあ、居場所は!」

「口外するなと命じられている。それ故に、貴様に教えられるのは此処までだ」


 きっぱりと言い切って、ジェードは晴太に背を向けた。

 屋内にもかかわらず、晴太といのりの視界が遮られるほどの風が吹き荒れる。二人揃って目を瞑り、開けた次の瞬間にはジェードの姿は消え去っていた。


「あんにゃろ……人の部屋で風吹かせてンじゃねぇよ!」


 風で乱れた髪を弄る晴太を見ながら、いのりは静かに息を吐いた。


「結局、暁月さんの居場所は分からなかったね」

「ン……。でもやれることは分かった! 薔薇(ローズ)ちゃんが帰るまでに薔薇(ローズ)ちゃんを見つけて説得する!」

「いつ帰るかも分からないんだよ? 居場所も残り時間も分からない。厳しすぎるよ」


 進展の得られなかったことに少しばかりへこんだ様子を見せるいのりに、晴太は自身の足を片手でバァンっと音がするほどに叩いて見せた。


「足があるっしょっ! それにあの口ぶりから察するに、多分、もうちょっと猶予があるンじゃないかな~って思うんだよねぇ」


 晴太の言葉にいのりがはっとして顔を上げる。


「そっか、術式を練ってるって言ってたよね。それに膨大な魔力がそんなにすぐ集まるとも思えない……!」

「そうそうっ! だからさ、やれることやんなきゃさっ!」


 晴太は勢いよく立ち上がると、天井に向けて拳を突き上げた。


「待ってるだけじゃ始まンないってな! 薔薇(ローズ)ちゃん探しに行くぜ!」

「私も一緒に探すよ!」

「委員長~~っ! もうこれだけ俺のこと支えてくれるって、人生のパートナーと言っても過言じゃないよねっ!」

「過言だよ」


 冷静ないのりの反応にすら喜びながら、晴太は足取り軽く部屋を飛び出した。




「ジェードめ。余計なことを……」


 とっぷりと日が暮れ、夕闇が迫る中。

 晴太の自宅が見下ろせるビルの屋上で、薔薇がぽつりと呟いた。

 駆け出す晴太といのりを見下ろす瞳はひどく無機質なものだった。

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