030 勇者の伝言
二章完結です。
ここまで閲覧下さりありがとうございました!
物語はいよいよ佳境へ。
最終章(予定)の三章へ続きます。
「ぬ……うぅ……?」
低く呻きながら少し痛む体を起こす。
目を覚ました晴太が見た光景は、薄く星が輝く晴れた夜空。背中にはコンクリートの冷たい感触があって、ここが元居たビルの屋上であることを告げていた。
「おはよう、晴太くん」
「うわぉっ! 委員長!? おはよー!?」
背後からの声に驚き振り返ると、怒り心頭と言った様子のいのりが仁王立ちをしていて晴太はたまらず目を丸くする。
起きた晴太のいつもの様子に、いのりは深いため息と共に詰めていた息を吐き出した。
「いきなりアルルさんが大変な事になったって言うから来てみたら、この前みたいな裂け目が出来ててびっくりしたよ。もう、何があったの晴太くん」
「ひんっ……。これには海よりも深い事情がありまして……」
「話は後でね。封印魔法で閉じるから、離れてくれる?」
「はぁい……」
言うや否や、いのりは早速次元の裂け目に向かって両手をかざした。既に裂け目は人の頭が通るかどうかという程度の大きさまで縮まっており、封印まで左程時間は掛からないであろうことが伺い知れた。
いのりを背にした晴太はしょぼくれた様子で前を向いた。前方には薔薇の姿があった。両脇にモルガナとジェードを控えさせて、いのりの手により封じられる次元の裂け目をじっと見つめている。その顔には、感情の分かる様子は何一つ浮かんでいなかった。
「薔薇ちゃん! モルガナさんも! てか、モルガナさんお美しい! あ、いやいや! もちろん、薔薇ちゃんもちょー美人! モルガナさんを妖艶な美とするなら、薔薇ちゃんは小悪魔的な美ってやつ? どっちも最高! ……って、薔薇ちゃん? どったの?」
駆け寄りながら、表情一つ変えずに沈黙したままの薔薇の顔を覗き込む。
晴太の視線から逃げるように、薔薇は顔を背けた。
「大丈夫? なんかあの真っ暗ンところで嫌な目にあったとか……?」
「……貴様、何も覚えておらぬか」
「そーなんだよねぇ。剣で暗闇をズバーッて切った後からの記憶が曖昧でさぁ。えっ、待って、俺、薔薇ちゃんに何かしちゃった……!?」
「貴様如きが我に出来ることなど……いや、良い。此度の働き見事であった。誉めて遣わす」
賞賛の言葉を口にするも、そこに感慨の一切は存在しない。
無感動な言葉ではあるが、晴太にとってはこの世の何よりも至上の言葉に聞こえていた。一気に破願して、晴太の顔にへらへらと気の抜けた笑みが浮かぶ。
「いや、それほどでも! 薔薇ちゃんの為ならなんてことないって! でへへへっ!」
鼻の下を伸ばした下品な笑いに、モルガナは微笑み、ジェードは思わず口を開きたくなる。
ジェードが薔薇同様、暗黒空間に捕らえられていたことに晴太は気が付いていない。しかし捕らえられていた自身を解放したのは晴太であるという事実に変わりはなく、助けられたという情けなさから仕方がなく口を噤む。ここで余計なことを言って気取られるよりはずっとマシだとジェードは判断したのだった。
薔薇は晴太を一瞥して背を向けた。ジェードもモルガナも口を開かず、無言で薔薇に付き従う。
何も告げずに立ち去ろうとする薔薇の背に、晴太は慌てて声を掛けた。
「薔薇ちゃんっ、帰る前にさ! 一言! あいつからの伝言!」
あいつ。その一言に薔薇は足を止めた。
「戦う前に、君と話し合いをすべきだったのかもしれない。だって。本当はヤローの伝言役なんざお断りだけど、薔薇ちゃんが少しでも元気出るならって思ってさ!」
晴太は薔薇の背中に笑いかける。
暗黒空間を切り裂いて以降のことを、晴太は全く覚えていなかった。だから晴太にはシリウスの発言の意図は何一つ分からないままである。けれども晴太にとって重要なのは、その言葉が薔薇にどういった影響を及ぼすのかというただ一点にあった。
目覚めてみれば、薔薇は無事ではあるが元気がない。
無事てあっても笑っていてくれなければ、それは助けたとは言い切れない。
薔薇が振り返らずとも構わない。少しでも元気を出して欲しい。晴太にあるのはその一心だけだった。
吹いた風に薔薇の深紅の髪が舞う。燃える炎の様に情熱的な色味は、薔薇に良く似合うと晴太はうっとりと見惚れていた。
「器よ」
「はいはい!」
「伝言、確かに受け取った。……感謝するぞ」
心なしか明るさを取り戻した薔薇の声色に、晴太もまた暗雲が晴れる心地がした。
ひと際強い風が吹き、晴太は目を閉じる。
それからすぐに目蓋を開ければ、そこにはもう薔薇達の姿はなかった。
「晴太くん。封印できたよ。私達も帰ろう」
「おうっ! いやー流石、委員長。もう封印魔法も慣れてきちゃったのでは?」
「いや、慣れたくないよ……。でも、このまま魔法使いは目指してみたいかも」
「メガネっ子魔法使い爆誕の予感!? じゃあさ、委員長。早速なんだけど……これ、開ける魔法あったりする?」
二人は鍵のかかったドアの前で、呆然と立ち尽くしていた。
「うん……ないね……」
「ないかー……」
それから程なくして警備員に見つかった二人は無事に外へ出ることが出来たが、親の呼び出しという最も最悪な事態の前に、成す術もなくなったことは語るまでもないだろう。




