033 百合の繋がりに感謝を
翌日になっても学校に薔薇の姿は無かった。
変わらず、誰も薔薇の事を覚えていない。
薔薇の席があった筈の空間を、晴太は机に頬杖をついて虚ろな瞳で眺めていた。
「晴太くん……」
「んあ。委員長、おっはよー」
悲し気な顔をしたいのりが晴太の前に立つ。いつもよりもずっと低い晴太のテンションに、いのりはますます眉尻を下げた。
いのりの表情に気が付いた晴太は、困ったように笑う。
「んな顔、委員長らしくないって。今日はちょっと元気ないだけ!」
「……うん。でも、心配だよ。晴太くんも、暁月さんも」
「俺も薔薇ちゃん心配。昨日、会えたんだけどすぐ帰っちゃって……。薔薇ちゃん、すげぇ元気なかったンだよ……」
「そっか……」
いのりもまた、薔薇とは短いとはいえ濃い付き合いの間柄である。
晴太と薔薇。どこか似た調子の二人を見てきたいのりは、きっと薔薇も晴太と同じように塞ぎ込んでいるのだろうかと胸が痛んだ。
しんと静まる晴太といのりとは対照的に、教室の中が俄かに活気づく。
いつもと変わらぬ調子の佐竹と宇都宮が教室内へ入ってきたのだった。
「いやー、昨日もつい百合談議に花が咲いてしまったでござる! お陰で寝不足でござるよ!」
「良かったなぁツグ。百合仲間が出来てよ」
「いやはや本当に! ジェード殿が百合に目覚めてくれたおかげで、某、ようやく百合語り出来る仲間が出来たでござる! 佐竹殿も百合にハマってくれれば良いのにぃ~」
「いやー、悪いけど百合は専門外だなー。お前が俺のおススメ漫画読んでくれたら読むけどよー」
「佐竹殿のおススメ漫画、全部バイオレンスだから嫌でござる。女の子も容赦なく首飛んだりするから嫌でござる」
わいわいと交わされる他愛ない二人の会話。
それを耳にして、晴太といのりの動きが止まる。
「う……うぉたぁーーッ!!」
「うわぁーッ!?」
雄叫びを上げながら、晴太が勢いよく席を立った。
佐竹と宇都宮は突然の奇声に思わず足を止め、体をびくりと震わせた。
同じく驚いた教室内のクラスメイト全員の視線が晴太に向けられる。向けられた冷めた視線に構うことなく、晴太は前のめりになって宇都宮に詰め寄った。
「宇都宮! 今、お前、ジェードって言ったよな!」
「なななっ、何でござるか急に! あっ、もしかして晴太殿も百合談議に混じりたいでござる!?」
「それは二人でやってくれ! アイツに連絡取れるか!? アイツに会って聞きたいことがある!」
かつてない程に真剣な顔をした晴太に詰め寄られ、宇都宮は半ば気圧されるように首を縦に振った。
「わ、分かったでござる。連絡とってみるでござるよ」
「頼む!」
「その代わりと言っては何でござるが、晴太殿も百合漫画を」
「俺は三次元の女の子が好き! お前は二次元の女の子が好き! 次元が違うのだ!」
「言い返せぬ!!」
晴太と宇都宮のやり取りを傍目に眺め、いのりと佐竹は盛大な溜息を吐き出す。
(しょうもない……けれど、晴太くんの調子が少し戻ったみたいで良かった)
握り締めていた拳から力を抜きながら、いのりはホッと一息つくのだった。
「ジェード殿から返事でござる。放課後、会ってくれるそうでござるよ。ただし、委員長も一緒じゃないと嫌だそうでござる」
宇都宮から伝えられた無い様に、晴太は露骨に嫌な顔をした。
これまでの経緯から、いのりとジェードが顔を合わせることを快く思っていないのだ。
――この申し出を、委員長が断ってくれれば。
そんな淡い期待を抱いて横を向いた晴太に、いのりはきょとんとした顔を向けた。
「私は構わないよ。宇都宮くん、ジェードさんに放課後、校門前に来てくれるように伝えてくれるかな?」
「分かったでござる」
「うぅ……サンキューなぁ……」
今はワガママを言っている場合ではない。
晴太はそう自分に強く言い聞かせ、宇都宮に礼を告げた。
(今は四の五の言ってらンねぇ! 薔薇ちゃんに繋がるなら、野郎とだって話してやる!)
まさに藁にも縋る思いである。
晴太は覚悟を確かめるように、手の平に拳を叩きつけた。




