031 一番後ろの席は
「晴太ぁッ! お前っ、委員長と夜二人きりだったとか本当なのかァー!?」
「ふふーん、悪いね君達ィ。一歩先を行かせてもらいましたよ!」
少年少女の情報網というのは侮れない。
翌日。晴太といのりが一緒に夜のビルにいたという話は、すっかり友人間での話題の的となっていた。休み時間に直江達三人に囲まれて、晴太は自慢げに答えている。
晴太が暗黒空間を斬った影響か、閉じ込められていた欲望も共に解放されたらしい。直江達を始めとして、光の剣士に斬られた人々は皆一様に元の活気を取り戻していた。
「ちょっと! 変な噂流すの止めてもらえる!?」
大きな声で盛り上がる晴太達の側に、いのりの友人である麻里亜と紗乃、瑤子が仁王立ちで立っていた。その後ろにはいのりもいる。
女子三人の迫力に気圧されて、モテんズの四人は思わず身を後ろへ下げた。
「あのねっ、いのりは春風の無茶振りに振り回されただけなの!」
「いのりは夜間に春に呼び出されただけだと聞いている」
「いのり、優しいから頼まれたらすぐ行っちゃうんだよねぇ……。女子の優しさに付け込むのはいただけないねぇ」
ワッと女子三人からの詰め寄る圧に、モテんズはただ縮こまり、スミマセンと言うほかにない。
「ねぇ、そもそもどうしていのりを呼び出したわけ?」
「いやっ、それは海よりも深ーい理由がございまして!」
へらへらと笑いながら、晴太は理由に悩む。
実際はいのり自身の意志であの場まで赴いていたのだが、晴太が夜間にいのりを呼び出したという体にした方が都合が良いだろうと、周囲に嘘をついていたのだった。
いのりは自身を庇う為に嘘をついている晴太を助けようと、友人達に声を掛けようとする。
しかしそれを阻止したのは誰でもない、晴太本人だった。いのりを見つめて親指をビッと立てる。俺に構わなくていいぜ! そう言っているように見えて、いのりは言葉に詰まらせた。
「言っとくけど、あの場には薔薇ちゃんと奇麗なおねーさんも居たんだかんな! 俺と委員長と薔薇ちゃんと奇麗なおねーさんの四人! あれ、これってハーレムってやつなのでは?」
奇麗なおねーさんとはモルガナの事である。モルガナのことを知らない彼女たちに対しての説明は、それが一番適格だと晴太は信じていた。
「春風、なに妄想の女性で水増ししてんのよ」
「悲しい、哀れな……」
麻里亜と紗乃の辛辣な物言いに、晴太は思わず頬を膨らませた。
自身が馬鹿にされたからではない。出会ったことのないモルガナはまだしも、クラスメイトであるはずの薔薇を妄想と言われたことに憤ったのだ。
「ちょーい。薔薇ちゃんに対してそりゃないっしょ! いつも気配消してるとは言え、クラスメイトっしょ!」
腕を組んで、晴太がふんっと鼻を鳴らす。
それはそうだと頷くいのりに対し、他の六人は呆けたような顔をしていた。
「えっ、何言ってんの春風。ちょっと大丈夫?」
「俺はいつでも大丈夫がウリですぜ!」
「いや、架空のクラスメイトの女子をでっちあげるのは流石に怖ェと言っとるんだが……」
「あんだよ架空って! 薔薇ちゃんの席だってあンだろ、そこに!」
直江の言葉に反発して、晴太は勢い良く振り返り、教室の一番後ろ。窓際の薔薇の席を指差した。
「あ、れ?」
指差して、晴太は思わず動きを止めた。
薔薇の席がない。椅子も机も、何もない。
そんな馬鹿なと立ち上がり、晴太はどたどたと他の机と椅子に突っかかって転びかけるのもお構いなしに、窓際の一番奥の席まで駆け寄る。
血相を変えた晴太は、現在一番後ろの席に座る男子に声を掛けた。
「後ろ? いや、俺が一番後ろだろ」
何を言っているんだと呆れた様子で返されて、晴太は呆然と立ち尽くした。
薔薇が消えた。物理的にも、記憶からも。
晴太を追いってきたいのりも、不安げな顔で立ち尽くす。
「暁月さん……どうして……」
いのりは薔薇のことを覚えているという事実に、晴太は安堵するしかなかった。
その日、晴太はクラスメイト全員に聞き込みを行った。
暁月薔薇を知っているか。
答えは全員NOである。担任教師である藤ヶ丘すらも、暁月薔薇という生徒を知らないというのだ。
晴太は薔薇の痕跡を探し、必死に校内を駆け巡った。いのりの協力も得たが、何の成果も得ることは出来なかった。
時間だけがむなしく過ぎていき、あっという間に日が暮れる。
「私の方でも暁月さんのこと探してみるから……。晴太くん、あまり気落ちしすぎないでね」
「うん……ありがと、委員長。ほんっとに頼れるのは委員長だけだよぉ~~っ」
励ますいのりに礼を告げて、晴太はべそべそと帰路につく。
校内を探していても見つかることはない。ならば急いで町の中を探さなければ。
そう考えて急ぎ足で帰る晴太は、自宅を目の前にして足を止めた。
家の敷地の一歩手前。
塀にもたれかかり、腕組みをしてじっと立ち尽くした薔薇の姿を見掛けたのだ。
「薔薇ちゃん!! 良かった、ここに居たんだねーっ!」
安堵から涙目になりながら、晴太は薔薇に駆け寄った。
晴太が目の前に来ても薔薇は視線を前方に向けたまま動かさない。まるでここではない、どこか遠くを見ているような視線に晴太は少し動揺が湧いた。
晴太は動揺を誤魔化すように、務めて明るく接する。
「もう聞いてよ! 学校のみんな、薔薇ちゃんのこと忘れちゃったみたいでさ! ぶっちゃけ有り得ないよねっ!」
「我が奴らの認識を弄った。最早、我の事を覚えていても仕方がなかろう」
「いやいや! 薔薇ちゃんみたいな美人の事、忘れちゃ駄目っしょ!」
俺なら絶対に忘れるなんてありえない! と豪語する晴太を横目に見ながら、薔薇はどこか自嘲気味に笑みを溢す。
すっかり見慣れた挑発的な笑みとの違いに、晴太の胸に鈍い痛みが走った。
「もうこの次元には用がない。故に、終わりだ」
「終わり? どうして?」
晴太はすかさず聞き返した。
ギュッと握り締めた拳に、無意識の内に力がこもる。胸の痛みと、激しく脈打つ鼓動の音に晴太の呼吸が浅くなった。
どうして。
そう聞かれ、薔薇は深くため息を吐き出した。ようやく晴太へ向けた顔は、憂いに満ちていた。
「もう飽きた。それだけだ」
それだけ言い残し立ち去る薔薇の背に、晴太は掛けるべき言葉を見失っていた。
薔薇が勇者にどれだけこだわっているのか。それはこの短いながらも濃厚な付き合いの中で、痛い程に突き付けられてきたことだった。
薔薇の行動の全ては勇者の為にある。
ひどく一方的な愛の振りまき方は、まるで自分にそっくりだと晴太は密かに共感していた。薔薇にシンパシーを感じる晴太だからこそ、薔薇の諦めの言葉が空虚なものに聞こえてならなかったのだ。
「薔薇ちゃん……薔薇ちゃん!」
やっとの思いで名前を口にして叫んでみても、そこに薔薇の姿はない。
冷たい風の吹く中で、晴太はただ立ち尽くすことしか出来なかった。




