032 勇者として
夕飯をしっかりと胃に納め、早々にシャワーを浴びてパジャマに着替える。
自室に戻って晴太はベッドに飛び込んだ。
寝つきの良さは一級品である。目を閉じ三秒。即座に夢の中に落ちていった。
「出てこい! 勇者!」
澄んだ青空と、どこまでも広がる広大な草原。
足元にやけにリアルな風に揺れる葉の感触を感じながら、晴太は声を張り上げてシリウスを呼んだ。晴太が自発的にシリウスを呼んだのは、これが初めての事だった。
「此処だよ。晴太」
背後から声を掛けられ、晴太は勢いよく振り向く。
どこか沈痛な面持ちで立ち尽くすシリウスに、晴太の苛立ちは更に募る。
「おっ前、薔薇ちゃんになにしたんだよッ! 返答次第じゃ、タダじゃおかねーぞっ!」
今にも食って掛からんという勢いの晴太を前にしても、シリウスの顔付きは一つも変わらない。怒り心頭と言った様子の晴太の顔を見据えて、シリウスは重たげに口を開いた。
「対話を。魔王の策略で、僕は意図せずして表に出てしまった。だから終わらせたんだ。君とこの次元を巻き込む魔王の妄執を」
「終わらせたって……お前、まさか薔薇ちゃん振ったんじゃないだろうな!?」
「振るもなにも、始まってすらいない。僕と彼女は勇者と魔王だ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「ッ!!」
降って湧いた衝動に駆られ、晴太の体が動く。
一歩大きく前に踏み出して、伸ばした左手でシリウスの胸倉を鷲掴む。眉間に深い皺を寄せた晴太は、シリウスをきつく睨みつけた。
「薔薇ちゃんがどんな思いで! こんな世界まで来たと思ってンだよッ!」
晴太の叫び声にも似た怒声を浴びても、シリウスは眉一つ動かさない。
不覚にも勇者の意志の強さを感じ取り、晴太はぎりと歯ぎしりをした。
「……彼女の思いは愛なのかもしれない。でも、僕が知る愛とは違う」
「そりゃテメェの決めつけだ! 愛に種類なんてないだろっ!」
「そうかもしれない。けれど愛する相手のことを想わぬ愛は、僕には妄執としか呼べないんだ」
「ッ、それは……! 薔薇ちゃんが一生懸命なだけだ! 薔薇ちゃん、人間が嫌いみたいだからさ……碌に知らないンだよっ、そういう、人間の愛し方みたいなやつを!」
言いながら、晴太はひどく泣きたい気持ちになっていた。
薔薇を否定されることは自身を否定されるに等しいのだと、晴太の胸が痛む。
晴太は女性全般が好きである。女性に向ける好意が一方的なものだという自覚もあった。
だからこそ薔薇がシリウスへ向ける愛が一方的であることも理解している。理解したうえで、その愛の在り方に自身と似通うものを感じていたのだった。
「薔薇ちゃんと話し合うンじゃないのかよっ、そう思ったんだろ! 俺の体貸してやる! 本当は嫌だけど、薔薇ちゃんの為だからっ」
「駄目だ、晴太。僕は決して君の体を使わない。もう表には出ない。晴太、終わったんだよ。あの決戦の場で、勇者と魔王は死んでいる。……僕はあの世界の勇者として終わりたい。それが僕の望みなんだ」
シリウスの顔が悲痛に歪む。
生粋の勇者。魔王を打倒し、世界に平和をもたらす者。
その生き方を曲げることは、シリウスには不可能である。
決して崩す事の出来ない意志を前にして、胸倉を掴む晴太の手が緩んだ。
返す言葉もない晴太にシリウスは告げた。
「……もう僕は君の夢にも現れない。さよならだ、晴太」
夢の終わりはいつも唐突だ。
白く溶けていく視界と思考。
晴太は吐き出す様に、チクショウと口にするだけで精一杯だった。




